4 - トスターナとライナス
「今日の会議録は問題ありません。良く纏まっていると思います。そろそろ一ヶ月経ちましたが、少しは会議に慣れましたか?」
提出した会議録のチェックを終え、用紙から目を離しオリヴィアに向かって話し始めた。彼はトスターナ・レイランド。肩くらいまである紺色の髪を後ろで緩く束ね、琥珀色の瞳をした青年である。温厚そうな雰囲気が前面に出ているが、一ヶ月一緒に居てそれだけの人間ではないとオリヴィアは分かっている。
「そうですね。朝会に参加される方達は、基本決まっていますから、参加されている方達のお名前や担当されている役職については理解出来ていると思います。ただ、議題に出ている内容については、まだ分からない事が沢山ありますね」
「なるほどね。例えば、どんなところが分からないと思いましたか?」
「例えば外交の話などは、まだ分からない事だらけです。周辺の国名は分かっていますが、ガローシャとどのような国交があるのかとか、各国の特徴などが分かっていないので、話題に上がっても何を言っているのか分からないことが多いです。取り敢えずは会議録用にメモ書きはしていますが、書いている段階では分からず書いている事が殆どです」
「確かに外交を理解するのは難しいですね。それにガローシャでは当たり前の、人の特性を選定するという仕組みも、他の国では無い独自の文化ですし、表立って『魔術』を研究し国で役立てているのも珍しいですしね」
「ガローシャの特性判定は他の国には無いんですか?」
「私が知っている周辺諸国ではないですね。国によって様々ですが、判定はなく自分で職種を決める国もあれば、生まれた家、身分で職種が決められている国もあるようですよ」
「色んな文化の国があるんですね」
「そうですね。外交は相手の文化を理解して始めて出来る交流ですから、まずはそれぞれの国の特色を知っていくことが大事でしょうね」
「これからきちんと学んで行きたいと思います」
「他には無いですか?」
「今朝の会議の話で言うと、教育担当大臣からもっと義務教育の予算を確保したいという議案に対して、財務担当大臣から今でも十分予算は確保しているのだから、今の予算内で調整してください。と言うことで話が終わってしまったじゃないですか」
「そうですね」
「私は過去の経緯が分からないので、間違っているかも知れませんが、今日の話だけ聞くと教育担当大臣の話にも一理ある気がしました。教育は国全体の能力を上げるには必要な投資だと思いますし、増やしたい予算の内容についても特に気になる内容ではありませんでした。ただ、財務担当大臣が、特に議題として深く取り扱わずに却下したということは、それなりの理由があるのですよね?恐らく今回の議案が始めてでは無いのでしょうし、今までも同じ議案を提示したか、似たような議案を許可した後に、何か問題があって、今回は財務担当大臣が却下したと考えるのが妥当だとも思っています。過去の会議録を見ないと分かりませんが」
「今日のあの少ないやり取りで良くそこまで考察できましたね。理由の大筋は合っていますよ。財務担当大臣がお金の使い道についてシビアになるのは当然として、教育担当大臣も悪気は無いんですけどね。ただちょっと他の担当大臣よりもお金に関してゆるいところがあると言いますか……。あなたが話した様に一度会議録を確認して今までの経緯を頭に入れておくことは良いことだと思いますよ。自分が今後会議に参加していくことになった場合に、事前の事情を把握しておけば無駄な衝突は避ける事ができますからね。知らない事は悪ことではありませんが、知る機会はあったにも関わらず、知ろうとし無かったことは、問題にすべきだと思いますよ」
「分かりました。今後過去の会議録にも目を通してみます」
「図書館の一階の検索室で過去の会議録を見つけることができるはずです。原本は、地下の保管庫にあるはずなので、ちょっと見ることは厳しいと思いますが、コピーは見られるはずなので」
「分かりました。今度検索室も覗いてみることにします」
「過去の会議録を見ると、過去のやり取りの経緯も分かりますし、会議録の書き方についても学ぶ事ができます。自分の目で見てどのような書き方が分かりやすいかなども一緒に学んでくださいね」
「はい。トスターナ様」
「お二人さん、話は終わったか?」
オリヴィアとトスターナがいる国政棟の四階の一室にもう一人顔を出してきた。彼は一般男性よりもかなり背が高く、黄色味の強い金髪と抜けるような空色の瞳を持ち、見るものを惹きつける魅力を持った華やかな容姿の青年だ。
「ライナス兄様。どうしてここへ?」
