wish for10:愛しい人の落し物。
きっとこの恋は 口に出す事も無く
伝わる事も無く
届く事も無いでしょう…
「心は…走る…あの…空の下…」
由李は、まだ飽きる事も無く空を見ながら、唄っていた。
いや、飽きてはいけないのだ。
これに飽きてしまえば、何が出来るというのだろう。
気まぐれに、由李の口からは唄が零れた。
ふっと、由李の口から唄が消える。
次に聴こえて来たのは、短い言葉。
本当に短い言葉…。
「憂灯君…」
その、小さな小さな言葉は、窓から入って来た穏やかな風に浚われ、まだ明るい空へと吸い込まれて行った。
由李は、小さく溜息を吐くと、再び唄い始めた。
何度も何度も…。
繰り返し唄った。
誰かに届けるように…。
誰かに伝わるように…。
誰かに捧げるように…。
「由李?」
由李は唄うのを止め、ゆっくりと顔を向けた。
相変わらず、その瞳は何も映してはいなかった。
「少し、眠ったら?今日はずっと起きてたでしょう?」
「ううん…大丈夫…」
由李は、そう言うと、また顔を窓枠に戻した。
由李の母親は、ベッドの傍の椅子に座って、林檎を剥き始めた。
「いつもは、昼間見に来ると1度は眠ってるのに…。今日はどうして?」
「そうだったかな…」
由李の視線は、相変わらず窓の向こうだった。
由李の母親は、器用に林檎を剥きながら話を続ける。
「お母さんね?お昼に、拾ったの」
「…何を?」
少し間を置いて、由李は母親に視線を向けた。
「ピアス。男物の…ね」
そう言うと、彼女は林檎を剥くのを止め、鞄からそれを取り出すと、由李に手渡した。
「由李はこんなピアスしないでしょう?それに、失くしたのなら言うでしょうし…」
「これ…何処に?」
「お母さんが今座ってる椅子の下よ。何か、心当たりある?」
「心当たり…」
由李は、少し昨夜の事を思い出していた。
彼が来たのは、昨日の昼と夜。
彼は、確実に今母が座っている椅子に座っていた。
香水もつけていた。
そんな彼が、ピアスをしていない等という確証が何処にある?
無論、しているという確証も無いが…。
しかし、彼以外に母親と看護士以外でこの部屋にやってきた者は居ない。
由李は、ゆっくりと母に告げた。
「それ、誰のか知ってる…」
予想はしていたものの、由李の母は少し驚いたようだった。
由李に林檎を渡しながら、更に尋ねた。
「そう…。誰か、由李の知ってる人なのね?」
「うん…」
「お友達?」
由李は口を開きかけたが、何も言わないで黙ってしまった。
不思議に思った彼女は、もう1度由李に尋ねた。
「由李?このピアスは誰の物なの?」
まだ、由李は応えない。
彼女は繰り返し同じ質問を続けた。
「由李のお友達?」
何回か質問を繰り返した後、由李はやっと応えた。
「私の…好きな人の物よ…」
いつの間にか、空はオレンジに変わっていた。
次回更新は、1週間以内に行う予定です。
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