5 - 帰路
国政棟の一階に降りて中央棟側の出口に出ると、帰宅する人達を待ち構えているように、馬車が数台止まっていた。その中で王族が所有している馬車を従者に呼んで来てもらい、帰路に向かった。
王族の居住は、馬車で三十分程度。中央棟から北東、つまり国政棟を越えたところにある。馬車は四人が十分の乗れる広さを有していたが、ライナスとオリヴィアは、馬車の後部席、進行方向に向かって奥がオリヴィア、入り口近くにライナスという状態で席に着いた。
「久方ぶりにオリヴィアと二人きりで帰るな。折角だからちょっと聞きたいことがあるのだけどいいか?」
「何かしら。ライナス兄様」
「先月から始まった国政棟での研修はどうだい?慣れない事ばかりだから疲れてはいないか?」
「大丈夫よ。分からないことだらけではあるけど、大分今の生活には慣れてきたわ」
「そうか?オリヴィアが頑張っているというのは良く分かっているのだが、研修が始まってからのオリヴィアは、男性の様な服装に変えてしまったじゃないか。何か無理はしていないかと、兄さんは少し心配しているんだよ」
オリヴィアの服装はオフホワイトのピッタリとしたパンツに濃紺の踵の厚いロングブーツ。上着はモスグリーンのジャケットを着ている。華麗さよりも動きやすさを重視したシンプルな服装である。
「別にその格好が悪いと言っている訳ではないんだが、今までとは大分異なってしまっただろう?特性が決まる前までは、いつも可憐な女性らしい格好をしていたのに。、俺はそんなオリヴィアを見るのが大好きだったから、少し残念に思っているんだ」
「心配させてしまってごめんなさい。ライナス兄様。心配する程は無理していないわ。特性が『国政』であることが分かって、お父様やお兄様から折角だから早めに研修を開始することを勧められたじゃない?私も始めるからには頑張りたいと思っているから、その為には動きやすい格好の方がいいと思って今の格好にしたの。結果、今の格好を選んで良かったと思っているわ。仕事にも慣れてきたら、服装についてもまた変わるかもしれないわ」
「そうか。それなら仕方がないか。日中は暫く諦めるとして、家では以前の格好もしてくれよな」
「分かったわ」
ライナスの右手がオリヴィアの頭を撫でニッコリと微笑む。暫く他愛のない会話をし、王の居住である建物へと着いた。二人は馬車から降り、迎えに来たそれぞれの侍従、侍女に荷物を渡した。
「俺達以外に誰か帰ってきている?」
「女王様が既にお戻りです」
ライナスの質問に従者が返答した。
「珍しいね。こんなに早いなんて。っで、どこにいるのかな?母上様は」
「今はご自分のお部屋で寛いでいらっしゃいます。夕食の時間になれば、食堂でお会いできますよ」
「じゃ~その時でいいか、挨拶は。オリヴィア。夕食の時間まで部屋で寛いでおいで。それと、今日は早めの帰宅だから、兄の願いも叶えておくれ」
「分かったわ」
特に断る程のことでもないので、そう返事をして、侍女と一緒に部屋へと戻った。
「ライナス様と一緒にご帰宅なんて珍しいですね」
オリヴィア付きの侍女、ポーラがオリヴィアが脱いだジャケットを受け取りながら声を掛けた。
「今日、トスターナ様に会議録のチェックをお願いしていたら、ライナス兄様が現れたのよ。あちらも仕事に一段落着いたからって。それで、今日は一緒に帰ってきたの」
「そうでしたの。既に女王様もご帰宅ですし、今日の夕食は久しぶりに賑やかになりそうですね」
家族全員が仕事を持っている為、夕食時間に全員集まるというのは中々難しく、何か行事が無いと実現されることは少ない。
「そうね。三人集まっただけでも多いわよね。因みに、夕食の時間になる前に、お湯に浸かりたんだけど、準備は出来るかしら?」
「はい、可能でございます。すぐ隣の部屋にご用意するよう致しますので、準備ができましたら、声を掛けさせて頂きますね」
渡したジャケットをハンガーに掛け、ポーラは一礼して部屋から出て行った。