彼は、オリヴィアの十歳年上の一人目の兄で、第一子第一王子ライナス・ファンタニアである。彼の特性もオリヴィアと同様『国政』だ。オリヴィアの左側の席に座り、右手で彼女の頭部に触れた。
「どうしてってことはないだろ、我が妹よ。法務担当大臣に確認したいことがあってこの階に来たら、オリヴィアとトスターナの顔が見えたからさ。これは顔を出さないと!と思った訳だ。っで、トスターナ。我が妹は如何かな?」
右手で彼女の髪を撫でながら、トスターナに顔を向けた。
「とっても優秀ですよ。指摘したことは、二度目にはきちんと修正されてくるし。会議で誰かの意見に流されることもない、どの意見もその立場で理解しようとしている。それに自分が知らないということを理解し、理解する事を努力しようと言う姿勢が、この『国政』にはとても向いていると思いますよ。強いて言えば、少し真面目過ぎるところですかね。本当にあなたの妹ですか?」
冗談めかしてライナスに向かって言った。
「勿論俺の妹だ。それに、聞き捨てならない言葉が聞こえたが、俺だって真面目だろう?」
「優秀だということは認めますが、真面目という表現には異議を申し上げたいですね。あなたの場合は、要領が良いんですよ。あなたを崇拝している信者達を使って、何でも対処していくじゃないですか」
「信者って言うなよ。怖いだろ。俺は教団なんて作った覚えはないんだからさ。彼らが勝手に協力させて欲しいって言うんだから仕方がないだろ~」
「私も悪いとは言いませんよ。人が協力したいと思わせる能力だって、国を統括していく人間には必要な能力だと思いますし。協力してくれたって、本人に能力が無ければ、それを使いこなすことはできませんしね。だから優秀ということは認めていますよ。国の第一王子が優秀な方で本当に良かった」
笑顔でトスターナが回答した。
「失礼なやつだな~本当に。『国政』の同期の中でお前だけだよ、歯に衣着せぬ物言いを俺にするのは」
豪快に笑いながら、トスターナの話に答える。
ラナイスとトスターナは、同い年でエレンバレン寄宿学校時代からの親友だ。強いカリスマ性を持つ兄には、寄宿学校時代から彼を熱烈に信奉する者達が多く、そんな状況に慣れてしまっていたが、ライナスを信奉することなく一人の人間として扱うトスターナに興味を持ち、寄宿学校時代からよく行動を共にしていた。トスターナは、物腰は柔らかく、ライナスのような派手なカリスマ性は無いが、学年一の頭脳を持ち、公平な視点で物事を判断する性格から学生に留まらず、先生たちからの信頼が高かった。そんな二人が特性で共に『国政』と決まった為、今では周囲から、次世代の王と宰相と高く評価されている。
「な?オリヴィアもトスターナが失礼だと思うだろ?」
彼女の頭に置いた右手を自分の方へ引き寄せ、オリヴィアの顔を覗き込んだ。
「特にトスターナ様が失礼だとは思わないわ、ライナス兄様。『真面目』の言葉の捉え方は人それぞれかもしれないけど、トスターナ様は、ライナス兄様の能力を高く評価してくださっているようにしか聞こえないし、むしろ、ライナス兄様はトスターナ様から好かれていると思ったわ」
オリヴィアの口から出た言葉に、一瞬押し黙った二人だが、ライナスが大笑いを始めた。
「あはは。オリヴィアのフィルターに掛かると、口の悪いトスターナも善人の様だな。お前は人の良いところを言葉に表すのが本当に上手いな。自分の妹とは思えないほど人間ができて、いい歳こいて子供みたいな言い合いをしていた俺達がちょっと情けなくなったよ」
「ライナスの妹であることが信じられないというところは激しく同感ですね。オリヴィア。人の良いところを見つけ、表現できる力は、貴方の素晴らし能力だと思います。大事にしてくだいね」
二人共笑顔でこちらを見て話してくれたが、二人が一瞬黙ってしまったことを焦っていたため、ホッと胸を撫で下ろした。
「さて、トスターナとの話も終わったんだろ?俺も今日の予定は終わっているから、一緒に帰るか?」
ライナスが突然話を切り替えた。
「おや、来週の会議で新しい議案提出するって言っていませんでしたっけ?その準備は終わったのですか?」
「大体の骨組みは出来たよ。細かい情報については、ジェラルドとマリオンがやってくれているよ」
「また、ライナス信者に作業を振って…」
「良いじゃないか。作業には向き不向きがあるんだし、適材適所。素案を出して、最後にまとめるのが俺の仕事」
「ま、それで上手くいっているんですから文句は言いませんよ。では、オリヴィア。また、明日朝会で」
「行こう。オリヴィア」
ライナスは、オリヴィアに手を差し伸べて立ち上がらせた。オリヴィアは、「それでは失礼致します」と頭を下げてライナスと共に部屋を出た。