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wish for05:君の為の気まぐれ。

気付いたら、朝だった。

やっぱり、俺は由李の腕の中で眼を覚ました。

ずっと抱かれてたから、当たり前っちゃ当たり前だけど。

まぁ、看護士さんに見つからなくて良かった。

此処の病棟は、一般病棟じゃないから、看護士さんが起こしに来るのは少ないけどな。

けど、由李に迷惑は掛けれねぇだろ、やっぱ。


俺がベッドから降りようとすると、由李も眼を覚ました。

ちゃんと瞳は開いたけど、やっぱ俺は映してない。

哀しいモンだな…。

けど、由李はもっと辛いだろうと思ったから、何も言わなかった。

まぁ、言わなくても大概気付かれるんだけど。


「眼はね…見えない訳じゃないんだ」


ほらな?

由李はエスパーだ。


「見えないから、此処に居るじゃねぇの?」

「んー…私もよく判んないんだけどね?瞳自体は、可笑しい訳じゃないらしいんだ」

「???」

「“見る”って反応は、瞳で見て、感覚神経を通って中枢で映像として把握出来るらしいの」

「中枢?」

「脳とか脊髄の事なんだって。でね?私は瞳と感覚神経は正常なんだけど、中枢――大脳かな?それが、可笑しいんだって」

「訳判んねぇ…」

「見た物を映像として立体化出来ないって事だよ。“見える”けど、“観えない”って感じかな」

「ふーん…」


頭痛ー…。

由李の病気って難しいんだなー…。

それって、俺ん家で治んのか?


「それは治んの?」

「んー…何とも。原因がまだよく判んないんだって。その検査する為に入院してるの」


っつー事は…。

2年も原因が判んなくて入院してるって事か?

辛いな…。

俺だったら、耐えらんねぇかも…。


「てか、憂灯君学校は?」


由李の言葉が、俺を現実世界に引っ張り戻した。

よりによって学校かよ…。

もーどれぐらい行ってないんだ…。

あー…1ヶ月?

2ヶ月か?

覚えてねぇわ。


「行かなくて良いの?」

「あー…今日日曜…」

「嘘」

「ごめんなさい」

「行きなさい」

「はい…」

「学校の話、聴かせて?」

「俺の?」

「そうっ」

「由李が聴いて面白(オモシレ)ぇ話じゃねぇよ?」

「良いのー」

「…じゃぁ、行ってきますわ」


俺は家に帰ると、久しぶりに制服に袖を通した。

時計は9時を廻ったトコ。

良いじゃん、行くだけマシだろ。

俺は何も持たず…や、財布とケータイは持ってるな。

後は何も持たずに家を出た。


校門を潜ったのは、9時半頃。

まだ1時限目が終わるまで、20分はある。

俺は、下駄箱で靴を履き替えると、そのまま屋上に向かった。

今から教室行ったって、教師の遠慮がちだけど、冷たい視線に晒されるだけだろ?


