1 - マーシャルと遭遇
一章でまとめてアップしようと思ったら量が多かったので分割しました。
会議の終了を示す十時の鐘の音が遠くから聞こえる。
「本日の朝会議はこれまで」
宰相のよく通る声で本日の朝会議の終わりを告げた。ふぅ。と緊張の糸を緩め、オリヴィアは走らせていたペンを机に置き、机に散らばった荷物をまとめ、他の参加者に紛れて会議室の外へ出る。
十六歳の誕生日に発表された特性で、『国政』と決められてからひと月。勉強の為ということで毎朝会議に参加している。
オリヴィアが住む国、ガローシャでは、十六歳になると自分の特性を判定され、特性に相応しい職業に付くことが決められている。先日魔法陣の上に乗って発表されたのが正にそれだ。特性と言っても細かく決められる訳ではなく、『魔術』『武術』『技能』『鳥獣』『芸術』『金融』『自然』そして『国政』と大きく八種に分類され、そこからニ年間は、各特性に沿った教育が施され、それぞれの分野で更に自分が目指す道へと進んでいく。
本来は特性が決定した翌年度からニ年間が研修期間となっているが、彼女の場合は国王の娘ということもあり、特例で既に王都グラバラードで研修が始まっていた。
会議室のあった国政棟を出て中央に位置する中央棟へ伸びた渡り廊下に向かった。中央棟の最上階は、特性判定が行われる魔法陣がある建物で、それ以外は図書館として使用されている。
中央棟に着いたところで右側の廊下から、一人の青年が声を掛けてきた。彼は、一般の男性よりも少し背が高く、濃い紫色をしたビロードのローブを纏い、腰近くまである青みがかった銀髪を左側でゆるく束ねていた。腰には髪の色と同色の腰紐が巻かれている。鼻梁の通った顔にはアメジストの切れ長の瞳があり、太陽の光を浴びた事があるのか疑問に思う程、透き通った白い肌をしていた。格好から魔術関連の仕事に携わっている事は一目瞭然で、その儚い雰囲気と気品のある佇まいから高貴な生まれである事が分かる。
「おはよう。オリヴィア、今日の朝会は終わったのかい?」
にっこりと左に首を傾け彼女に微笑む。
「おはよう。マーシャル兄様」
彼は、オリヴィアの六歳年上の二人目の兄で、第三子第二王子マーシャル・ファンタニアである。十六歳の時に特性を『魔術』と判定され、その後ニ年の研修期間を経て、今では『魔術』の世界で要職に就いている。因みに彼が得意とするのは、魔道具などの媒体を使った魔法である。
「朝会議は今終わったところ。会議録をまとめる為にこれから図書館に行くところよ。夕方にはトスターナ様に報告しに行かないといけないから」
「会議録をまとめるとは、これはまた大変だね~。特に、研修期間は専門用語に慣れていないから、一言一言が分からなくて苦労するよね。僕も研修生の時は結構苦労したよ~」
「あら。マーシャル兄様でも苦労することってあるのね」
「それは誰だって最初はね。でも、オリヴィアだったら、直ぐに克服してしまいそうだな。君は勤勉だし、頭もいいから」
「そうだと良いのだけど。でも折角そう言って貰えたし、頑張るわ」
「分野が異なるから全てとは言えないけれど、少しでも困ったことがあったら相談してほしいな。可愛い妹のためなら、いつでも人肌脱ぐからね」
「分かったわ。ありがとう。ところで、マーシャル兄様はこれからどちらに行くの?」
「この先にある、技能棟で打ち合わせがあってね」
「ん?技能棟は反対方向じゃないの?」
オリヴィアは、技能棟があるマーシャルが来た方向に手を伸ばした。
「ま~そうなんだけどね。序に、他の棟の用事も済ませようかな~っと思ってこっちの方向に進んでいるんだよ」
マーシャルは、にっこりと左に首を傾け微笑んで言った。
各特性の建物は、中央棟を中心に八方向に放射線状に配置されており、一般に『オクタビオン』という名前で呼ばれている。中央棟とそれぞれの棟を結ぶ渡り廊下がそれぞれの建物のニ階同士を繋いでいて、中央棟の周りを一周するような形で廊下が存在している。因みに、魔術棟から技能棟へは、中央棟へ出て右へ曲がり三つ目の渡り廊下を進むのが正しい行き方で、マーシャルが進んでいる方向は逆方向なので、只の遠回りである。
「う~ん。そうなのね。因みに、どんなことを打ち合わせするつもりなの?」
「『魔術』と『技能』の知識を融合して新しい魔法の媒体を作ろうと思ってね。その相談」
「なんだか面白そうね」
「興味があることが具現化できるのは楽しいよね。それじゃ僕はそろそろ行くね。会議録頑張ってね」
「うん、分かったわ。行ってらっしゃい」
「本当に困ったことがあったら何でも言うんだよ」
「分かったわ。ありがとう」
マーシャルは、別れ際にそう言い残し、技能棟と逆の道へと消えていった。彼をあまり知らない人からは、その風貌から『繊細な人』、『孤高の人』と思われているが、彼をよく知っている人達から言わせると、「目が曇っているのか?」と聞かずにはいられない程、見た目の印象と本人の性格は異なっている。精緻に作られた彫刻の様に整った風貌をしている為、人に与える第一印象が強烈で自分達と同じ人間であるはずがないと最初に相手側から線を引かれてしまい、それが本来の彼の姿を見誤る原因となっている。本人は自分の興味を持ったことでしか動こうとしない変わり者で、一旦興味を持つと、興味が薄れるまで没頭してしまう。魔術棟の自分の研究室から数日帰ってこないなんてざらである。そんな状態だから、人と関わることが必然的に減り、結果『孤高の人』の様になっているだけである。そんな彼の興味を引く物は、主に『魔法研究』と『妹と成長』の二つだ。特性から言って前者は妥当な興味だが、後者の方は、その対象であるオリヴィアにとって、もう少し抑えて欲しいと心底思っている。兄の事は大好きだが、その事だけはいただけない。兄の後ろ姿が見えなくなると、はぁと息を吐いた。