表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋歌遊戯

夏薫るチーズケーキ (恋歌遊戯 余話)

作者: 琳谷 陸

夏薫るチーズケーキ



 真円に近い形をした大陸、ハルト。

 その中心部にある狭間峰という場所の、さらに真ん中。

 千年を越えた大樹が見守る丘と湖の近くにある小さな小屋で、絶望に染まった悲鳴が上がり、買い出しに行った家主に留守番を任されていた風の長、ビオルは何事かと悲鳴発生現場の台所を覗いた。

 そこにいた白金髪の少女が振り返る。

「リトさんやぁ、どうかしたのぉん?」

「び、ビオルさん! クッキーが!」

「あー……」

 テーブルの上には、こんがり焼き上がっていたクッキーが割れて散らばる無惨な姿をさらしていた。

 手は、まだ無事なクッキーを載せた皿をしっかり掴み、小麦色の瞳は泣きそうに潤んで、布の塊めいたビオルを見ている。

「まぁ、うん。無事なのもあるしぃ、気にすることないよぉん」

 なんというか、心臓に悪い悲鳴の原因がこれ。違った意味でどっと疲れが出る気がした。

「で、でも! これじゃあ足りなくなっちゃうかも」

「んー。大丈夫だと思うけどぉ」

 今日は数時間後に来客予定である。

 とは言え、来るのは気心知れた友人達。そこまで気にするような事でもないのだが。

「でも、まぁ、確かに勿体無いかなん」

 ビオルはテーブルの上に散らばった欠片を口にする。

 仄かに甘い味が口のなかに広がった。

「良くできてるよん」

 最初は樹宝さんがのたうち回る程の味だったのに、と思う。

 ごくっと飲み込んで、ビオルは何かを決めたように頷いた。

「リトさんや。新しいお菓子作ってみようかねぇ?」

「え?」

「クッキーは上手に出来るようになったしぃ、お客さんがぁ来るんだからバリエーションがあった方が良いよねん」

「新しいお菓子……はい!」

「うふ。じゃあぁ、ボウルにぃ割れたクッキー集めてぇ」

「はい!」

 リトが割れたクッキーを集めている間に、ビオルはバターとクリームチーズを用意する。

「じゃあ、まずはこのクッキーをもう少し細かく砕こうかねぇ」

「えっと」

「粉までいかないけどぉ、このくらいぃ」

「はい!」

「さてぇ、その間にぃ、これを室温に戻しておこうねぇ」

「それは何ですか?」

 ビオルが用意した白い塊を見て、リトが小首を傾げる。

「これはぁ、クリームチーズだよん。今朝、薬を卸しに行ったらもらってねぇ」

 良い出来で、量も少し作りすぎたからとお裾分けしてもらったのだ。

「氷室から出して直ぐだとまだ固いからねぇ、室温に戻してぇ、後はぁ無塩バターも戻そうかなん」

 型にバターを塗って、リトが潰したクッキーのボウルへ室温に戻したバターを加え。

「よく混ぜてぇ、型に敷き詰めておいてねん」

「はい。よいしょ」

「さっき室温に戻して柔らかくしたぁ、クリームチーズにぃ、お砂糖をちょっとずつ加えてぇ、卵も入れてぇ、ぐるぐるっとぉ」

「ふふ。ちょっとわくわくします」

「良い事だよん。でぇ、ここに生クリームとレモンの絞り汁を加えてぇ、よぉーく混ぜるよぉ。後は、薄力粉を入れてぇ、最後に一度裏漉しぃ」

「あ。お月様みたいな黄色になりました!」

「うふ。それからぁ、この型に流し入れてぇ、オーブンでこんがり焼き上げるよん」

 オーブンの蓋を閉めて、一息つく。

「これで少し焼いてぇ、焼き上がってあら熱を取ったらぁ、氷室に入れて冷やして完成だよん」




「おい、何か見慣れないもんがあるが……」

 皆が集まり、大樹の下でお茶会となった席にて、樹宝は見慣れない菓子に警戒するような目を向ける。

「はい! 今日は新しいお菓子作ってみたんです」

「……ビオルさん?」

 樹宝は若干疑うような目でビオルを見た。

「なぁにぃ、樹宝さんや。美味しそうでしょう?」

「……まあ、見た目は」

「何を躊躇っているのだ? せっかく乙女(リト)が作ってくれたものを」

 ナハトが訝しげに樹宝を見やる。

「これ、ケーキだったかしら? 北の菓子よね」

「あは。南にもあるよ巫女姫。ロアはフルーツがたくさんのが好みだけど」

「美味しそうですね」

 敷布の上に全員、輪になって座っている。そして、中心につまみやすいクッキーの大皿、各人の前に盛り付けられたチーズケーキの皿が置かれていた。

「……要らないのなら私が食すが?」

「待て。これは俺のだ。お前のはそれだろ」

「乙女が作ってくれたものを前にその様な顔をしているのが悪い」

「お前はあれを食った事がないから……」

「これ美味しいよー」

「……」

 ひょい、とロアが自分のケーキを口に運ぶ。

 瑞花と銀月もそれにならうように口をつけて。

「美味しいわ」

「美味しいですね」

「……」

 樹宝はその様子を見つつ、やがてリトをちらりと見る。

「う」

 そこには、はにかみつつ期待の眼差しを送る顔があった。

 食べないという選択肢は最初からないものの、樹宝は恐る恐るケーキを一口食べる。

「…………食べられる」

「えへへ」

「貴様、言うことに事欠いてそれか」

 樹宝の呟きに、リトは喜び、ナハトは若干呆れたような顔をした。

 瑞花だけは微妙に目を逸らしていたが、樹宝は結局チーズケーキを完食する。

「まぁ、……美味かった」

「良かったぁ!」

 手を叩いて喜ぶリトに樹宝もわずかに頬を緩めた。

「珍しい事もあるもんだな」




 後日。

「っ! なんで最初失敗しなくて次なんだっ?」

「ご、ごめんなさい!」

「どうやったら粉砂糖の代わりに塩振るなんて事になるんだよ!」

 晴天にきらきらと光り舞うある夏の日の事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