玉子焼きは甘くお願い
言っておくが、衣食住の中で一番重点を置いてるのは、私の場合「食」である。食べ物にはうるさい。人一倍うるさい。
バレンタインで貰った友チョコにダメだししたくらいである。
朝昼晩の料理にもダメだしするので、母親から「じゃあお前作れ」と逆ギレされた。でも作るのは無理だ。私は自分で作るより誰かが作ってくれたものが好き。
私は、「食べるの専門」だから。
でもねえ、そんな私を満足させてくれる人が、この世の中にはいるわけです。
***
「――と、いうわけで今日の弁当は神木が好きな甘い玉子焼き。そんで、エビチリ。ミニハンバーグ、ポテトサラダ」
「きゃあああ! 篠山サイコー! あんたマジすごいよ! 主夫になれるよ!」
「なんかそれビミョーに嫌かな」
青色の弁当箱の蓋を開けて、お昼と対面する。色合いがカラフル。盛り付け良し。味は――
「ん~、今日もおいひい」
「ありがとな。お前美味しそうに食べてくれるよな。作り甲斐があるよ、ホント」
はいお茶、と篠山から差し出されたカップを受け取った。
私の舌を唸らせる腕前を持つ男。それが、篠山である。毎日篠山には弁当を作ってきてもらっている。
弁当を作ってもらうようになった経緯は、先々週の席替えからだ。席が隣同士になったその日。
昼休みになって、購買でパンでも買ってこようとした私の目に飛び込んできたのは、料理本に載っていても違和感ない綺麗なお弁当だった。
しかもその弁当の主は、
「しの、やま……」
「ん?」
「ちょっとゴメン!」
「あっ、おい」
黄色い玉子焼きを指で摘まんでそのまま口の中へ。
「――」
もぐもぐ。口を動かす。何が起こったのか理解してない篠山。呆けたように口を開けている。
「ちょっと。ななこ何やってんのよ!」
行儀悪い、ありえないと傍にいた友達が引いたように私を見つめた。
「神木?」
篠山が私の名前を呼ぶ。無言の私を心配しているらしい。
「……まずかった?」
「んなことない! めっちゃ美味い。何これ今まで食べた中で一番かも」
口の中で広がるほどよい塩味。焼き加減も良い感じ。
「勝手に食べちゃってゴメン。でもつい美味しそうで……。篠山のお母さん、料理美味いんだね」
「違うけど」
「え。じゃあお父さん? すごいね」
「俺」
「――え?」
時が止まる。文句を言ってた友達も口を噤む。篠山がの一言一言を聞き漏らすまい、と。私の迫力が凄まじかったのか、彼は若干身を引いて答えた。
「……だから、この弁当。俺が作ったんだよ」
「えええええええ!?」
篠山が弁当男子、だと……!?
そこからの話は早い。
私は土下座を決め込んで、懇願した。その時は断られたが、それから毎日粘り強く交渉した結果、私は篠山に私の分の弁当を作ってもらうことに成功した。タダじゃないけど。
500円で超絶美味美麗な弁当が食べられるなら、安いもんだろう。篠山にだって量増えて大変だと思うし。
作ってもらうようになって、今日で2週間目だ。
「ふふふ、篠山さまさまですな」
「感謝してくれよなあ。弁当作るのに5時起きなんだから」
「ありがと」
その分味わって食べますとも!
篠山に弁当を作ってもらうようになってから、屋上で落ち合って一緒に食べるのが当たり前になってしまった。
友達も誘ったよ、もちろん。でも「いや、あんたの熱意でおなかいっっぱい」とか訳の解らない断られ方をされたから、誘うのは諦めた。
何で屋上かって。あんまり人が来ないし、それに篠山が「外で食べた方が気分いいよ」って提案したからなんだ。
それに教室で食べちゃったら、神木みたいに「作って!」って殺到しそうだ、注目される、と苦笑してたっけ。特に男子から頼まれそうだよねー。なんだ、私、運が良いじゃん!
早い者勝ちってことだよね。
「玉子焼き甘いのにしてくれたのって、私の好みに合わせてなの?」
「ああ。毎回毎回『甘いのが好き』ってしつこいから。俺は塩派だから、お前のとわざわざ分けて作ったよ。甘さどう?」
「これくらいがちょうどいいかな~」
「かなり砂糖入った気がするんだが……さすが甘党」
「いやー。いつ食べても美味しい。篠山はいつ婿に行っても大丈夫だわ」
「あ、俺、婿養子になるんだ」
「料理以外も完璧なんでしょ?」
「掃除も洗濯も裁縫も出来るよ、一応」
「女子力高いなあ」
あれ、私掃除くらいしか出来ない……女として、篠山に、負けてる?
「篠山と性別交換した方が良いんじゃ?」
「どうしてそうなる!?」
篠山のツッコミが入る。理由を説明すると、篠山がポツリと零した。
「神木と話してると飽きないよな」
「え?」
「面白い」
そして微笑む。
緩やかに、午後の時間は迫ってくる。屋上から吹く風が暖かい。
「俺、思うんだ。誰かのために料理作るのって悪くないなあって」
青色の弁当箱が空になった頃、篠山が静かに呟いた。
「今まで自分が食う分しか作ったことなかったから、神木が美味しそうな顔で食べてくれるのが嬉しい。最初は面倒だったけど」
「面目ない」
「いや、500円分は頑張ってるけどな? 破格の値段だぞ?」
その横顔が、儚く見えたのは何でだろう。
「あ、そうそう」
「何?」
「神木、明日の弁当のリクエストは?」
タイミングを逃してしまって、さっきの発言について聞けなかった。
「んー。エビフライ」
「解った」
明日の弁当が楽しみだ。




