4 - 捜索中
「あ、暑い・・・・」
フィオナが、吹き出る汗をタオルで拭きながら呟いた。ルーファス、ランドルフ、フィオナは、船着場から北側にある森に向かって歩き出し、最初はオリヴィア達と同じような風景を歩いていたが、太陽が真上に上がる前には森を通り抜け、膝までの高さがある草むらを通り過ぎ、今は土が剥き出しの緩やかな登り坂を歩いている。坂道には木々もちらほら見えたが、太陽の光を遮るところが殆ど無く、強い光が直接三人を照らしていた。
「結構歩いたし、一度休憩しようか」
滝のように顔を流れる汗を拭きながら、ランドフルフが声を掛けた。
「もう少し歩くと一旦坂が終わるみたいだから、そこまで行ったら休もうよ」
ルーファスが行く先を指した。少し歩くと、ルーファスが言うとおり少し平坦な場所にたどり着いた、しかしその先は急な坂道が待ち構えていた。
「あっ。あそこにちょっと日陰があるから向こうに行って休もうか」
左手にある細いが木が数本立ち並んでいるところを発見し、ランドルフが声を出した。
少しだけ日陰が作られた場所に三人は腰を下ろし、暫し休憩を取ることとした。
「ルーファス、羅針盤は今何色?」
汗を拭い、水筒から水を飲んで一息ついたフィオナが尋ねた。
「今は、”橙“だよ。坂道の途中くらいで色が変わっていたかな」
「やっと変わったか。俺たちが出発してからどの位経ったんだっけ?」
「ちょっと待ってね。え~っと、船着場出たのが八時半くらいだったから、休憩していた時間を抜くと四時間くらい経過しているかな」
ズボンのポケットから細かい装飾が彫られている懐中時計を取り出し、ルーファスは、計算した結果をランドルフに伝えた。
「四時間くらいで色の変化をするとなると、妖獣を見つけるには少なくとも、あと四時間以上は掛かるってことだよな」
「今までの距離を考えると、多分ルーファスの羅針盤が示しているのは、この先に見える山の中の可能性が高いわよね。だとすると、今までの起伏で四時間くらい必要だったんだから、斜面が急になったとしたら、移動にはもう少し掛かると思うわ」
「そうだな。もう少し時間は見ておいた方がいいな。ただ、そうだとしても、今は夏だし日も長い。太陽が沈む前には、ルーファスの妖獣のところまで辿り着けるんじゃないか」
「ま~その可能性は高いよね。今日中に一体見つけられると明日の移動は断然楽になるしね」
「私も二人の言うとおりだと思うわ。でも、あの山に登るのかと思うと気が滅入りそう。ま、やるしかないのよね」
「もし、どうしてもきつくなったときは、俺がフィオナの荷物を持つからがんばろうな」
「僕もその時は手伝うよ。さてと。休憩はそろそろ終わりにして、前へ進みますか。ここは踏ん張りどころだからがんばろうな!」
ルーファスの掛声で、三人は荷物を持ち上げた。強い日差しを避ける為の帽子をかぶり直し、羅針盤が指す山へ歩いていった。
「いい場所を見つけられて良かったね」
風除けの幕を木に括り付け終わったエミリオが、オリヴィアに話しかけた。
「本当ね。進行方向からそんなに離れていないところに、良い所があって良かったわ」
拾い集めた枯れ枝を、火を熾せるように積み重ねていたオリヴィアは、手を休めてエミリオの方に振り返った。
オリヴィア達三人は、このまま進んでいても今日中には目的地には到着しないと判断し、夕方には寝床に適した場所を探しに歩いていた。未だ森の中を歩いてはいたが、密集していた木々の密度は減り、太陽の光も所々届くようになっていた。三人は、地面が乾いていて、幕は張れるような木がある場所を探し、漸く今の場所に辿り着いた。セドリックは念のため周辺に危険が無いか確認すると言ってその場から離れ、オリヴィアは火を熾すのに必要な枯れ枝を近くで拾い集め、エミリオは寝床のための幕を木に括り付けていた。
「オリヴィア、結構枯れ枝集めてきたね。でも、火を熾すなら、もう少し大き目の枝とかもあると便利だよ。そうすれば鍋を置くのに固定できるし。ちょっと良さそうな枝が無いか近くを探してくるよ。その間オリヴィアは、周りのある落ち葉を出来る限り集めておいて貰える?寝るときに毛布の下に敷ければ、少しでも快適になるからさ」
