恩返しはお粥で
部屋に入りベッドに寝かせて、布団を掛けてやる。ちょっと重かったけど、遠い距離でもなかったから苦にはならなかった。
「1Kなんだ……」
「一人暮らし」
「へええ」
高校生で一人暮らし、とな。感心、感心。
「お母さんとかは?」
「母親は小6の時リコンした。父親は去年死んだ」
「あ」
「いいよ、気にすんな」
熱があって辛そう。ローテーブルに冷えピタを発見したのでおでこに貼ってあげた。
「ごめん」
「いや、いいって。弁当のお礼。みたい、な」
「そっか」
「薬は飲んだ?」
「うん」
辛いのを見てたら帰るに帰れなくなった。心配だ。一人暮らしなら、尚更。
「――来た時にさ。『あ、弁当作んなかった文句言われるのかな』って思った」
「ヒドイ! そこまでいやしくはない」
篠山が声をあげて笑った。
「そこまでって。じゃあ、いやしいのは認めるんだな」
「違うって」
「冗談」
と、咳き込む。
「あ。もう神木帰った方が良いんじゃないか? うつしたら大変だし」
「え。でも」
「俺は大丈夫だから。早く治して神木の分の弁当作んないと。エビフライだったよな。リクエスト」
「篠山……」
「一人暮らしは慣れてるから。そんなに心配しなくても平気」
笑顔を見せる篠山。安心させようと笑ってくれてるのかな。
それでも心配だった。だって風邪ひいてる時って、弱っている時って心細くなるじゃない。
慣れてるとか、寂しいこと言わないで欲しい。
「……解った。じゃあ、お粥作ったら帰る」
「え?」
「フラフラの身体じゃ、作れないでしょ。お腹空いてるよね」
「そうだけど。でも悪いし」
「普段のお礼! ギブアンドテイク! オッケー?」
「うん。いや、それは嬉しいけど」
「けど?」
「神木、料理出来んの」
「お粥くらい作れるよ!」
私、篠山にどこまで見くびられてんの?
お願いします、と言われて私は台所を借りて、早速調理に取り掛かった。
◇◇◇
ふつふつと煮える鍋の中を覗きながら、そういえば、篠山って結構しょっぱいのが好きなんだっけ……と思い出す。それに、おにぎりの中身で何が一番好きかって話題になったら「梅!」と元気よく答えてた。
で、私がツナマヨが好きなんだって言ったら、それから毎日ツナマヨのおにぎりで……。
私が好きな物、把握してるんだね。
でも、私が苦手なニンジンを、どうやって食べてくれるか試してたみたいで。好きな物ばかりの弁当にしないようにしてくれて。篠山、何でそこまでしてくれたんだろう。今更そんなこと考える。
食べることは知ること。
その人が、どんな家の味で育ってきたのか、解る。しっかりと次の世代へ伝わる。
初めて食べた篠山の玉子焼きは、ちょっと塩が強かった。初めて貰った弁当も、私からしたら、ちょっと濃い目で。でも彼は、その味で育ったのかな。
コンロを止めて蓋をした。
「――篠山。出来たから、このままガス台に置いとくね」
「ありがとう」
「何か飲む?」
「冷蔵庫にあるから、それ持ってきてくれるか?」
「りょーかい」
人の家の冷蔵庫開けるのはちょっと気が引けたが、まあそこは仕方ないとして。綺麗に整頓してあるね。さすが篠山。
スポーツ飲料を取り出して、コップに注ぎ、彼に渡してやる。
「あー、しんどい」
ゴクゴクと音をたてながらそれを飲み干した。私は床に置いてあった座布団を借りてベッド脇に座る。
「明日も無理そうじゃない?」
「熱下がらないからな」
「私のことは気にしないでさ、治す方に専念しなって」
「悪い。でもな、神木に作ってやるの、実は楽しみになってきてたとこなんだ」
「そう、なの」
「そう。初めは『面倒だな』とか思ってたんだけど。でも土下座までされると断りにくくて」
「うわ……ごめん。すごく美味しくて。料理出来るけど、篠山ほど美味しく作れないから」
「土下座までされるほど美味しかったのか、って考えたら、あ、嬉しいってなった。誰かに褒められたことなかったから。っていうか、そもそも料理始めたきっかけは、両親のリコンでさ」
そして、私をじっと見た。
「俺、去年まで父子家庭だったんだよ。母親とリコンしたから。父親は働いてるから、料理担当は俺。でも運送会社に勤めてるからそんなに帰ってこないし、だから何か作れないとひもじい思いするはめになるから、必死で覚えた」
でも一人ぼっちの食卓は、味気なかった。
時々、父親が帰ってくるが、その時は外食だった。食べてもらえる機会がなかった。
自分のための料理だった。
「だから……」
だから、『今まで自分が食う分しか作ったことなかった』のか……。屋上で言ってたことが繋がった。あの時寂しそうだったのも、これのせい?
