2 殴り倒される
落下防止用ワイヤを丈夫な枝に取り付け、引っ張り、強度を確かめる。手元の様子は、光学迷彩服を着こんでいるおかげで、多少妙な揺らぎは見えるが、それが手の形だと意識しなければ判別できない。透明なワイヤが時折日を弾いて、きらりと光るだけだ。この惑星の住人に、俺の姿はまず見えないだろう。
銃のセーフティーをはずし、樹上で静かに獲物を待つ。獲物とは人間だ。
地球の住人は大変排他的で、特に宇宙からの来訪者は襲われ殺される傾向にあるという。そこで、未開の蛮族そのものな彼らから、血液サンプルを効率的に集めるために、麻酔を撃ち、眠っている間にいただくことにした。
がさがさと草を揺らす音と、柔らかく高い声の不思議な抑揚が聞こえてきた。歌なのだろうか。言語検索機能が高速で合致するデータを探している。……ああ、出た。
「うまいキノコは、どこだー、どこだー、枯葉の下かー、ウロの中かー、にょきにょきにょきにょき出ておいでー! うーん、まだ早いかなあ」
俺はふきだしそうになって、ぐ、と息を呑みこんだ。ぐぐぅと喉が小さくおかしな音を立てる。
木立の間から姿を現した小柄な人間が、ふっと顔を上げて、こちらを見た。まさか、この距離で聞こえたわけがない。距離にして七メートルはある。
女性、……少女だろう。色とりどりな布を纏った胸元が膨らんでいる。顔は、クリッとした大きな目をしていて可愛らしい。
彼女はしばらくこちらを見た後、別の方向に何か気を取られたように顔を向け、それからまた下を向いて、手に持った棒で下生えを払いはじめた。
俺は、跳ね上がった心拍数を下げるために、ゆっくり深く何度か呼吸をした。そっと、彼女に狙いを定める。視覚にコネクトされた照準が幻影として現れ、命中率を予測する。大小の円が動き、そのすべてが重なるかと思われた寸前。
彼女の姿が視界から消えた。
ガツン、と頭部で鈍い音が響く。
光学迷彩服は、すべての衝撃を吸収できるわけではない。体勢を崩して足を滑らせ、頭から背後へと落ちていく。すぐに落下が止まった。ワイヤによって宙づりになったとわかったが、とにかく逆さまで、どうにか頭を上にしようと、手足を振るしかできない。
そこへ今度は、胸部へ衝撃が加えられた。ガッと胸の中央へ当たった何かは、ひゅっとまわって腕ごと体を一周し、もう半周まわって背中にドスッと当たる。
何が起こったのかもわからない。
すっかり動けなくなった俺は、しっかりこちらを見据えている少女の視線に身を竦ませて、逆さまにぶらぶらと揺れているしかなかった。
彼女が近づいてくる。その距離1メートル。俺の姿を、上から下、下から上へと見て、今度はゆっくりと下まで視線を下ろし、頭部で止まった。
棒が振り上げられる。ひゅっと風の唸りを聞いたと同時に、顎が殴られ、くわんと世界がまわった。
脳震盪だ。そう認識したのを最後に、俺は為す術もなく意識を失った。