臆病者の逆襲
夏休み明け、2学期。鈍った身体が学校に慣れた頃。とっぷりと暮れた資料室から出ると、職員室と体育館だけが明々としている状況だった。
……バックナンバーに夢中になって、遅くまで残りすぎた。
報道同好会はまだ同好会だ。下校時刻は部活に準じているけれど、活動時間の延長届は出せない。
資料室に入り浸るのもよく思われていない節がある。正直見つかりたくない。
僕はそっと職員室のそばを抜け、下駄箱へ走った。
さすがに誰もいない。
校庭にも運動部の影はないし、文化部はいわずもがなだ。
吹奏楽部も大会進出はならず、生徒会も目立った行事がないため帰ってしまっている。
木田や吉村も下校時刻になると一足先に帰った。コンクール用の作品も作ったし、当座は通常活動をこなすだけ。
一人で帰るのは久しぶりかもしれない。
外に出た時だった。
一人とぼとぼ、うつむきがちに体育館から出てくる女子生徒がいる。
「……青柳?」
立ち止まり、ゆっくりと顔を上げたのは、人違いではなかった。
「……市ヶ谷」
剣道部は終了時刻をしっかり守る。こんな時間まで一年が一人で残ることはない。
「おまえ、どうしたの」
「ううん、なんでもないよ」
なんでもないなら、どうして無理に笑おうとするのだろう。
暗がりでもわかってしまう。
一学期の立ち位置を思い返す。
「あ、鍵当番?鍵返すの遅くなったんなら、俺一緒に行こうか」
「あ、鍵はもういいの。私も今から帰るところ。自転車とってこないと」
「おー、じゃあ待つよ。暗いし途中までさ」
「……わかった」
青柳は、大きな荷物を抱えて駐輪場へと走った。
居残りだろうか。詰められでもしたのだろうか。なんにしても、僕には本当のことを言ってはこないような気がした。
「……お待たせ」
自転車を止めて、並んで歩く。それでもどうしても確認したかった。
「鍵当番みたいなこと、やってんの」
「やってないよ」
あえて明るく聞くと、静かに答えてくれる。
盗み見ても、確かに強がっているようには見えない。
「私が勝手に残ってただけ」
だけど浮かぶのは自重じみた、あきらめみたいな感情だ。そんな声を出されて、どうせ無理、みたいな。
昔の自分を見ているみたいな。
「……強くなれ」
「え?」
「強くなったら、変わったら、世界も変わるから。今からでも遅くないから、だから」
そんな顔を、しないでほしい。
「市ヶ谷は、強いね」
「……」
「だって、半年たたないうちに同好会を作って、ちゃんと活動して。夏休み明けのテストも成績良かったでしょう?」
「……たまたま」
「でも、ありがとう。元気、ちょっと出た」
「よかった」
トラックがぶうんと通りすぎた。
前にも後ろにも、他に歩く人はいない。
「ねえ、市ヶ谷は、好きになった人に好きな人がいたらどうする?」
予告なしの究極的な質問だった。
青柳は、アザミさんを好きな小原さんを好きになっている。
僕は、そんな青柳を好きになった。
「……わっかんないな、そのときにならないと」
なんともいえないからこそ、嘘にならない嘘をついた。
「そうだよね、わかんないよね」
それっきり、黙って歩道を歩いた。
「確か、電車だよね?」
「そっちはこの道まっすぐだよな。気を付けてなー」
「うん、お疲れさま」
青柳は自転車にまたがると、荷物の重みによろけながらも地を蹴った。
オレンジの自転車がどんどん遠ざかっていく。
完全に見えなくなるまで見送って。
僕は背を向けて駅のほうへと歩き出した。




