ナイトナイト2
コール音が8回を超えた。
夜の学校は誰も通らない。
吹奏楽部の夜練習も、8時になったら終わってしまった。
特別棟の3階廊下。
そこで僕は、電話をかけている。
そろそろ留守番電話に切り替わるか。諦めようとしたときに、ふっと音声が途切れた。
「も、もしもし?」
繋がった相手は、なぜかかってくるのか分からない、といったような声音だった。
「もしもしー青柳?今大丈夫?」
冷静に考えると、今向こうは合宿中で、同じ部屋のメンバーがいるはずだ。
だからこそ、メールを送ったって言うのに。
「大丈夫だけど、どうしたの?……まさか、きーちゃんになにか」
「木田はすっげー元気だよ。今吉村と一緒に取材行くくらいには」
「……よかった」
せっかく泊まり込んだ時期が一緒なんだから!と、木田は張り切って取材に行った。それはそれでネタにもなるし、こうやって一人で電話をかけられた。
ーーひっそり感謝する。同時に木田には嫉妬する。
お互いを思いやっているのが、すごくよく分かるから。
「メール返信なかったじゃん?青柳、生きてるかなーって思っただけ」
「……私のこと一体なんだと思ってるの?」
茶化すと拗ねたようになる。茶化さないと、どんな言葉になるかわかったものじゃない。
「……剣道部で一生懸命な友達?目が離せない系な」
廊下に声が反響する。
辛い思いをしていないか。
泣いていないか。
ここでなにかを言うのは、まだ早すぎる気がした。
「……ありがとう。先輩と同室だし、大丈夫だよ」
先輩と、同室。
頭が部活モードにチェンジする。
「それってもしかして、アザミさんか?」
「う、うん」
「まじかー!!」
ガードが固いアザミさんに、こんなにも近づけるチャンスがあったなんて。
さすが同じ部活。
さすが同性。
僕たちだったらひっくり返ってもつかめないシチュエーションだ。
「っしゃあ、青柳、そしたらーー」
はしゃいでいる自分が窓に映り、はたと気づく。
今自分は何を頼もうとしていた?
青柳に、寝顔の写真でも撮ってきてくれ、とでも?
メインで活動している部で、ばれたら居づらくなるようなことを?
いやだって。でも青柳は同好会の一員だ。協力できる範囲で仕事を振るのは間違いじゃない。
「……市ヶ谷?」
小さいながらも綺麗な声に、はっとする。
「……アザミさん、滅茶苦茶人気あるんだから、こんな機会ないよ。よかったな!もっと仲良くなれよ」
「……うん、ありがとう!ーーあ、お疲れ様です」
声が遠退いていく。
アザミさんが部屋に戻ってきたのか。
「ごめん、次の予定もあるからーー」
「おう、引き留めて悪かったな。終わろっか。またなー」
早々に電話を切った。
通話時間が表示される。確かに今自分は、青柳と二人だけで話せていた。
体が冷えていく。携帯をジャージのポケットにしまいこんだ。
剣道部相手に下手なことはできない。なぜなら小原さんと大岡の間で、アザミさんに関する取り決めをしたから。
大岡の転校でうやむやになってしまったけれど、きっと約束は有効だ。
だから、アザミさんのことを頼まなかったのは、正しい。
青柳が不利になるようなことは、避けたい。
その気持ちじゃなくて。
「……っあー……」
二面性が、ばれていなければいい。
そうしたら、嫌われないかな、と。
都合のいいことを考えている。




