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ブルー2

「もしもし、青柳?」

 天変地異でもない限り、向こうから連絡なんてないだろうに。

 暗がりのほうへ移動し、ささやく。

 息を吸い込む音が電話越しに伝わった。

「残念でした。青柳ではありません」

 アルトの声は、聞き取りやすい。

 返ってきたのはゆったりと、それでいて堂々と、威圧感はないが存在感がある声だった。

 電話の持ち主とはまるで違う。

「アザミ、さん?」

「すごいね、一発で分かるなんて」

 この問答さえも予定調和、だろうか。

 だとしても呑まれるわけにはいかない。

「……青柳から、先輩と同室って聞いてましたからね。イタ電ですか?」

「そんなことするわけないでしょー、市ヶ谷くん。報道同好会会長」

 接点なんてほぼほぼない、一介の一年に何のようだ。

 ごくりと唾を飲む。

「取引しない?」

 最近どう?と聞くようにさらりと物騒な言葉を口にされる。

「ーー取引?」

「そう。報道同好会は、オレのことを一切嗅ぎまわらない。写真、情報も、全部ね」

 理解できた。

 この人は、文化祭での裏展示を忘れてはいない。いや、もしくは知っている。

「……こっちのうまみはなんですか?」

「資金援助」

「……はい?」

「悪くはないと思うよ。月に1万円。どう?」

 通話時間が増えていく。

 弱味も苦悩も掴まれている。

「なんで、そんなことを」

「理由はノーコメント。で、やるの、やらないの?」

「断ることもできますよね」

「断ったらそっちはじり貧だよ」

 しかも、今置かれている状況を正確に把握している。

 立てられたのは、完璧な計画だ。

「………俺一人では決められません」

「ーーわかった。でもそんなに待てないよ。1時間以内に答えをちょうだい」

 反論はできなかった。

 なんとか絞り出した答えにあっさりと解を示され、僕はずるずると座り込んだ。



「賛成」

「条件付きで賛成」

 二人はアザミさんの提案に好意的だった。

 緊急会議の場所は赤々とした科学室だ。適当に髪を束ねた木田が、分厚いファイルをめくる。

「OBさんからの寄付扱いって言えば、お金の出所話すのはなんとかなる。同好会は会計監査入らないしね。きれいに誤魔化すなら、一年分一括前払いのほうがやりやすい」

「お金の心配をしなくていいっていうのは大きいかな。情報のやりとりしてトラブルになるリスクは低くできるし」

 魅力的な条件を前に、わからなくなる。

 自分は何を迷っているんだろう、と。

 吉村からの気遣わしげな視線を感じる。

「……いっちーは、なにか気になることがあるの?」

「……全部」

 壁掛け時計の針がどんどん進んでいく。

「なんでお金なんてくれるんだろうって思うし」

「それは、金払ってでも自分のこと取材されたくないからでしょ?アザミさんレベルになると、そうなるんじゃないの?」

 木田が共感するのも分かる。

 少し調べたら、アザミさんの画像はいくつかネットで確認できた。全て盗撮だ。

 小原さんも注意しているレベルだし、プライバシーを守るのはかなり難しいんだと思う。

「でも……それっていいことなのか?」

「……どういうこと?」

「お金をもらって、その人の意に沿うようにして、それってどうなんだろうって」

 中立であれ。取引をしたら、そんな報道の使命には、きっと相反してしまう。

「……カカオだったら」

 どうしただろう。迷いがないあいつだったら。

「……大岡だったら」

 すがるように顔をあげる。

「多分、この条件飲むよ。すごい顔しながら、納得できねーとか言いながら、取材するために、この取引多分受ける」

「それは」

「広告収入とか、情報提供者みたいに考えて。それか、司法取引とかいうやつ。……今は、市ヶ谷のポリシーに反するかもしれない。けれど!」

 吉村は、いつになく強い口調だった。抑えているけれど、財布を握る責任感として。

「このままだったら、全部だめになる」

 長期的に見てくれている。

 盗み見た木田も、静かにうなずいていた。



「もしもし、アザミさ」

「市ヶ谷?」

 ささやくような返答に、スピーカーにしていた携帯を思わず握ってしまう。

「青柳!?なんでお前が」

「え、私の携帯だし、……かけ間違い?」

 ふっと力が抜けそうになる。

 固まった僕の一歩前に出たのは紅一点だ。

「あおー、久しぶり!元気してる?」

「えっ、きーちゃん!?」

 青柳のテンションが段違いに高くなる。

「元気ならいいんだけど」

「きーちゃんの声聞いたから、今すっごく元気!」

 はつらつとしている彼女の声は、普段よりも数倍明るい。

 このテンションを維持していれば、クラスや部活も大分違うのに。

「ごめん、もっと話したいんだけどさ、アザミさんそのへんにいたら代わってくれないかな?」

「アザミ先輩?……ちょっと待ってね」

 音が遠退いていく。

「ーーアザミです」

 科学室には緊張が舞い降りた。

「青柳には席を外してもらったから、突っ込んだ話もできるよ。……答えを聞かせて」

 息を深く吸い込む。

 大丈夫、一人じゃない。

「報道同好会は、アザミさんの提案を受けます。ですが!」

「ん?」

「それには条件があります」

 笑ったような幻覚が見えた。

「交渉か。なに?」

「1つ。資金は年一回、前払い」

「他は?」

「明らかに報道の意義がある際は、その限りではない、と」

 深い息が聞こえる。

「……例えば?」

「アザミさんが剣道の大会で優勝したとか、そういう事例です」

 誰が見ても取り上げるべき内容を無視したら、それこそ周りから怪しまれる。

 これが僕の妥協できるギリギリのラインだった。

「つまり、隠し撮りとかはしないってことね」

「はい」

「……それならこっちからも、条件追加させてもらおうかな」

 数の上ではこちらが突きつけた条件が多い。

「……なんですか」

 しぶしぶ問うと、アザミさんはぽつりとつぶやいた。

「小原には、伝えるな」

「……え?」

「オレの情報は、小原には伝えないで。もし情報を流すように頼まれても、煙にまいといて」

 はられた予防線が気にはなる。

 けれも詮索はしないと決めた。

「……わかりました。これで交渉成立ですね」

「うん。お金は今度手渡しで。日はーー」

 待ち合わせ場所を決めたときだった。

 アザミさんからの応答がない。

「もしもしー?」

「あ、はーい!」

 電話の持ち主が応答する。

「青柳?アザミさんは?」

「もう連絡することは終わったよーって、伝言で、電話代大丈夫か?って」

 なんて勝手な。

 でも確かにこちらからの発信で、料金はたまってきている。

「あー、やばいな」

「うん、それじゃあきーちゃんによろしく」

 余韻を残して電話は切れた。



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