空は、ムカつくぐらい綺麗に晴れてた。

寒くも暑くも無い。

ふっと、昨日由李の部屋の窓から見た、月を思い出した。

冷たくも温かくも無い月光。

それでも、それは確かにそこに在った。


授業終了のチャイムと共に、俺は屋上を後にした。

真っ直ぐ教室に向かう。

その足に…戸惑いは無かったと言えば、嘘になるけど。

教室から、数人の生徒が出てきた。

友人と談笑しながら、廊下を我が物顔で歩く男子。

女子…は、居ない事はない。

ちょっと殺伐としてる。

でも、何処にでも見る、普通の光景。

けど、俺がそこを通ると、様子は一変する。


男子は避ける。

女子は焦点が定まってないような瞳で、俺に視線を()る。

ざわざわ騒がしかった廊下に、池に小石を落としたように、静寂の波紋が広がる。

旧約聖書のモーセの十戒のように、人が俺を避ける。


…アホくさ。

一応、この高校は有名私立校らしい。

弟も、此処。

兄貴も、此処だった。

進学校って言っても、私立。

だからかもしれない。

うちの学校は、校則が無い。

だから、生徒手帳も無い。

代わりにカードがあるだけ。

それでも、俺みたいな奴は珍しかった。

大体、殆ど学校来てねぇってのに、退学にならずに留年。

保護者から文句出たみたいだけどな。

…まぁ、そんな話は良いわ。

俺は、久々に見る、クリーム色のドアに手を掛けた。


「――――………っっ」


俺が入った途端、静まり返る教室。

けど、すぐにそれは破られた。

一瞬の沈黙の後、広がっていく小さな囁き声。

何だよ。

言いたい事あるんだったら、ちゃんと俺の眼ぇ見て言えよ。

ほんとムカつくわ。


俺は、忘れかけていた自分の席を何とか記憶の隅から無理矢理引っ張り出して、座った。

机の中に手をやる。

物心付いてからの、俺の習慣。

物心付いてからって言うより、学校来始めてから…そう言った方が正しいかもしれない。

女子からの手紙。

毎日毎日、嫌んなるぐらい、入ってた。

それは、この高校へ来てからも変わらない。

まぁ、入ってても可笑しいんだけどな。

何も入っていない事を確かめると、俺は机に突っ伏した。


「憂灯君?」


これも久しぶりに聴く声。

俺は顔を上げて、声の主をゆっくりと見上げた。


「久しぶりだね」

「だな…」


柔らかい栗色の髪。

細い身体。

立ち振る舞いまでが、優雅な奴。

当たり前だけど、頭も良い。

こんなに完璧な奴だけど、全然鼻に掛けてない。

何より、俺と普通に話す。

俺には、ありがたかった。


「また、いつもの気まぐれ?」


柔らかな微笑を湛えながら、ソイツは俺の横に座った。

籤運が良いのか悪いのか、俺とコイツは隣同士。

まぁ、俺はあんま来てねぇから、コイツは独りで後ろに居るようなもんだけどな。


「………別に」

「俺には何でも話すって言わなかった?」

「…覚えてねぇ」

「じゃ、お金返して」

「……………は?」

「この間クラブの機材壊した修理費。俺が全額払ったんだよね〜」

「………ちょっと…行けって言われて」


俺の隣に居る奴は、意外そうな顔をした。

眉を少し上げ、瞳を開く。

そんな動作もいちいち絵になる奴…。

樋野(ヒノ)――………南音(ナオト)


「憂灯君が?言う事聴いたの?」

「…そういう時もあんだよ」

「今までは1度も無かったけどね」

「…覚えてねぇな」

「あ、そう。まぁ、来たって事は最後まで居るんだよね?」

「一応な」

「じゃ、授業受けるよね?」

「あぁ?」

「受・け・る・よ・ね?」


俺は一つ一つ区切られた問い掛けを無視して、再び机に突っ伏した。

こんな会話も、久しぶりだった。


――昼休み。

俺は南音と屋上に居た。

午前中、幾度か脱走を試みた。

けど、全部南音に連れ戻された。

南音がサボる気があるんだったら、サボれるのに。

何で今日に限って、全部の授業受けんだよ。


「久しぶりなんだから、少しは普通に過ごしてよ」


これが、南音の言い分だった。

相変わらず、自己中心的な考え。

俺もそうだから、他人の事は言えねぇけど。


真っ青な空に、太陽が眩しい。

昼の空は、何でこんなに澄んでるんだろうか。

朝が澄んでないとか、夜は重いとか、そういう事を言ってるんじゃなくて。

雲の白と空の青。

太陽の光。

“普通”って、こういう事を見逃すのかもしれねぇな…。


屋上のドアが開いた。

数人のグループがこっちへやって来る。

見た時ある奴。

無い奴。

まぁ、色々。

つっても、そんな人数居ないけどな。


肩まである髪を、1つに束ねた茶髪の奴が、真っ先に俺らを見つけた。

身長は、高校男子の平均より少し低い。

…や、平均ぐらいはあるか?

まぁ、俺とか南音から見たらチビなんだよな。


「憂灯君っ」


仔犬のような黒眼ばっかの瞳で、俺を見上げた。

フェンスに凭れていた南音が、優しく微笑みかける。


「珍しいだろ?憂灯君が学校来たの。しかも、気まぐれじゃなく」

「マジ!?何で何で!?」

(ツカサ)君が知りたがってるよ?」


この時ばかりは、南音の事を少し憎らしく思えた。

いつもは優しい天使の微笑が、意地の悪い仔悪魔みたいだった。


士の後ろには、茶髪の可愛らしい少年と少し斜に構えている色白の黒目がちな少年。

その横に、俺の知らない奴が居た。

俺は士を無視して、3人に視線をやる。

俺の視線に気付いた3人は、ゆっくりとこちらへやって来た。


遠くで、唄が聴こえた気がした。



次回更新は1週間以内に行うつもりです。

宜しかったら感想などお願い致します。

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