なにかが動き出すのなら
背中が痛くて目が覚める。
冷房もなく、窓を全開にしてもブラインドに阻まれ、来る風もほとんどない。
固い感触はベッドとは程遠かった。
ーー状態のいい椅子を三つ並べて寝かされていたらしい。
節約のため蛍光灯をつけていない室内は、報道同好会の備品庫だった。最も、こんな保健室があってたまるか。
くらくらする頭を振って、首だけ緩慢に動かしてみる。
椅子がぎぎぎと言いながらずるずると動いた。
「いっちー!?」
机に突っ伏していた吉村が跳ね起きる。
扉近くに腕を組んで立っているのは木田だ。
「今、何時?」
「4時まわったところ」
吉村が腕時計を確認してくれる。
「食べられそうだったらそこにゴマ団子あるから。冷めても結構いけるよ?」
学食の人気メニューを持って帰ってきたんだろう。
ビニール袋に入ったそれは、手をつけられた形跡がなかった。
テストは昼で終わって、そのあとは通常通り部活をする。特に運動部は。青柳もひいひいいいながら練習についていっているだろう。だからこの場にいないのは当然だ。
もう一人は、どこを探してもいなかった。
「いっちー、下駄箱での話、全部聞いたよ」
「……」
あれは夢ではなかったんだと思いしる。
悪い夢ならよかったのにと。
「鍵取りにいったら、先に、大岡が、あとからいっちーが出て来て、慌てて追いかけて、それでーー」
「過呼吸になって、あんた倒れたの」
あとを引き取った木田は、炭酸のペットボトルをぷしゅつと開けた。
状況を説明しなくてもいいことが、なによりありがたかった。
「あんたはどうしたいの」
問う木田に、何も答えられない。
中学時代がフラッシュバックする。
「いっちーはがんばり屋で、努力家だよ。いっちーの中学から藤和に来る人って、基本いないよね」
逃げたくて、逃げたくて。
必死の思いで受験勉強をした。
不登校や自殺、フリースクールの特集番組を家で見て、自分もこんなふうな番組を作れたらと。
だから、報道部があって、偏差値も高めの藤和を選んだ。
通っていた中学は札付きで、基本的に藤和に進学するにはかなり厳しい。
「吉村は……」
知っていたんだろうか。
「あんたみたいな事情持ちは、他校に比べて多いんじゃないの?公立の全県学区、風紀の厳しさと取り締まりのきつさは市内でもぶっちぎり。いじめから逃げたり、やり直すんだったらいい環境にはなるんじゃない?」
確かに、木田だってそのクチだ。
確証はなくても、もしやと思っていたのかもしれない。
「事情はよく分からないけど、高校で覚醒したのかな、くらいには思ってた」
吉村が肩をすくめる。
こんっと乾いた音が軽めに響いた。
「あいつはばかだ」
木田は炭酸を飲み干して、吐き捨てる。
そうだろうか。
こころのどこかで考える。
やる気がなければこの量のバックナンバーは見れない。
僕のことをバカにするんだったらもっと早くからできたはず。
「ーー木田、もしかして、何か知ってる?」
唇を真一文字に引き結んで、木田は新しいペットボトルを押し付ける。
「市ヶ谷、今日は帰って寝なよ。吉村、悪いけどあとよろしく」
木田はしゅっと帰っていく
「木田さんって、やっぱしっかりしてるよね。ごはん買ってきてくれたり、様子見るの代わってくれたりね」
「さすが、一年で生徒会入るだけはあるよな」
痛む背中にムチをうって体を起こし、伸びをした。無理やり渡されたスポーツドリンクを少しずつ飲み、体の感触を確かめる。
「……大丈夫?歩ける?」
吉村に返事をしようとしたときだった。
当時の時間を閉じ込めたものたちのなかに、比較的新しい物体が紛れている。
いつかみた、大岡のヘッドフォン。それが視界に入った。
バックナンバーのボックスに放り込まれたそれに吸い寄せられるように、よろけながらも立ち上がって、拾い上げる。
壊れているようには見えない。
そして、一緒に置かれたような、現像されている写真。比較的最近のものだ。
「市ヶ谷ーー!」
僕は備品庫を飛び出して、まっすぐ生徒会室に走った。
「木田、さん!」
ノックもせずに生徒会室の扉を開け放つ。
幸いにも、生徒会室には居残り仕事をしている木田しかいなかった。
「ノックは必ず。返事があってからあける。これ鉄則だと思うけど」
ブラインドタッチをやめて、木田は首だけこちらに向ける。
「木田、なんか隠してることあるだろ」
木田は答えない。
「大岡のことで!」
ちゃんとこちらを見ていたはずなのに。聞こえていないフリをした。顔を戻し、無言でブラインドタッチを再開する。
「木田、頼むよ、知ってることがあるなら教えてくれ……」
座り込んだところに、影が落ちる。
「知らない方がいいことも、知ってほしくないことも、世の中にはあると思うんだけど、それでもあんたは知りたいって言うの。知る必要があるって言うの」
こちらを見下ろす木田の言葉は重い。
知られたくないことを抱えて生きていく人間の、秘密を暴くことは許されるのか。
「知らないと、一生後悔する。俺は、大岡があんなことをした理由が知りたい」
「知りたがりやとなにが違うの。あんたがただ知りたいだけじゃん」
そうかもしれない。でも、考えても、なにかあるとしか思えないようなことをされてしまったら。
「……これ」
科学部でマシュマロを焼いたときの写真を木田に見せる。
「このときの仲の良さを取り戻したいって?」
「……裏、見て」
木田が裏返すと、手書きで薄く言葉が入れられていた。
「…………なにこれ」
「備品庫に大岡の私物と一緒にあった」
忘れたのではなく、置いていったのだと思う。
「……ほんと、バカだよ」
木田は僕に手を差し出した。




