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お弁当、一緒に食べよ!

 弁当を一緒に食べなくなって、今日で五日目。


 篠山がよそよそしい。話し掛けようとしたら、避けられたり、素っ気なかったり。


 当然と言えば当然なのかもしれない。美味しくないけどそれは篠山のせいじゃないとか、訳解んないこと言ったんだもの。


 仲直りなんて、簡単だと思ってた。沙耶と喧嘩した時は、直ぐに「ごめん」って出るのに。これが、「好き」って自覚した相手だと、変に意識して、言葉が喉元に貼り付いて出ない。


 嫌われたのかなあ。それでも、謝りたいんだ(嫉妬してムカついた、とはさすがに言いづらいんだけど)。


 食いたくなったら連絡すればいい。そう言ってくれたけどさ、メールとかで済ましちゃいたくない。ちゃんと自分の口で伝えるんだ。


 とはいえ、避けられてるのはきっついなあ……。屋上に行っても、篠山はそこにいなかった。探しても見つからなかった。



 そんなに避けることないじゃない。とか、篠山のせいにしてみるけど、元はと言えば私のせいだから。


 今日も昼休みはやって来る。授業終了まで後、五分。


 黒板を見るふりして前の席に移動した篠山をそっと窺う。ここからだと背中しか映らないんだけど、ね。


 好きな人の背中。それだけで、胸が高鳴るような気がした。


◇◇◇


「――今日もダメかなあ」


 授業終了のチャイムが鳴った。購買に行く人や席移動し始める。教室がたちまち騒がしくなる。


 と、篠山が席を立った。手にはいつもの弁当箱。どこ行くのかな。追っかけよう。


 沙耶に断りを入れて、教室に出た篠山の後に続く。


「待ってしのや――」

「篠山君、篠山君」


 私が声を掛ける前に、篠山が誰かに呼び止められた。あ、違うクラスの女子かな。女子二人が篠山と話してる。チクリ、と胸が痛む。


 思わず足を止めて、数メートル先のやりとりを眺めた。


「何?」

「篠山君、料理上手いんだって?」

「ああ、うん」


 やだ。笑顔で答えないでよ。


「調理実習の話、聞いたよ。手際も味も良いって。すごいね」

「ありがとう」


 やだやだ。お礼とか言わないでよ。


「ねえ、もしかしてそのお弁当も篠山君の手作りなの?」

「そうだよ」

「へえー、すごーい」


 やだ。こんなの嫌だ。


 女子の甘ったるい声が胸をちりちりと焦がす。


 やだ。やめてよ。篠山は、篠山は……、


「――いいなあ。篠山君、私らにも作ってくれない?」


「ダメ! それは絶対ダメ!」


「かみ、き」


 驚く篠山と、二人の女子。気付けば私は早足で篠山の傍まで歩いていて、


「篠山の弁当は私だけのものだから! ダメ……!」


 勝手に口をついて出ていた言葉。目の前には呆気にとられた女子2人の顔。篠山を背にしてるから、彼の表情は解らない。


 と、ここで気付く。


 ……あれ。今の言い方、これだと、


「私、食意地が張った人みたいじゃない!?」

「…………確かにな」


 と、ちょっと笑いを含ませて答えたのは篠山だった。


「そ、そこはフォローしようよ篠山!」

「いやだって、なあ? 実際そうだったじゃん。俺の分も横取りした時が」

「それはしたことがあるけど! その、篠山の弁当は美味しいから、その、独り占めしたくなるくらいで。私大食いで味にうるさいでしょ! これ以上増やして作るのは大変だからやめてって意味で。さっきの発言は!」



 言い訳すればするほど自分が何を言いたいのか、いよいよ解らなくなってきた。そんでもって、あれほど苦労してた篠山との会話が成立していて、何であんなに苦労してたんだろう………。


「――あの、お邪魔みたいだから私たち行くね」


 篠山と話していた女子が、変なものでも見たような目を私に向けた。引かれた? いや、同じクラスじゃないだけいいのか。


「あ、そうそう」


 帰りかけた彼女たちに、篠山が声を掛ける。


「さっきのことだけど、俺は」


 そう言って、私の肩を抱いた。突然のことに心臓が跳ね上がる。


「この先、神木の弁当以外は作らないと思うから。君らの分は作ってあげられない。だから、ごめん」


 とびきりの笑顔で、確かに言った。


 生徒の多い廊下で堂々と。


◇◇◇


「ごめんなさい!」


 屋上に着いて開口一番、私は頭を下げた。ここに来たのは話したいことがあると誘ったから。


「篠山の弁当、また食べたい」

「でも、まずいって」

「それはその、私がいけなくて」


 私は正直に言う覚悟を決めた。今まで、どうやって彼と話していたっけ。恋を意識すると声が上ずってないかと変になってしまう。


「ほら、調理実習から篠山が結構女子に人気だから、さっきみたいに『弁当作って』とか言われそうで……それが、嫌だなって思ったんだ」

「あんなの、一時的だろ。そのうち収まるって」

「そうかもしれないけどさ」


 そんな風に、私はのんびり構えてられなかったのだ。


「私、篠山が取られちゃうみたいで嫌だった。篠山に作ってもらってるのに変でしょ。なのに、他の子に作る篠山想像したら、嫌な気持ちになっちゃってさ。でも、作るか作らないかは私が決めることじゃないのに。だから、自分の気持ち解んなくなって」


