表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

恩返しはお粥で

 部屋に入りベッドに寝かせて、布団を掛けてやる。ちょっと重かったけど、遠い距離でもなかったから苦にはならなかった。


「1Kなんだ……」

「一人暮らし」

「へええ」


 高校生で一人暮らし、とな。感心、感心。


「お母さんとかは?」

「母親は小6の時リコンした。父親は去年死んだ」

「あ」

「いいよ、気にすんな」


 熱があって辛そう。ローテーブルに冷えピタを発見したのでおでこに貼ってあげた。


「ごめん」

「いや、いいって。弁当のお礼。みたい、な」

「そっか」

「薬は飲んだ?」

「うん」


 辛いのを見てたら帰るに帰れなくなった。心配だ。一人暮らしなら、尚更。


「――来た時にさ。『あ、弁当作んなかった文句言われるのかな』って思った」

「ヒドイ! そこまでいやしくはない」


 篠山が声をあげて笑った。


「そこまでって。じゃあ、いやしいのは認めるんだな」

「違うって」

「冗談」


 と、咳き込む。


「あ。もう神木帰った方が良いんじゃないか? うつしたら大変だし」

「え。でも」

「俺は大丈夫だから。早く治して神木の分の弁当作んないと。エビフライだったよな。リクエスト」

「篠山……」

「一人暮らしは慣れてるから。そんなに心配しなくても平気」


 笑顔を見せる篠山。安心させようと笑ってくれてるのかな。


 それでも心配だった。だって風邪ひいてる時って、弱っている時って心細くなるじゃない。


 慣れてるとか、寂しいこと言わないで欲しい。


「……解った。じゃあ、お粥作ったら帰る」

「え?」

「フラフラの身体じゃ、作れないでしょ。お腹空いてるよね」

「そうだけど。でも悪いし」

「普段のお礼! ギブアンドテイク! オッケー?」

「うん。いや、それは嬉しいけど」

「けど?」

「神木、料理出来んの」

「お粥くらい作れるよ!」


 私、篠山にどこまで見くびられてんの?


 お願いします、と言われて私は台所を借りて、早速調理に取り掛かった。


◇◇◇


 ふつふつと煮える鍋の中を覗きながら、そういえば、篠山って結構しょっぱいのが好きなんだっけ……と思い出す。それに、おにぎりの中身で何が一番好きかって話題になったら「梅!」と元気よく答えてた。


 で、私がツナマヨが好きなんだって言ったら、それから毎日ツナマヨのおにぎりで……。


 私が好きな物、把握してるんだね。


 でも、私が苦手なニンジンを、どうやって食べてくれるか試してたみたいで。好きな物ばかりの弁当にしないようにしてくれて。篠山、何でそこまでしてくれたんだろう。今更そんなこと考える。


 食べることは知ること。


 その人が、どんな家の味で育ってきたのか、解る。しっかりと次の世代へ伝わる。


 初めて食べた篠山の玉子焼きは、ちょっと塩が強かった。初めて貰った弁当も、私からしたら、ちょっと濃い目で。でも彼は、その味で育ったのかな。


 コンロを止めて蓋をした。


「――篠山。出来たから、このままガス台に置いとくね」

「ありがとう」

「何か飲む?」

「冷蔵庫にあるから、それ持ってきてくれるか?」

「りょーかい」


 人の家の冷蔵庫開けるのはちょっと気が引けたが、まあそこは仕方ないとして。綺麗に整頓してあるね。さすが篠山。


 スポーツ飲料を取り出して、コップに注ぎ、彼に渡してやる。


「あー、しんどい」


 ゴクゴクと音をたてながらそれを飲み干した。私は床に置いてあった座布団を借りてベッド脇に座る。


「明日も無理そうじゃない?」

「熱下がらないからな」

「私のことは気にしないでさ、治す方に専念しなって」

「悪い。でもな、神木に作ってやるの、実は楽しみになってきてたとこなんだ」


「そう、なの」

「そう。初めは『面倒だな』とか思ってたんだけど。でも土下座までされると断りにくくて」

「うわ……ごめん。すごく美味しくて。料理出来るけど、篠山ほど美味しく作れないから」

「土下座までされるほど美味しかったのか、って考えたら、あ、嬉しいってなった。誰かに褒められたことなかったから。っていうか、そもそも料理始めたきっかけは、両親のリコンでさ」


 そして、私をじっと見た。


「俺、去年まで父子家庭だったんだよ。母親とリコンしたから。父親は働いてるから、料理担当は俺。でも運送会社に勤めてるからそんなに帰ってこないし、だから何か作れないとひもじい思いするはめになるから、必死で覚えた」



 でも一人ぼっちの食卓は、味気なかった。


 時々、父親が帰ってくるが、その時は外食だった。食べてもらえる機会がなかった。


 自分のための料理だった。


「だから……」


 だから、『今まで自分が食う分しか作ったことなかった』のか……。屋上で言ってたことが繋がった。あの時寂しそうだったのも、これのせい?


