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3 会話が通じない

 ぼんやりと目を覚まし、薄暗い見覚えのない構造物に、がばりと身を起こした。


「ダーリン、具合はどうですか」


 すぐ横に少女がいて、ぎょっとする。わたわたと後退った。少女がただただ怖かった。

 見えないはずの姿を見抜かれ、何かを投げつけられて動きを封じられ、昏倒させられた。そのどれもが、何をされたのかさっぱりわからないのに、光学迷彩服を着ていなければ死に至ったとしか思えないものだった。今現在手元に銃はなく、俺自身は暴力に対して無力だ。死の予感しかなかった。


 少女が少しうつむき、上目遣いになり、ばつが悪そうに目をそらす。可愛らしい仕草に気が緩みそうになるが、さっきもこんな感じの末に殺されそうになった。見た目に騙されてはいけない。


「ちょっと、その、手荒く連れてきてしまったから。……ごめんなさい。逃がしたくなくて、必死で」


 言葉はわかるが、言っている意味がわからない。ところどころ齟齬が生じているようだ。

 なにしろ言語サンプルが化石並みに古い。仕方のないことではあるが、情報収集さえままならない。焦りばかりが大きくなっていく。

 いや、落ち着け。彼女は言葉で対応しようとしている。少なくとも暴力でではない。殺そうと思えば意識のない間にいくらでも殺せたはず。すぐに殺す気はないと見ていい。


 彼女の吐いた言葉を記録野から呼び出し、よくよく吟味する。

 『ダーリン』とは、男性の呼び名。『具合はどうですか』は、体調を訊ねていると思われる。つまり、「男、体の調子はどうか」と問うたのだろう。

 『ちょっと、その』は、少しと何かを指す言葉。『手荒く連れてきてしまったから』は、そのとおりだと俺も思うが、翻訳違いの恐れがないでもない。『ごめんなさい』は、謝罪、あるいは、軽く礼を失する断り文句。失礼、程度の意味になる。『逃がしたくなくて』は、逃がしたくない。『必死で』は、死に物狂いで。

 最後の三センテンスが意味不明な上に、不穏さしかない。死に物狂いで捕獲監禁して、失礼しますと言われても、許容できない。その言語センスが怖い。

 ただ、総合的に判断するに、しばらく捕まえておくつもりだから、体調はどうだと聞いているのだろうと思われる。

 俺は、恐る恐る口を開いた。被監禁時には、できたら監禁者と会話するべきだからだ。こちらも同じ人間なのだと認識されれば、殺したり傷つける行為を躊躇うようになる。……猟奇的な人格でさえなければ。


「体調は、いい」

「話せるんだ! ああ、よかった、嬉しい!」


 彼女がぱあっと笑った。胸元に両手をあてて、安堵したように、はー、と溜息をついている。


「顔がのっぺらぼうなのはまだしも、話もできないのは、ちょっと寂しいなあと思ってた、……ました」

「……『のっぺらぼう』とは?」

「いくら宇宙から来た人でも、まさか輪郭がわかるだけで、透明になってるとは思わなかったから。あ、でも、ぜんぜんかまわないです! 皮膚の色が違うだけですもんね!」


 あ、と気付く。光学迷彩機能がそのままであることを。

 このままでいるべきか。機能を切るべきか。演算してみるが、情報不足と出ただけだった。

 彼女をじっくり観察してみる。膝をそろえてちょこんと座って、ニコニコしている様は可愛らしい。悪意は感じられない。あの邂逅時以外、暴力も振るわれていない。

 俺は賭けに出た。上半身の迷彩機能を切る。のっぺらぼうとは、たぶん彼女の言語で、光学迷彩服を見た表現だ。語感に、なんとなく俺の感性との親和性がある。彼女と俺の感覚はそんなにかけ離れたものではないのかもしれない。ならば、もっと親近感を持たせる一助になれば。

 彼女がぽかりと口を開け、目を見開く。それから、みるみる真っ赤になって目を潤ませると、突然口を両手で押さえ、がばっと突っ伏した。


「やだ~~~~っ、すっごいすてきぃ~~~~~ッッ」


 翻訳不能な言葉を叫びながら、くねくねしはじめた。

 しまった……。間違った選択をしたかもしれない……。

 俺は彼女に見られてないのをいいことに、なるべく離れるように後ろへ下がった。

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