2 - 第三閲覧室へ
マーシャルと別れて、中央棟のニ階入り口から図書館へと入り、七階にある第三閲覧室へと向かった。そこは朝会が終わったらいつも向かう場所だ。
「あ、お疲れ様~。どうだった? 今日の朝会」
オリヴィアに気がついて話し掛けてきたのは、友人のフィオナ・アディントン。カール掛かった薄いスモーキーローズの髪を肩まで垂らし、琥珀色の瞳は長い睫毛に覆われ、大きな目を更に大きく見せ、可愛いお人形さんの様な容姿をした美少女である。
「おはよ。フィオナ。いつもと変わらないわよ。今日もこれから朝会議の内容を会議録に起こして、トスターナ様に提出しないと。昨日はトスターナ様に会議録の内容で指摘を受けてしまったから、今日は指摘されないように頑張らないとね」
窓側のいつもの定位置に荷物を置きながら返事をした。そんな時、外でオレンジ色の煙が建物から立ち上ったところが目に入った。
「あ~、やっぱり『技能』だったか~」
同じ景色を見ていたフィオナが呟いた。
「本当ね。予想はしていたけど」
椅子に座りながらオリヴィアも答えた。
・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・◆・・・
「見た~? 結果出たよ~!」
早速、会議録に取り掛かっていると、扉を開く大きな音と共に、一人の少年が部屋へと入って来た。彼は、赤毛に癖のある短髪でゴーグルの様なメガネを頭に付け、猫を連想させる少しつり目の赤身を佩びた鳶色の瞳を持ち、好奇心旺盛さが一目で分かる顔をしていた。友人のルーファス・カルヴァートである。
「見たわよ~。やっぱり『技能』だったわね!」
「うん! よかった~。絶対『技能』になる! て思っても、やっぱり結果が出るまではちょっと不安だったんだよ~。魔法陣が光りだした時はホント心臓が止まるかと思った!あ~これで今日はぐっすり眠れるよ~。あとで、フェビアン様のところに挨拶に行かなきゃ!」
余程先程の特性判定に緊張していたのか、テンション高く喋りまくっている。
因みに、ルーファスが言ったフェビアンとは、フェビアン・バーロウという人物の事を言っている。特性が『技能』に属する人物で、『技能』の世界ではその名を知らぬ者は居ないと言われる程、高い技術力を持っている。ルーファスの手の器用さ、センスの良さを寄宿学校時代から目をつけ高く評価してくれていて、ルーファスが最も尊敬する人物でもある。
「皆が皆、希望通りの特性判定が出る訳じゃないんだからさ。少しは人の気持ちも考えてくれよ~」
閲覧室に用意されている三人掛けソファーにクッションを抱えながら寝そべっている少年が、ふてくされてルーファスの言葉に割り込んだ。
「ま、確かに特性判定が、自分の希望通りでないケースもあるものね~。ランドルフ」
「そうだよ~。俺は騎士になりたかったから、特性は絶対『武術』だって思っていたのにさ、運動神経にはそれなりに自信があったし。でも結果は『鳥獣』だよ。もうこれからどうすればいいんだよ~~」
ソファーのクッションに顔を埋めて足をバタバタさせもがいていた。彼は、ランドルフ・ボルジャー。艶のある深緑の髪にアイスブルーの瞳を持った少年で、十六歳の少年らしい真っ直ぐさを瞳に宿した好青年である。何も言わず黙っていれば正統派美少年のはずなのだが、ソファーでのた打ち回る姿にはその片鱗は見えない。
「特性が『武術』で無ければ、騎士になれないと言う訳では無いわ。妖獣を扱う騎士なんかは『鳥獣』から選出される事もあると聞いたことがあるから、そこを目指してみるっていうのはどうかしら?」
オリヴィアは、藻掻いているランドルフに向かって、励ましの言葉を言った。
