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0番目のメンバー

 

「木田さんに頼みがある」

「おまえ、あたしに対して前科あるのになに言ってんの」

 電気のついていない科学部部室は薄暗く、どんよりとしていた。

 全開にしている窓が、申し訳程度に風を運んでくる。

 夏場は無意味な破損を防ぐため、実験器具は割れ物をあまり使わないようにしている。

「自分でも都合がよすぎるって分かってる。けどどうしても聞かなきゃいけない」

 レモンの匂いが弾ける。

「なに、許してるかどうかの確認ってわけ?」

「いや、違う」

 さっぱりとした香りに浸るのは、一年生二人には無理だ。

「………………木田が木田になるときに、どうやって溶け込んだ?」

「………………和喜田から木田になったときのことを聞いてんの?」

「そうなる」

 一瞬強い風が吹く。

 木田の髪がなびいた。

「……全部、捨てるんだよ」

 コーヒーフィルターと使い終わった茶葉がゴミ箱に消えていく。

「名前も、キャラも、過去も全部。決別するの。誰も追ってこられないように」

 窓の外は青い。

 どこか遠くで蝉の声。

「……案外おんなじ思いするの、早かったよな」

「……まさかおんなじ思いするとは、私も思ってなかったよ」

 姫島は、二人のそばにレモンティーを置く。

 出禁を解いてくれと頼みにきて、すぐに密会をした後輩たちの話を、聞かないフリをして。

 だけど嫌でも知ってしまう。

 姫島が世話を焼いた後輩の一人は、近いうちに藤和を去る。


「大岡!」

 はっとしたように、呼ばれた方は振り返る。

 素で驚くのも当然だ。

 今は全校集会で、だからこそ大岡はこの時間を狙っていた。

 通知表や必要書類諸々を手に、身軽に消えていこうと画策して。

「勝手に決めて、勝手にやるなよな」

 校門に向かう前の玄関口で、僕はあくまでも軽く、声をかけた。

「あんなもん備品庫に置くやつがいるかよ」

 科学部での写真の裏には、ペンで一言書かれていた。

 大岡の字で、ごめんなさいと。

「……今日で最終、だよね。お別れの言葉くらい言わせてよ」

「はい餞別、みんなからね」

 吉村の残念そうな声を、姫島さんの声で上書きする。

 吉村の背を軽くたたき、吉村はうつむきながら紙袋を大岡に押し付けた。

 瞳が揺れ動いている。

「……俺は」

「未練がましいんだよ。全部捨てる勢いで嫌われる演技したかと思えば、どこかで許されたくて、置き手紙めいた真似してさ」

 容赦ない木田は通常営業だ。

「ほんと、木田は俺に優しくないよな」

「優しくする理由ってあったっけー?」

 それがいつも通りで、もう戻ってこない日常の繰り返しみたいで、懐かしかった。

 大岡の父親が不祥事を起こし、とばっちりを防ぐため大岡薫は学校を休み続けた。そして今日、誰にも何も言わずに転校しようとしている。

 それは今の僕にはどうしようもなくて、受け入れたくなくて。

「連絡先は変えないから、落ち着いたらメールちょうだい」

 連絡先を変え、着信拒否をぬかりなく行った仲間に言う。

 どこかで繋がっていたいんだ。

 唇を噛み締めて、だけど大岡は笑う。

「俺の転校先、どこになるかは分からないけど、全国レベルの放送部があるところに行く。だったら俺たちライバルじゃん?情報は大事だから引退まではしないかな」

「……そっか」

 大岡らしい。

 大岡らしい最もな理由をつけた、強がり。

「青柳が、体に気をつけて、だって」

「ん」

 この場にこれなかったメンバーの伝言を伝えて、肝心なことは何も言えない。

「いやいや、みんな集会さぼってどうなの?そろそろ戻らないとやばくない?」

 おどける大岡は、自分が知っている姿だった。

 ごめんも、気にしていないも、言ってしまったら現実に向き合わないといけない。

 だから僕らは何も言わない。

「市ヶ谷、藤和の報道同好会会長。ゆくゆくは部長だろ?次会うときは全国だな」

 同じ夢を持つ限り。志がある限り。

 きっとまた、会える、と思う。

「ぜったいぎゃふんって言わせてやるよ」

「…………おう」

 大岡は晴れやかに笑って、姫島さんにぺこりと頭を下げて。

 ゆっくりと歩き出した。

「ーーカカオ!」

 今さら照れ臭くて、みんなと同じになるのが嫌で、結局使えなかった名前を呼んだ。

 一人で藤和を後にする大岡はなんてことない足取りで。

 家庭の事情で今日は帰るけど、またな、という風に小さくなっていった。

 決して振り返らなかった。

 振り返られたら、笑顔のさよならが、上書きされてしまう気がして。

 僕たちはしばらく、夏の日差しを浴び続けていた。


 

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