 我慢出来ずに、さっきみたいなことになって……ホント、私って嫌な奴だ。篠山に嫌われても仕方ない。


「篠山の弁当食べたいけど、でも、篠山がダメなら諦めるよ。ただ、ちゃんと謝りたかったんだ」

「俺の事は、嫌いじゃないんだ」

「あ、当たり前だよ。むしろ、す、好き。だし……、弁当仲間として!」


 篠山は何も言わずに数十秒私を見つめた後、


「――そうか。なんだ、そんなこと」


 へにゃ、と。脱力したかと思うと、その場にしゃがみ込んだ。


「篠山大丈夫!?」


 いつかの風邪の時を思い出して、私もしゃがみ込む。


「てっきり俺が、知らないうちに神木に嫌われるようなことしたかと思っただろう」


 そう言って顔を上げて、私の頭を撫でる。ふいを突かれたそれに、私は一瞬思考が止まった。


「……」

「だから、なんとなくお前を避けてたんだよな。……少し、拗ねてたのもあるし」

「篠山が拗ねてたの?」

「神木がああ言ったからついムキになったっていうか。席まで変えて、びっくりしたよな。こっちこそ、悪かった。ごめんな」

「いや、私が悪かったんだってば。嫉妬したんだから」

「こっちこそ」


 そうやってしばらくお互いに謝っていたのだけど、


「にしても神木、嫉妬するくらい好きなんだな。俺の腕も捨てたもんじゃない」


 と、篠山が自信あり気に笑う。


「う、うん。篠山の弁当がね! 弁当が!」


 弁当という部分をわざと強調する。頬が熱い。篠山は満面の笑みを浮かべたまま、未だに私の頭を撫でている。こうしていると、犬にでもなった気分だ。私の気持ち、バレバレなのかな……。と、ふいにまともに視線が合って、素早く逸らした。


「!」

「神木。俺さ、神木以外の人に弁当作らないから。安心しろって。神木が食べてる時の顔見るのが、一番好きなんだ」


 作り甲斐があるよな、と。「好き」に過剰反応してしまうのが悔やまれる。あーあ、この分だとこれから普通に弁当が食べれるのか不安だ。


「また、作るから。一緒に食べような」

「うん。一緒に食べよ!」

「これからずっと神木だけに作るから」

「うん」

「学校卒業しても作るから」

「うん。……?」


 それ、どんな意味なのと訊いても、篠山ははぐらかして教えてくれない。


 いつかいつか、私は篠山に告白出来るんだろうか。


 いつだったか、篠山は言ってた。


「俺の夢は、大家族でご飯食べることかな」


 小さな夢。だけど、篠山にとっては、きっと大きな夢で。


 その時、お父さんになった篠山の隣に、私が居れたらいいな。


 でも、ちょっと待とうか。フラれたらどうしよう。いやいや、その前に彼の味を覚えるために一緒に料理教えてもらうのもありかもしれない。ということは、あの篠山の部屋で――って何考えてるのよ、私。妄想はやめよう。


「さて、昼まだだったよな。食べようか」


 ちょうどいいタイミングで差し出したのは、いつもの青い弁当箱。


「……それ、篠山の分でしょ」


 どうして私にくれるのか解らない。


「食べない?」

「うっ」


 そこに綺麗に盛り付けられたおかずがたくさん。からあげ、サラダ、エビグラタンなどなど――そして、玉子焼き。ごくり、と喉が鳴る。


「美味しそう。いや、でも今日は家からパン持参してる……じゃ、じゃあ篠山の玉子焼きだけ貰う! 全部貰うのはさすがに、ね」

「了解」


 いつものように、隣に座って。いつものように弁当を広げる。


「いただきます」


 手を合わせて、早速玉子焼きをいただく。口の中に広がるのは、お馴染みの、ふわふわ甘い玉子焼き。美味しい! 私の好きな味。


「って、ちょっと待ってよ。篠山の玉子焼き何で甘いの」


 おかしい。篠山と私の弁当、中身は一緒でも微妙に違うのだ。玉子焼きはしょっぱいのがいいと言っていたはずの彼が、何故?


「これ、篠山用なんじゃないの?」


 篠山はちょっと目を逸らした後に、私を見て


「確かに俺は、しょっぱいの好きだよ。でも、最近」


 箸で玉子焼きを摘まんで、開いていた私の口の中へ放り込む。再び広がる程よい甘み。だけど、今の行動のせいで、玉子焼きがもっと甘く感じたのは気のせいだろうか。


 頬が熱くなる。顔赤くなってるのかもしれない。慌てる私を見て、篠山は楽しそうだった。確信犯だ。


 何故って。面白そうに楽しそうに、こう言ったのだから。

「――最近、甘いのも好きだなって、そう思ってたところなんだ。ななこのおかげだな」



【終】

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