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けじめ

 それだけで答えになったのだろう。

「失礼します」

 青柳は部屋へ入ると、まっすぐに大岡のもとへ詰め寄った。

「大岡くん、木田さんに何かした?」

 抑えながらも問う声は、やけに響いた。意思の強い目は、普段の青柳からは想像できないほどの迫力だった。

 たたえているのは怒り、だ。

 すがるように見ても、姫島さんは悠々とアイスティーを淹れている。関知する気はないらしい。

「……どうなの。木田のやつ、生徒会はあるけどさ。たまには顔出してくれてたのに全然来ないし」

 助け船を出すと、大岡はため息をつく。

「……お客さん、追加」

 姫島さんの言葉に全員が入り口に注目する。こんなときに誰だと思った。

開きっぱなしのそこにいたのは木田だった。役者が揃う。遠目でも分かった。顔色が悪く、いつもの力強さがない。

「きーちゃん……!」

 木田は力なく、だがはっきりと青柳を制する。

「……お邪魔します」

 誰もが動けないでいるなか、木田は歩を進め大岡と向かいあう。

 言葉はいらない。木田は思い切りぶん殴った。

 揺れるスカート、叩きつけられる大岡、波打つカップの中の紅茶。

「……最低」

 見下ろす木田の瞳はどこまでも冷たい。

「技かけられなくてラッキーだったかな、和喜田さん」

「あ?」

 顔を赤く腫れさせ床に寝ながら、大岡は軽口を叩いた。

 低い声はそれだけで人の寿命を削りそうだ。

「……和喜田さん……和喜田希和……あっ!」

 吉村が小さく声をあげる。

「柔道の大会で、3年連続全国一位になった人、だけど」

 興味なさげに説明をする木田は、大岡だけを見下ろしている。

「家庭の事情で夜逃げ同然に引っ越して、柔道も辞めて、そのごたごたで高校入るの一年遅れた。それが、おまえがばらすとちらつかせた、あたしの過去だよ」

 秘密を秘密でなくす木田の拳は固く握られている。

 こんなこと、言いたくはなかったはずだ。藤和には柔道部がない。わざわざ選んで入った理由なんて自明の理。

「木田さん、ごめんなさい……!」

 傷つけた。傷跡をえぐった。かさぶたになっていたであろうところを、まざまざと。頭を下げても下げたりない。

「木田でいいって、市ヶ谷。いきなり年上扱いは嫌すぎる」

 だから誰にも言っていなかったのに。

 そう嘯く木田に、衝撃から抜け出せないでいる青柳。

 報道とは、なんだろう。

 自分達のやりたかったことはなんだろう。

「報道がプライバシーを暴いて書き立てることなら、私は嫌いだ」

 きっと、自由気まま、自分勝手に書きたいことだけ書けばいいわけじゃない。

 能面のような木田は、まっすぐに拳を振り下ろす。

 素人目でも、受けたら病院送りになりそうな威力だとわかる。

 さすがの大岡も目をつぶっていた。

「きーちゃん!」

「ーー大岡薫。いつか同じ目に合わないと、わからないんだろうね」

 拳は寸止めされた。

 大岡は素直に驚いたようだった。

「今年の分に限っては、どこからも突っ込みが入らないと思うけど、次あんなことやったら同好会解散どころかみんな停学喰らうと思う」

「………………木田さん」

 共犯者になるしかなかった。

 木田の選択肢なんて、なかったようなもの。

 見逃した木田だって、同好会に籍を置いている以上火の粉はかかる。

「きーちゃん!」

 ためらわずに駆け寄ったのは青柳だった。

「気づけなくて、ごめんなさい……」

 ぼろぼろと涙を流して、この部屋で一番人を思いやっている。

 木田は虚をつかれたように、大事なものに触れるように青柳の手を握った。

「……」

 何も言えるわけがない。

 どうしたら許してくれるとか、大岡を責めて自分が積極的に反対しなかったこととに見て見ぬふりをしてしまうとか。

 自己保身に走りすぎてしまう気がして。

「……木田さんは、どうしたい?」

 首だけ振り返り、姫島さんが唐突に問う。

「おまえら自主的に解散しろくらい言ってもばちは当たらないと思うよ。それくらいのことを彼らはしたし、まがりなりにも同じ報道同好会メンバーの、木田さんの触れられたくないことをネタにしたわけだから」

 姫島さんの言うことは正しい。

 甘んじて受け入れるべきだとは思う。

「……いや、いいです」

 青柳の背中をさすり、木田はつぶやいた。

「あたしは夢を諦める形になりました。だから、おんなじような思いはしてほしくない」

 噛んだ唇から血が流れた。

 鉄の味が口に広がる。

「あたしはそこで寝てるやつは大っ嫌いです。でも、だからこそ同好会を潰すのは違うと思う」

 起き上がった大岡に、木田は目潰しの寸どめを行う。

「脅しとかはやめて活動して。もう二度とあんな展示はしないで。それが約束。あたしなりの条件」

「情報とか写真のやり取りは制限しないんだね」

「同好会の予算的な面の苦しさは、生徒会から見てもわかっているつもりです。ないなら稼ぐしかない。不幸な人を作らないなら、情報や写真のやり取りで多少の活動費を得るのは妥当だと私個人は判断します」

「なるほど。……だそうだよ?どうするの、そこのトリオ」

 顔を見合せたらダメだと思った。

 僕はきっと流されてしまう。

「俺は、報道同好会を続けたい。集めた情報を悪用せずに、調べて、書いて、誰かの役に、なにかの役に立ちたい」

「……僕からも。秘密は厳守。睨まれないように商品と価格を設定して、活動を起動にのせたい」

 木田は無言で大岡に水を向ける。

「……報道同好会、続けさせてください。俺は、俺たちは、夢を諦めたくない」

 木田はくるりと背を向けた。

 姫島さんが紅茶をすすめ、木田は一息に飲む。

「……引退までに、部活にして全国に出て。そうやって叶えたら、あたしは無駄じゃなかったって納得できる」

「……絶対に」

 重い約束の言葉は、なぜだかするりと発声できた。

「……いいよな?」

 吉村も、大岡も黙ってうなずく。

「……生徒会落ち着いたらまた顔出すわ。お先に」

 木田はしっかりとした足取りで部屋を出ていった。

「お邪魔しました」

 青柳もそれを追いかけた。

気配が遠ざかり、姫島さんは二人分の紅茶を片付ける。

「……救急箱そこにあるから、冷やして湿布がおすすめだよ」

 吉村が取りに行き、大岡はそれを受ける。

「手当てしてるとこ悪いんだけど、僕からも言いたいことがあるから言うね」

 いつもより静かな雰囲気の姫島さんは、もう決心をしたのだと思う。

「今日限りで、ここ出禁ね」

 茶封筒を差し出され、翻意はないと理解した。

「……わかりました」

 大岡はうなだれる。

 封筒の中は、いつかの日にバーナーを使ってあぶったマシュマロ会の日のスナップだった。




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