そう言ってエミリオは、オリヴィアが見える範囲で大き目の枝を捜し、数分後、適当な枝を見繕って戻ってきた。そして、オリヴィアが積み重ねた枯れ枝を囲うように拾ってきた枝を配置した。
「こんな感じでいいかな。セドリックも、もうじき戻ってくるだろうから、そろそろ食事の準備しようか」
オリヴィアは、エミリオの意見に「そうね」と頷き、持ってきた荷物の中からマッチを取り出し、枯葉に火を付け枯れ枝を燃やし始めた。エミリオは、持参してきた鍋に水を入れ火の上に置き、二人は暫くお湯が沸くのを座って待つことにした。
「明日には、セドリックの妖獣見つけられるかしらね」
バチバチとなる炎を眺めながら、オリヴィは呟いた。
「ここに来るまでにセドリックの羅針盤は“橙”に変わっていたから、余程道が厳しくなるようなことが無い限りは、このままいけば明日の昼ぐらいには見つけられるんじゃないのかな」
炎の中に枝を追加して火力の調整をしながら、エミリオは返事をした。
「一体見つけられると勢いがつきそうだし、進む道が険しくないことを願うわ」
「そうだね。それにしても、このガルバラ島って不思議な島だよね。妖獣が多く生息しているはずなのに、全くそんな気配感じないし、多くの人が妖獣を見つけに来ているから、人が作った轍とかありそうなのに、船着場以外は人が居た形跡が全く無い。妖獣を捕まえたら、一度島全体を見たみたいね」
「本当よね。確かに数体ではないだろう数の妖獣がいるはずなのに不思議よね。今の所危ないところは無いけど、ここに一人で来ていたら凄く心細かったと思うわ。今回は皆が一緒に来てくれて本当に感謝しているわ」
炎から目を外し、エミリオの方に顔を向けて「ありがとう」と言った。
「突然どうしたの?」
エミリオが、目を見開いて驚いた。
「突然ではないのよ。ここに来る前から思っていたことだし。ただね、ガルバラ島に着いてからここまでの事を考えると、一人でここまで来るのは辛かったと思うの。でも、セドリックやエミリオと色々話して歩いていたから、長い時間だったけど、辛く感じることは無く来られた。それに野宿の準備だって、二人が居てくれたからこそ、こうやって快適なところを用意することができたと思う。私のエレンバレン付近でしていたキャンプ程度の経験では、どこにすれば良いか分からなくて、今も探しているかもしれない。だからね、きちんと皆に感謝しなきゃって思ったの」
「それは、もし僕が一人で来たとしても同じだよ。それにさ、グラバラードを発つ前に皆言っていたけど、僕も含めていつかはここに来るつもりだったし、それが今になっただけ。どちらかと言えば、こうやって皆で一緒に行けたんだから嬉しと思っている。それにね。行くのに必要な情報を貰えたり、ここまで来るための列車や船の手配をしてくれたり、それはすべてオリヴィアが居てくれたから得られたものだよ。逆に感謝しているくらいだよ」
「そんな感謝だなんて…。ここまで来る準備はお父様やお兄様達がしたことであって、私がした訳ではないわ」
オリヴィアの表情が少し暗くなった。
「確かに実際は王様や王子様達かもしれない。でもそれは、オリヴィアが居たからして貰えたんだよ」
エミリオは体の向きをオリヴィアに向けるため、座りなおした。
「ねえ、オリヴィア。少し真面目な話になるけど、今みたいな話なると、突然控えめなオリヴィアが出てくるよね。控えめな事は悪いとは思っていないけど、時々周りが思っているよりも自分自身を過小評価しているんじゃないのかな?と思うときがあるんだ」
エミリオはオリヴィアに語りかけるように言った。
「そんなことないわ。エミリオが思っているだけよ……」
小さな声でそう呟いた。
「ホント?僕はね、どうしてオリヴィアが自分に自信が持てなくなってしまうのか、さっぱり分からないんだよ。誰もが振り返るほどの美人で、エレンバレンでは学年一の秀才で、素直で優しい性格で、人によって態度を変えることはない。学校内にはオリヴィアに憧れていた人達は沢山いたんだよ?僕はそんな素敵なオリヴィアとこうやって友達になれたことを、正直誇らしくも思っていたしね」