「神木、幸せそうに食べてくれるから、神木の好きな味付けにしようとか、色々考えて楽しみになったんだ。元々、作るのは好きだけど。更に好きになったかな」


 だから、ありがとう。


 微笑まれて、ドキリとする。


「お礼言うのはこっちの方だよ。無理なお願い引き受けてもらってるのに。そんな、そんな……」

「そんな謙遜すんなよ。神木なら、こういうこと話しても大丈夫かなって思ったけど、やっぱり困るよな。リコンとかの話」

「あ、いやその。大丈夫」


 驚かないかそうでないかと訊かれたら、驚くに決まってる。私はお父さんもお母さんもいて、お姉ちゃんもいる。離れて暮らしてるけど、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも健在。家族のいない寂しさは、あんまり解らない。


 聞けば、親戚がいるらしいけど、迷惑は掛けたくないからって、ここで高校生になったら一人暮らし初めて。お金の負担は心苦しいけど、頼ってるんだ、と打ち明けた。


 彼がこういうこと話してくれるのは、それほど親しくなったって証拠なのかな。


 自惚れかな。


 それでもいいや。


 篠山のことを知れたのが、嬉しくて。胸がくすぐったくなるような、そんな感じ。


「完全復活したら、エビフライ大量に作ってよね!」


 笑ってみせると、うん、と彼もつられて笑った。後で熱を測ったら、下がったみたいだった。明日学校で会おうね、と私は家に帰ったんだけど。


 その夜。高熱が出て、次の日、学校を休むハメになったのだった。おそらく風邪をもらったんだろう。結局、篠山のエビフライが食べられなかった。残念。


◇◇◇


 登校したのは月曜日。というのも、風邪をもらったのは木曜日で、なかなか熱が下がらず金曜日も寝込んでいたからだ。


「ななこ、おはよ。治った?」


 教室に入ると、友達が声を掛けてくれた。真っ直ぐ私の席には行かず、彼女のとこに寄り道する。


「おはよ。ばっちりです」

「篠山と揃って風邪って。なんかあった?」

「何もないって」


 友達がにやにやしてくる。ホントに何もないって。お粥作ったくらいだって。でもこれ言ったら冷やかされそうだから、黙っておこう……。


「それより、金曜日。調理実習だったんだよ」

「えっ! そうだったの?」

「惜しいことしたね。私、篠山と同じ班だったけど、あんたが絶賛するだけあるわ。手際良かったし、美味しいし。解らないとこ教えてくれるし。で、注目されて」


 調理実習終わった時から、ずっとあんな感じだよ、と指差す方向には、クラスの女子に囲まれてる篠山が。何人いるんだろう? 入れ替わり立ち替わりだから解んないな。


 私の席は彼の左隣なんだけど、そこに行くのは躊躇われた。


「……」


 女子に囲まれてるのを見て、なんか嫌だなあって思ってしまって。


「篠山って、優しいから。人気出てもおかしくはないよね」

「そーだねー」


 嫌だなあ。嫌だなあ……。でもこんなこと思う私、嫌な子だなあ。


「篠山君、今度私にもお弁当作ってくれない?」なんて声がして、胸が苦しくなった。私以外に作って欲しくないなあって。ワガママ?


 なんでこんなこと思っちゃうんだろ。篠山が誰に作ろうと関係ないのにね。


 だから、ホームルーム開始の鐘が鳴るまで、私はずっと友達と喋っていて、やっと席に着いた。篠山が何も変わらず「おはよう」と挨拶してくる。それが癪に障ったので素っ気なく返してしまい、ちょっと後悔した。


◇◇◇


 いつもの屋上。いつものお昼。


「今日はエビフライな」


 と、青色の弁当箱を開けてくれる。いつもと変わらない、綺麗に盛り付けされたそれは、食欲をそそる。そそるんだけど、


「いただきます」


 あれほど食べたかったエビフライ。なのに、どうしてなんだろう。美味しいのに。


「美味しくない」

「え、ごめん。不味かったか?」


 私の発言に慌てる篠山。ううん、篠山のせいじゃないんだよ。


「揚げるの失敗してた?」

「違う」

「神木、お前今日変じゃないか?」


 心配そうに顔を覗きこまれる。


「朝も大人しかったし。風邪まだ治ってないのか? うつしちゃったから心配で」

「具合悪いわけじゃないんだ。エビフライ、美味しいよ」

「じゃあ、何が」

「いや、あの」


 美味しくないって、


「気持ち的に」

「はあ?」


 意味解らないよ、と困惑される。そうだよね。私も何言ってるのか解んない。もやもやする。苦しい。これ以上篠山と話してたら、酷い事言っちゃいそうだ。


「ごめんね。今日はいいや。残して、ごめん」

「神木」


 箸を置いて、笑う。ちゃんと笑えてるのかな。ぎこちなくなったりしてない?


「先、教室戻ってるね……」


 立ち上がりかけて、手首を掴まれた。行くなってことらしい。し、心臓ドキドキしてきたんだけど!?


「気に入らないことあるなら、ここで言え」

「そんなんじゃなくて」


 どうしよう。篠山、怒ってる? 睨まれるとちょっと怯んでしまう。


 言ったら嫌われないだろうか。


 ――私以外の子に作らないでって? 私、高校生だよ。いつまでも幼稚園児みたいにダダ捏ねちゃいけないよ。


「や、あの……」

「……」

「しばらく、お弁当なしでいい」

「は?」


 何を急に、と困惑の表情が篠山に浮かぶ。ごめん。黒い感情がある私、篠山に知られたくないんだ。


「美味しくない、とかじゃなくて。私の問題で。だから」

「何だよそれ……」


 明らかに怒っている。声に戸惑いと、微かな怒気が含まれているのが解る。私は篠山の方を見るのが怖くて、どんな顔をしているのかは解らない。


「意味解んねえ」


 ポツリ、と落とされたそれは確かに私の心を抉った。


 篠山、傷つけちゃった。


「――いいよ。解った。しばらくはなしな。食いたくなったら、連絡すればいいから」

「……」


 声は出さなかった。私は静かにうなずいた。篠山の手が緩む。離れて、自由になった。私はそのまま、篠山の方を振り向かずに屋上から出た。逃げるように――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