ミニチョコレートは相談料
最低、最低。私、最低だ。
自分のせいで篠山に嫌な思いさせた。
自分でもこの気持ち解んない。
胸の奥で、黒く渦巻いてる。
少なくとも、良い感情じゃないはず。
「うわああああああああ、どうしよおおおおお!! 悪い事しちゃったよ!」
「わ、何よいきなり!」
教室に帰って早々、いつもの友達――沙耶に縋りつく。すごく迷惑そうな顔をされた。沙耶はちょうど食べ終わったみたいで、弁当箱を鞄にしまっていた。
「……どうしたのよ、ななこ」
私の顔を見て、沙耶が真剣な顔つきになった。
「泣きそうだよ」
「お」
「お?」
「教えて、沙耶先生!」
助けて、沙耶センセー!
私の話、聞いてー!
ここじゃなんだから、と人でいっぱいの教室を抜けて、図書室へ向かった。隅っこの席を探して、そこへ2人で並んで腰かけた。
「で?」
「……」
「……」
「……」
「……無言で打ち捨てられた子犬の目をするな!」
頭を軽く叩かれる。何で叩くのよ、なんて返す気にもなれなくて。悲しい気持ちが、鉛みたいに胃に落ちてしまったようだ。それくらい、気分が沈んでいた。
「あのね。言わなきゃ解んないでしょ」
「うん。そうだけど」
図書室は静かだ。それが私を落ち着かせる。大声で、早口でまくし立てそうになる私に、程よいブレーキを利かせてくれる。
気分が暗くて重くて、でも、誰かと話はしたくって。
「さっき篠山に――」
ゆっくりと重たい口を開いた。
◇◇◇
「ふうん。篠山に悪い事しちゃったって、そういうことか」
さっきの屋上の話を説明した後。納得、と沙耶は机に肘を付く。そして目の前の窓を見て溜め息。からの、ジト目。
ジト目って。ほら、よくある、マンガでこう、チラッと見る横目がからかいとか、若干引いた感じの表現のやつ。だよね? 今、そんな状態で沙耶は私を見る。
「で、あんたは篠山に囲まれた女子を見て、よく解んない気持ちが生まれたと」
「うん」
まったくもってその通りなので首を縦に何回も振る。それを見て、また溜め息。うん? 呆れてる?
いきなり顔を近付けて私を見つめる。鼻と鼻がくっつきそうなので、思わず身体を後ろに仰け反らせた。
「いい、ななこ。私からあんたに1つ言っておきたいことがあるの」
「何?」
「あんたって……ホント、」
「バーカ」
えっ、バーカ?
馬鹿ぁ?
「何いきなり!」
罵られた!?
「嫉妬」
「は?」
「嫉妬! 嫉妬でしょ、そんなん。女子に囲まれた篠山見て、その子らに嫉妬したんでしょ」
「シット……」
嫉妬?
「私が?」
「あんたがよ。他に誰がいる」
「嫉妬」
私は、言い当てられた感情に、ただただ驚くだけ。
「黒い感情? いけない気持ち? そんなハズないって。人として当然。そんな気持ち持った事ない人なんて、そんなんいないよ」
「う、うん」
いい子ちゃんじゃなくて良いのよ、と言われる。
「怒りも泣きもしない、嫉妬もしない人なんていたら、見てみたいもんだわ……」
「嫉妬、いいのかな?」
「人間だから一度でもそういう気持ちは持つでしょ」
「普通の事?」
「そう。普通」
沙耶がうなずく。でも、
「でも何で篠山に限って……しかも嫉妬なんて?」
小声で呟いたせいなのか、沙耶には聞こえなかったらしい。沙耶は続けてこうも言った。
「そりゃあ、ななこがその気持ちに戸惑ったとはいえ、篠山に言ったことは取り消せないよ。まあ、でも好きなら仕方ないでしょ、そのくらい。謝ってきな」
悪口とか言ったのかと思って焦ったじゃない、と沙耶は安堵の溜め息を吐く。
「うん……うん?」
好き? ちょっと待って。好き?
沙耶の言葉にまた私は驚いた。
「好きって、私が篠山を?」
「は? 違うの? だって、イヤだなって思ったんでしょ。嫉妬したのはそういうことじゃなかったの?」
「それは――あ……」
あの時。女子に囲まれてた篠山を見て、一瞬、
「取られちゃうかと思った」
「篠山を?」
「うん。篠山は好きだよ、友達で。弁当作ってもらってるし」
私の事知ってるし、好きな物も嫌いな物も知ってるし。
私だって、篠山の事たくさん知ってる。きっとクラスのみんなが知らない事を。
家庭の事だけじゃなくて。
青色が好きとか。ちょっと、しょっぱいのが好きだとか。実はセロリが苦手だとか。英語が苦手だとか。
あの屋上で、一緒に食べた、たくさんの会話の中で知った。
――ああ、だから。だから嫌だったんだ。納得出来るよ。ストンと腑に落ちるよ!
「弁当作ってもらえるから、じゃない。『篠山だから』作って欲しくなってた」
だったら嫉妬も納得がいく。私だけに作って欲しかった。他の誰でもない。私だけ。篠山以外の人に作ってもらったら、こんな気持ちにはならないんだろう。
なんだ、なあんだ……そっか、そっか。落ち込んだ気持ちが嘘みたいに晴れていく。
「好きなんだ」
私、篠山が好きなんだ……。
「今更気付いたの? やっと?」
「ありがとう! おかげで助かった!」
呆れ顔の沙耶だったけれど、私の方を見て、直ぐに表情を崩す。安心した、とでも言うように、優しく微笑む。
「私、篠山に謝る。それで、また、一緒に食べたいってお願いする」
「告白は?」
「気! 気ぃ早いよ! そんな場合じゃ!」
沙耶、まだそれは早いって。大声で否定する。
「まあ、そうだよね。元気になって良かった。騒がしいくらいが、ななこらしいよ。でも、あんまり大声出さないでよね。ここ、図書室」
「ごめん」
ちらほら集まってきた視線に気付き、慌ててボリュームを落とす。いや、でもこれ大声出させた沙耶が悪いんじゃないの……?
「とりあえず一件落着? 教室戻ろっか」
「うん!」
沙耶の提案で教室に戻ることになる。あ、そういえば篠山とは席が隣同士だ。謝るなら、もう今が良いよね?
教室に入ると、まだ篠山が来ていなかった。屋上からそのまま、沙耶のとこに来たから、彼がまだあそこにいるかは解らない。昼休みが終わるまであと……10分くらいか。
「あ、そうだ」
自分の鞄から手の平サイズのチョコレートをいくつか取り出す。正方形の例のあのチョコレートだ。
「これ。お礼」
「相談料?」
「そうそう」
沙耶がビミョーな顔をする。受け取ってくれたものの、しかめっ面して悩んだ挙句、
「ま、いっか。今度何かあったら、駅前のファミレスで奢ってね。パフェとか」
「ええええええ……」
今度は私がしかめっ面する番だった。
***
「……え」
予鈴が鳴って、ほとんどの子が教室に戻ってきた。なのに、篠山が隣に来ない。代わりに隣に来たのは、前の席にいたはずの男子。
一体どういうこと?
疑問が出るのは当たり前。直ぐにその子に席のことを訊ねる。
「篠山は?」
「あいつに、視力悪くなったから前にしてくれって頼まれたんだ。面倒だよなあ」
「そう、なんだ……」
そんなまさか。篠山、嘘ついたのかな?
あれ、これ……徹底的に避けられてる……?