エミリオは最後のところは冗談めかして肩を少し上げて言った。
「エミリオが言うほど、素敵な人間ではないわ。私は…」
オリヴィアは、また小さい声でそう呟いた。
「ほら~。またそう自分を過小評価する。もしかして周りの人間は自分の見た目や肩書きで評価しているんじゃないかって思ってしまう気持ちは分かるよ。僕だって多少そういう経験はしてきたし。オリヴィアの場合は、それが僕とは比べ物にならないから、もっと沢山そういう経験をしてきたんだと思う。でも、皆がそういう風には見ていないし、少なくとも、僕やフィオナ達はオリヴィアをそんな風に見たことは一度もないよ?」
エミリオは俯いてしまったオリヴィアの頭に優しく手を置き、顔に覗きこんでそう言った。
「うん。分かっている。エミリオ達にそう思ったことは一度も無いわ。でも。でもね。周りが私の事を褒めてくれると、どうしても自信が無くなるの。自分はそんな褒められるほどの人間じゃないって」
一度エミリオの顔を見て、再び炎に目を移した。
「人の良い所は直ぐに見つけられるのに、どうして自分のことになるとそうなってしまうんだろうね。僕なんてさ、黙っていると女性に間違われることもあるし、それに普段そんなに煩く騒ぐ方でもない。だからさ、勝手に静かで優しい人と思われる事があるんだよね。そう思っている人に相手の言動に対して意見とか言うとさ、『結構はっきり物事を言うんですね、優しい人だと思っていたけど想像と違う』って言われてしまうことがあるんだ。でも、この場合って僕が想像と違うことが悪いのかな?」
「そんな事は無いわ。優しいと言う意味は、いつも意見を受け入れると言う事とは違うわ。もしエミリオが相手にそういう意見を言ったのであれば、相手の意見が偏っているから指摘したんじゃないかって思う。私は、もし誤っている事を言っているのであれば、きちんと指摘してくれる人が優しい人だと思うわ。エミリオは悪くない」
真剣な目でエミリオを見た。
「ありがとう。僕もそう思っている。相手が勝手に僕という人間を決めてしまっているだけで、それと僕が違うからって僕が悪い訳じゃない。でも、それってオリヴィアにも言えるんだよ?勝手にオリヴィアという人間像を決めてしまう人達の想像と違うからって、オリヴィアが悪いわけじゃない」
真摯な目でオリヴィアの瞳を見た。
「私のせいじゃない…」
「そう。オリヴィアは、優しいから相手のオリヴィア像と違うことに、段々自分に自信が持てなくなってしまって、自分を過小評価してしまっている気がするんだ。でも、それはオリヴィアが悩む必要はないんだ。もっと自分を出していいんだよ。さっきも言ったけど、オリヴィア自身素晴らしい物を沢山持っているんだから、今度何か言われたら、『これが私なんだ』って思えばいいんだよ」
「これが私…」
「そう言えれば、オリヴィアの世界は絶対変わるから。あっ。セドリックが帰ってきたみたいだね」
二人の背後で草を踏みつける音が聞こえた。「話はこれで終わり」と言う様に、オリヴィアの肩を優しく叩き後ろを振り返った。
「お帰りセドリック。どうだった?」
「近くには特に危険そうなものは無かった。問題なさそうだな」
セドリックが、森の中からオリヴィアとエミリオの方に向かって歩いてきた。左手には中身が入った袋を持っている。
「結構遠くまで行ってきたんだね。お疲れ様。こっちも焚き木の準備と寝床の準備は終わったよ。因みに、手に持っている袋は何?」
「森の周辺を確認していたら、食べられそうな木の実や果物があったからさ、いくつか取ってきた。今日の夕食の足しになればよいかと思って」
持っていた袋をオリヴィアに渡した。
「セドリック、ありがとう。持ってきた食料もこれから何があるか分からないから、大事に使いたいものね。既にお湯は沸かしているから早速夕飯の準備に取り掛かるわね。セドリックはゆっくりしていて、疲れたでしょう?」
オリヴィアは、セドリックに微笑んで夕飯の支度に取り掛かった。