「えっ。そうなの?」
希望の光を見たり!と言わんばかりのキラキラした瞳を宿し、ガバっとソファーから起き上がった。
「ええ。詳しくは知らないのだけれど……。今度家族に聞いてみるわ」
あまりの反応の速さに少し驚いて目を見開いてしまったオリヴィアだったが、直ぐに落ち着きを取り戻し、にっこりと微笑んだ。
「是非お願い! ありがとう、オリヴィア」
ソファーの上で正座をし、神に祈るポーズをオリヴィアに向けたランドルフが感謝の言葉を述べた。
「良かったじゃない。希望の光りが見えて。自分が希望した結果じゃないからって、他の人の結果を聞くたびにうだうだ落ち込んじゃって、ちょっと鬱陶しかったし。これで少しは落ち着くかしらね」
その光景を傍から見ていたフィオナは、ランドルフの行動に若干呆れ気味だ。
「酷いよ~。フィオナ。鬱陶しいは無いだろ~」
「出てしまった結果にいつまでも囚われて……。鬱陶しい以外無いでしょ」
「うっ」
折角希望の光を見付けキラキラ輝いていたランドルフだったが、フィオナの一言で、耳を垂らした子犬のようになってしまった。
「別にランドルフだけじゃないでしょ?自分が希望した特性の結果が出なかったのは。特性で『鳥獣』と出たという事は、そっちの分野にランドルフが向いているって事なんだから、その中で自分がやりたい事は何なのか考えれば良いんじゃないの?」
「実際はそうだって事は分かるけど、俺はずーーっと騎士に憧れていたんだ!そんな簡単に騎士を諦められないんだよ!」
「誰も『騎士を諦めなさい』なんて言ってないでしょ?希望の特性結果じゃ無かったからって、グチグチ言って何もしないんじゃなくって、自分の与えられた特性から騎士になる方向を考えなさい!って言っているの!」
「うっ………」
「まぁ~いいわ。不毛な話をいつまでもするのは時間の無駄よね。折角道が開けたのだから、頑張りなさいよ」
「うん。分かった……」
「で、でも、ランドルフよかったね。元々剣術の腕も高かったし、きっと騎士になれるよ。な。セドリックもそう思うだろ?」
二人のやり取りを見かねたルーファスが、フィオナの向かいに座っている少年に話を振った。
「そうだな。ランドルフの剣術は、俊敏さなら学内でトップレベルだと思う。もう少し腕力も鍛えれば、騎士も夢ではないかもしれないな」
そう回答したのは、セドリック・オルブライト。この部屋にいるメンバーで一番背が高く、大人のような体格で、短くした漆黒の髪と赤身のある灰褐色の瞳をした精悍な少年である。因みに、学年のトップの剣術の実力者は彼だ。
「取り敢えずさぁ~。皆一旦席について落ち着かない? 全員揃った事だし、お茶でもしようよ。ランドルフもソファーでシュンとしないでこっち来てさ」
閲覧室に用意されているバーカウンターで紅茶の用意が完了した少年が、笑顔で皆に声を掛けた。彼は、エミリオ・ルジャンドル。ふんわりとした少し癖のあるハニーブロンドの髪を肩に届かない程度まで伸ばし、エメラルドの大きな瞳を持った中性的な印象を人に与える少年である。変声期を迎えた落ち着いた声をしているが、声を出さないと初対面の人からは女生徒に間違えられる事もしばしばある。エミリオがテーブルの上に皆の分の紅茶の準備を始めると、オリヴィアの「私も手伝うわ」の声に、
「ありがとう。でも大丈夫だよ。オリヴィアは会議録の作成を進めてよ。僕は好きでやっているんだから気にしないで」
エミリオは笑顔でオリヴィアの手伝いをやんわりと断り、紅茶を皆の席に配った。配り終わるまでには、全員席に着いていた。
フィオナ、ルーファス、ランドルフ、セドリック、エミリオそしてオリヴィアの六名が、この第三閲覧室の常連だ。