wish for06:天使のひと時。
教えて下さい 神様
あの人は 何を見てる?
何を考え 誰を愛し 誰の為に疵付くの?
由李は、窓から空を見ていた。
…いや、実際空が瞳に映っても、見る事は叶わないのだが。
「生きてゆく力が…その手にあるうちは…」
「由李はホントにその唄が好きね」
由李は窓枠の絵から視線を外し、声のした方に首をやった。
まぁ、声だけで誰だかは充分に判る。
「お母さん…」
「そろそろご飯でしょう?」
「あぁ…そういえば…」
「貰って来たわ。食べましょう」
「うん」
由李の母親は、ベッドの上に机を固定すると、その上にトレイを乗せた。
病院のベッドから、検査以外に一歩も動く事の無い生活で、空腹を感じる事は少なくなったが、それでもお腹は減る。
由李は、母親に食器とスプーンを手渡され、器用に食べ物を口に運んだ。
この生活を始めて2年。
眼が見えなくても、食事は出来るんだな、と思った。
「あら」
「え?」
母親の声で、由李は食事の手を止めた。
母親が何かしているようだが、如何せん、由李には見えない。
母の気配が落ち着くのを待って、由李は母に尋ねた。
「どうかした?」
「え?…あぁ、何でもないわ。何でも…」
すぐに、母親が嘘を吐いていると判った。
けれど、口には出さない。
親に迷惑を掛けているのは自分。
これ以上、負担を掛けたくなかった。
「ねぇ、由李」
「なぁに?」
「お友達は何してるんだろうね…」
決して口には出さないが、言葉のイントネーションから、母親が由李の病気を諦めている事が判る。
由李にも、痛いほど判っていた。
だからこそ、親の負担になりたくなかったのだった。
これ以上、親を苦しませる事は出来ない、と…。
「皆、元気に高校生活楽しんでるんじゃない?部活したりバイトしたり…」
「恋したり…」
「え?」
「恋よ。恋。恋愛。このぐらいの歳になると、当たり前でしょう?」
「そう…そうだね…」
高校に行きたい。
皆と同じように、学校へ行きたい。
そんな浅ましい夢は、入院生活が始まって1年後には捨てていた。
今はもう、そんな事を想う時は無い。
只…。
只1つ…心残りなのは――………。
「由李にも経験させてあげたいわ…」
声が微妙に震えている。
泣いているのだろうか。
由李は努めて明るく振舞った。
重い空気を、自分には見えないけれど、真っ青な空ぐらい軽くする為に。
「お母さん。まだ治らないって決まった訳じゃないんでしょう?」
「えぇ…。でも…」
「じゃあ、大丈夫。きっと、治るよ。私、信じてるから」
「由李…」
「きっと…きっと、此処の先生が治してくれるよ。それに…」
「それに?」
「私、此処に来た事、後悔してない」
風に乗って、愛しいあの香りが運ばれたような気がした。
次回更新は1週間以内の予定です。
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