サイエンスキッチン
「まさか取材旅行が目と鼻の先なんてさあ」
「遠出したらお金もかかるし、仕方ないんじゃない?」
「そうそう、それに学校のほうがなにかと便利でしょ?」
「そうだよー、学校に泊まり込むなんて学生の特権じゃん」
まわる扇風機。うるさいセミ。代わり映えのしない教室。
「……浪漫がねえじゃん!」
中庭のすずめが一斉に飛び立った。
藤和高校は、絶賛夏休み期間中だ。強豪校として名を馳せるいろいろな部が夏期合宿を行っている。
運動部は主に遠征。
文化部はゆるいところは活動なしで、力を入れているところは学校に泊まりこんでいる。
報道同好会も、OBを巻き込んで合宿と洒落こんでいた。
期間が被った吹奏楽部とは、根城が違うため接触はしない。
「浪漫は学校で生まれるんだよー」
「立木先生、そういうもんすか」
「ロマンスじゃなくてですかー?」
「少なくともこのメンツで生まれはしないと思うわ」
相変わらずばっさりな木田にむっとする。
が、同感だ。
この場にいるのは、立木先生の他は吉村と木田。
「あーあ、あおがいたらなあ」
青柳は剣道部の合宿中だった。
せっかくのチャンスだったのに。
「……とにかく、機材の練習とか、作品作りで合宿してるんだし」
遊びに来たわけじゃない。
そう言い聞かせ、僕はホワイトボードを指差した。
「OBの先輩達が来るまでに、作品のテーマ決めとこう。第一候補が部室棟問題でーー」
きゅっと書かれていく文字列。
散らばった進行表。
機材片手に駆ける校内。
夏の大会が開催される中、僕たちは部への昇格のために日々を積み重ねているところから始まる。
二週間の合宿は、科学部との合同開催だ。
最も科学部は名義貸し。
実際に泊まり込んで作業をするのは報道同好会と、監督役の立木先生のみ。たまに科学部部長がふらりと実験するくらいだ。
同好会といえば大学在籍の先輩達がかわるがわるやってきて、アナウンスや取材方法を叩き込んでもらい、実際にやってみる、我ながら無茶苦茶なスケジュールだった。
「これで宿題やってなかったらげんこつじゃすまないからねー」
立木先生に笑顔で念を押されたことは忘れられない。
こんな詰め込みでは、先輩たちとのロマンスなんてのもあったものじゃない。
それでも、前に進んでいるという実感はあった。
「部室棟の映像作品、藤和市の映像コンクールに出すんだよね」
「そ。それで結果出す。活動実績叩きつけて、来年には部に昇格させてやる」
市役所のホームページから印刷したファイルを見て、一様に難しい顔をする。
部活動でないのと、時期的に大きな大会が夏の開催なこともあって、活動実績は地域のコンクールに照準を合わせないと最短コースを走れない。
しかも新聞社主催だから、いい成績を残したら注目されるかも。立木先生のゴーサインは早かった。
「あー、あとは放送委員会にも協力的にしなさいよー。そのほうが心証よくなるから」
木田の言うことも最ももだ。
ただ科学部での作戦会議兼雑談は、腹の虫の主張で中断された。
「腹へったなあ……」
「そろそろ買い出し行く?」
吉村に賛成しようとしたとき、教室のドアが開く。
「お疲れ」
「あ、姫島さん。お疲れ様です」
スーパーの袋を両手に下げた姫島さんは、怪訝な顔をする。
「二週間の合宿だったら、家庭科室とかで自炊してるの?」
「それが、禁止されてるんすよ。昔吹奏楽部が自炊して集団食中毒になったとかで」
「へえ……」
そういいつつも、姫島さんの持つ袋からはトマトやとうもろこしがのぞいてる。
「姫島先輩、それは?」
「中庭で作った野菜」
科学部はいつのまに家庭菜園を作った。
「ピアノ線とかバーナーは用意できるし、簡単な調理はできると思うんだよね」
おおよそ調理器具じゃない。
「まじでここでやるんすか?」
大量の差し入れは確かにありがたい。ありがたいけども!
「え、楽しそう!やりましょ」
かなりノリノリな木田に。
「トマト切って、とうもろこしは焼いて……あ、マシュマロも!」
「やっぱり、調理器具は欲しいなあ。生徒会室に果物ナイフはあったから取ってくる」
「ちょ」
調理を考え始める吉村。乗っかる木田。
「いやー、一学期はビーカーの紅茶とかバーナーのマシュマロあぶりとか食べたんだし、何を今さら」
しれっという先輩にははらはらする気持ちしかない。
生徒会室へ向かおうとした木田を追いかけ、呼び止める。
「…………木田、お前料理どれくらいできる?」
「ん?人並みくらいだけど」
「……いろいろ頼むわ」
合宿緊急中止は、さすがに避けたい。
「ちょ、トマトがすぱんって!」
「指切ってないっすかー?」
「流血流血!」
「吉村くーん、棚からオキシドールとってきて~、制服の血、染み抜きする」
「トマトは木田に任せますよ!とりあえず包帯とってくるんで、姫島さんは、ピアノ線触らないでもらえますか!?」
姫島さんは、理系分野の成績がトップクラス。風の噂では、市内の理系コースの推薦を蹴ったらしい。
実験は僅かな誤差も許さず、正確無比。実験器具を応用した簡単な調理だってお手のもの。
それなのに。
「なんでピアノ線でちゃんと切断できて、包丁さばきがアレなんですか、逆じゃないですか普通!?」
「それが姫島さんだから仕方ないんじゃない。はい、止血しますよー」
「いや、おかしいでしょ」
初めて見る木田は頭を抱えている。
僕も思った。もう慣れた。
「ありがと、市ヶ谷」
「いえいえ」
「オキシドール取ってきましたー」
「はーい」
姫島さんはオキシドールのビンを受けとると、血が飛び散った制服にばしゃばしゃとかける。
ぶくぶくと泡立ち、それをティッシュで軽くつまんだ。
「ん、これくらい落ちたらいいかな」
「しゃー。じゃあ姫島さんはレモンティー作ってください。俺たちは調理で」
「ちょっと、レモン切るどころかまた指切らない?」
「レモンは実験で切り慣れてるから大丈夫っぽいよ」
「……はあ?」
時計を見ると、一時をまわっている。
もう少ししたら、サイエンスキッチンでできた昼食ができるだろうか。
「姫島さんは実験器具で調理するか、実験に使うような食品だったら大丈夫なんだけど、それ以外が危ないんだよね」
「あの人家庭科室とか破壊してないことにびっくりするんだよな」
「もうそれネタにしたほうが早いんじゃない?」
「はいそれ却下ー」
地獄耳の先輩からは、秒でボツを食らってしまった。