「神木、幸せそうに食べてくれるから、神木の好きな味付けにしようとか、色々考えて楽しみになったんだ。元々、作るのは好きだけど。更に好きになったかな」
だから、ありがとう。
微笑まれて、ドキリとする。
「お礼言うのはこっちの方だよ。無理なお願い引き受けてもらってるのに。そんな、そんな……」
「そんな謙遜すんなよ。神木なら、こういうこと話しても大丈夫かなって思ったけど、やっぱり困るよな。リコンとかの話」
「あ、いやその。大丈夫」
驚かないかそうでないかと訊かれたら、驚くに決まってる。私はお父さんもお母さんもいて、お姉ちゃんもいる。離れて暮らしてるけど、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも健在。家族のいない寂しさは、あんまり解らない。
聞けば、親戚がいるらしいけど、迷惑は掛けたくないからって、ここで高校生になったら一人暮らし初めて。お金の負担は心苦しいけど、頼ってるんだ、と打ち明けた。
彼がこういうこと話してくれるのは、それほど親しくなったって証拠なのかな。
自惚れかな。
それでもいいや。
篠山のことを知れたのが、嬉しくて。胸がくすぐったくなるような、そんな感じ。
「完全復活したら、エビフライ大量に作ってよね!」
笑ってみせると、うん、と彼もつられて笑った。後で熱を測ったら、下がったみたいだった。明日学校で会おうね、と私は家に帰ったんだけど。
その夜。高熱が出て、次の日、学校を休むハメになったのだった。おそらく風邪をもらったんだろう。結局、篠山のエビフライが食べられなかった。残念。
◇◇◇
登校したのは月曜日。というのも、風邪をもらったのは木曜日で、なかなか熱が下がらず金曜日も寝込んでいたからだ。
「ななこ、おはよ。治った?」
教室に入ると、友達が声を掛けてくれた。真っ直ぐ私の席には行かず、彼女のとこに寄り道する。
「おはよ。ばっちりです」
「篠山と揃って風邪って。なんかあった?」
「何もないって」
友達がにやにやしてくる。ホントに何もないって。お粥作ったくらいだって。でもこれ言ったら冷やかされそうだから、黙っておこう……。
「それより、金曜日。調理実習だったんだよ」
「えっ! そうだったの?」
「惜しいことしたね。私、篠山と同じ班だったけど、あんたが絶賛するだけあるわ。手際良かったし、美味しいし。解らないとこ教えてくれるし。で、注目されて」
調理実習終わった時から、ずっとあんな感じだよ、と指差す方向には、クラスの女子に囲まれてる篠山が。何人いるんだろう? 入れ替わり立ち替わりだから解んないな。
私の席は彼の左隣なんだけど、そこに行くのは躊躇われた。
「……」
女子に囲まれてるのを見て、なんか嫌だなあって思ってしまって。
「篠山って、優しいから。人気出てもおかしくはないよね」
「そーだねー」
嫌だなあ。嫌だなあ……。でもこんなこと思う私、嫌な子だなあ。
「篠山君、今度私にもお弁当作ってくれない?」なんて声がして、胸が苦しくなった。私以外に作って欲しくないなあって。ワガママ?
なんでこんなこと思っちゃうんだろ。篠山が誰に作ろうと関係ないのにね。
だから、ホームルーム開始の鐘が鳴るまで、私はずっと友達と喋っていて、やっと席に着いた。篠山が何も変わらず「おはよう」と挨拶してくる。それが癪に障ったので素っ気なく返してしまい、ちょっと後悔した。
◇◇◇
いつもの屋上。いつものお昼。
「今日はエビフライな」
と、青色の弁当箱を開けてくれる。いつもと変わらない、綺麗に盛り付けされたそれは、食欲をそそる。そそるんだけど、
「いただきます」
あれほど食べたかったエビフライ。なのに、どうしてなんだろう。美味しいのに。
「美味しくない」
「え、ごめん。不味かったか?」
私の発言に慌てる篠山。ううん、篠山のせいじゃないんだよ。
「揚げるの失敗してた?」
「違う」
「神木、お前今日変じゃないか?」
心配そうに顔を覗きこまれる。
「朝も大人しかったし。風邪まだ治ってないのか? うつしちゃったから心配で」
「具合悪いわけじゃないんだ。エビフライ、美味しいよ」
「じゃあ、何が」
「いや、あの」
美味しくないって、
「気持ち的に」
「はあ?」
意味解らないよ、と困惑される。そうだよね。私も何言ってるのか解んない。もやもやする。苦しい。これ以上篠山と話してたら、酷い事言っちゃいそうだ。
「ごめんね。今日はいいや。残して、ごめん」
「神木」
箸を置いて、笑う。ちゃんと笑えてるのかな。ぎこちなくなったりしてない?
「先、教室戻ってるね……」
立ち上がりかけて、手首を掴まれた。行くなってことらしい。し、心臓ドキドキしてきたんだけど!?
「気に入らないことあるなら、ここで言え」
「そんなんじゃなくて」
どうしよう。篠山、怒ってる? 睨まれるとちょっと怯んでしまう。
言ったら嫌われないだろうか。
――私以外の子に作らないでって? 私、高校生だよ。いつまでも幼稚園児みたいにダダ捏ねちゃいけないよ。
「や、あの……」
「……」
「しばらく、お弁当なしでいい」
「は?」
何を急に、と困惑の表情が篠山に浮かぶ。ごめん。黒い感情がある私、篠山に知られたくないんだ。
「美味しくない、とかじゃなくて。私の問題で。だから」
「何だよそれ……」
明らかに怒っている。声に戸惑いと、微かな怒気が含まれているのが解る。私は篠山の方を見るのが怖くて、どんな顔をしているのかは解らない。
「意味解んねえ」
ポツリ、と落とされたそれは確かに私の心を抉った。
篠山、傷つけちゃった。
「――いいよ。解った。しばらくはなしな。食いたくなったら、連絡すればいいから」
「……」
声は出さなかった。私は静かにうなずいた。篠山の手が緩む。離れて、自由になった。私はそのまま、篠山の方を振り向かずに屋上から出た。逃げるように――。




