散らばったピース
テストが終わり、みんなが笑顔でおしゃべりをする。人の輪の中にいて、輪の外でも同じように解放感溢れる時間が流れる。
この時間は藤和にきてから楽しいと知った。
帰りのショートが終わってしまえば、久しぶりの部活。唯一テストの片鱗を見せるのは、日直が課題を職員室に持っていくことだけだ。
「青柳、数学のワークは俺持っていくから、日誌、先生の机の上に出しといて」
今日は僕と青柳が日直に当たっていた。テスト日はやることが少なくていい。黒板消しと日誌と課題の提出とりまとめ。号令も少なくて済む。
ただ、日誌を書くことを忘れていた。ただでさえ時間をとられているのに、青柳が部活に遅れるのはよくない。
「そんな、ワーク半分持つよ」
今回数学の提出物はワーク2冊だった。一人で持つには二往復はかたい。ましてや職員室は一階で一年生の教室は四階だ。
面倒だけどぶちまけるのは嫌だし。
いいかっこができない自分を少しだけ呪う。
「……わかった、じゃあ、お願いします」
「はーい」
「でも青柳荷物多いから、 1/4な」
青柳が持とうとしたワークから、半分程度をかっさらう。
全てのテストが終わると、部活は解禁になる。青柳も他の運動部と同じように、ボストンバッグの他、部活指定のスポーツバッグをかけていた。
「ちょっとー!」
「はい、いこーいこー」
背中に背負ったほぼ空っぽの鞄。ずっしりとした腕の重み。悟られないように、あくまでも軽やかに教室を出た。
「はい、ごくろうさま」
提出を終えると、足早に職員室を出るよう促される。
採点中のようで、赤いサインペンを走らせる音があちこちで聞こえる。
そりゃ、他人の点数を見て横流しされたら大問題。警戒されるのは当然だ。
「じゃ、部室の鍵だけ確認してから退散しまーす」
にっこり笑ったあと青柳と目配せし、お互い目当ての先生のところへ向かう。
職員室の中程、立木先生のところには、すでに大岡が立っていた。
「……本当に、いいんだね?」
いつもと違って唇を引き結んだ先生は、なにか真面目な話をしているようだ。
「はい」
大岡の表情は見えない。
「……市ヶ谷、鍵?」
笑みを作った立木先生につられ、大岡が勢いよく振り返る。
「………………」
はっとして、でも何事もなかったような顔をして。
何も言わず、横をすり抜けていった。
「はい、備品庫の鍵ね」
手渡された鍵を受け取り、閉められたばかりの扉を見やる。
「大岡、しばらく休むってさ」
「えっ!?なんで」
「詳しい理由は知らないよ。ともかくそういうことだから」
明朗な先生の歯切れが悪い。
きっと食い下がってもなにも得られない。
だから職員室を飛び出して、すぐに下駄箱へ向かった。
廊下は誰もいない。
みんな帰るか部活に行ったんだろう。
「ーー待ってって!」
脇目も降らずに一人で帰ろうとする大岡の肩に触れる。
なんの連絡もなく帰るなんておかしい。今日は仕切り直しの活動日のはずだ。
「うるせえな」
誰に言われたか、脳が受け付けなかった。
手加減なく振り払われ、尻餅をついてしまった。
「高校デビューした偽物が気安く話しかけんなよ」
頭上から浴びせられた言葉に身体が冷える。
「お前らとやっていくなんか、無理なんだよ。根暗なお前に、ふわふわしてるやつに、ろくに活動にこない口だけ達者な留年女と、ああ、存在感ないやつもいたっけ」
吉村、木田、そして青柳。
自分のことは、いい。
それは事実だから。
けれど他の人のことを言われるのは嫌だ。
特に青柳のことは。
「おまえ……!」
「なに一人で熱くなっちゃってんの。頭大丈夫?」
放課後ファーストフードで語り合ったこと。将来の夢。科学部に入り浸っていた頃の編集会議。
それらの大岡と今の姿が噛み合わない。
こんな、他者を小馬鹿にするような人間なんて。
「やり直すんじゃなかったのなよ」
「何をだよ」
醒めた瞳に動けなくなる。
「あれだけ、命かけてたのは、なんだったんだよ…………」
「遊びだよ、一時の暇潰し」
そんな理由で、バックナンバーを整理できるものなのか。
「みんなで、部活にして、大会に出てーー」
「お前の本質が変わってないみたいに、頑張れば何か変わるとでも本気で思ってるわけ」
苦しい。息がうまくできない
なにが変わった?同好会の発足。文化祭。
確かに事実としてあるのに、言葉にするエネルギーが足りない。
「………………いつまでもそうして馴れ合っとけよ」
足音が遠ざかる。
下駄箱はひんやりとする。
運動部の掛け声。遠く。
うまく息が吸えない。
聞こえるのは自分の声だけ。
「いっちー!」
泣きそうになったときに聞こえたのはメンバーの声。
ばらばらになりそうで、なんとかしないといけなくて。
でも、答えを知るのが怖い。




