7 衝動
あれから十日、彼女の血の解析と、取り出した物質による病原菌へのシミュレートを繰り返していた。結果はまだ出ない。画面で踊る数字も、たいして変わり映えのない構造映像も見飽きて、船の外へ出ることにした。
そうは言っても、危険を回避するため遠くへは行けない。すぐ船内に逃げ込める、入り口近くの木の下に座り、ぼんやりと枝や空を見上げるだけだ。
地球は美しかった。空も、雲も、植物も、虫も、動物も、鳥も。耳をすませば、風が葉を揺らし、鳥が囀り、虫や動物が鳴いている。夜は夜でまた美しい。大気のせいで星の光がちらつき、瞬いて見えるのだ。
この地に残った人々の気持ちが、わかる気がした。ここを離れ、なぜ俺たちは宇宙へなど出て行ったのだろう。……あの、無機質な生活を築くために。
船内に籠っていると、これからのこと、彼女のことが頭にちらつき、叫びだしたいような気持ちになる。ここを、……いや、彼女という存在を知って、急になにもかもが色褪せてしまった。使命も、同胞の一員である誇りも。
それでも、百億の命が朽ちるとわかっていて、ここへ残るという選択はできなかった。彼女の協力を得、一年ほどかければ、船の設備を使って、この地への耐性を身に着けられるとわかっていても。
がさ、と草を揺らす音がした。小動物だろうかと振り返れば、彼女が立っていた。驚いて瞬きを繰り返す。ここは彼女の村の狩りのエリアから外れているはずだ。なぜここに。……いや、落ち着け、船も、自分も光学迷彩を施してある。動かなければ気付かれないはずだ。
ところが彼女は、俺が見えているかのようにこちらを見据え、だ、だ、だ、だ、と歩いてきた。目の前で両膝をつき、両手を突き出してくる。……見えてはいないのだろうか? 視線は俺を通り越し、手は何もない空間をさぐっている。
心臓が早鐘を打って、息苦しかった。探り当てられる恐怖と、……もう少しこっちだという気持ちと。いずれにしても動けない俺は、ただ彼女の様子を見守った。
彼女の指先が、俺の胸元をかすった。大きな目が見開かれ、くしゃっと泣きそうに顔を歪めると、やみくもに触れた場所へと頭ごと突っ込んできた。それを抱きとめる。
「連れていって。連れていって。お願いだから、連れていって」
涙声だった。手でまさぐり、必死にしがみついてくる。
感じたこともない、胸が引き裂かれそうな甘い情動が突きあげた。彼女の体を抱き寄せ、自分の体に押し付ける。全身を覆う光学迷彩服のせいで、感覚が遠いのがもどかしかった。彼女の頬に自分の頬をこすりつけ、足りなくて、唇も押し付ける。なのに、足りなさばかりがつのって、腕の中の彼女に触れたくて、触れたくて、それ以外、考えられなくなった。
彼女の腕を掴んで、立ち上がる。腕を引っ張り、数歩先の船へと連れ込んだ。シュッと密閉が完了した音の後に、強い風が吹き付けられる。極力外のものを持ち込まないように設計されているのだ。
きゃっ、と悲鳴をあげた彼女の背を支え、風がやんだところで、次の扉を開き、中に導き入れた。迷彩服のスイッチを切り、頭部から脱ぎ捨てる。
まじまじと見つめてくる彼女の瞳に吸い寄せられるままに、顔を寄せた。彼女からたちのぼる甘い匂いが鼻腔をくすぐり、脳内でカッと白い光が瞬き、痺れたみたいになる。
彼女が背伸びして体をすりよせてきて、唇で唇に触れてきた。やわらかなくすぐるような感触。それが、唇だけでなく、全身に電流を流されたように広がる。体が震え、制御できない凶暴な衝動に、彼女を壁に押し付けた。覆いかぶさって、今度は俺から唇を重ねる。
開いた唇から舌を差し込み、彼女の舌を舐めあげた。彼女の舌が応えて、ざらりと舐め返され、快感が湧きあがる。不思議な充足感に満たされていく。
もっと彼女と奥の奥まで重なりたい。
俺は衝動のままに、彼女の体に舌を這わせていった。




