祭りの後始末2
「……ちょっと出てくる」
「え、いっちー!?」
返事も待たずに部屋を飛び出した。
こんな時に突っ込みそうな大岡が、体力的に沈んでいて本当に良かった。
うまく説明できない。でも予感はある。廊下をダッシュし、階段をかけ降りる。
目的地へ向かったそのとき。
「ねえ」
低い声で呼び止められる。
「俺になんか用?」
寒気がする。
暗がりの階段下。剣道部二年、小原さんの姿があった。
袴の上に長袖のジャージを着ている様は、どことなく影を感じる。
「……ちょうどいいところに。お話したいことがあって」
「偶然。でもそっちからどうぞ」
圧迫感にのまれそうになりながらも、跳ね返そうと口を開いた。
「……報道同好会のパソコンにウイルスを仕込んだのは、小原さんですか?」
「どういう意味で言ってる?」
「そのままの意味で。ーー昨日、同好会のパソコンが機能不全になりました。幸いデータも復旧して、なんとかなったんですけど。でも、アザミさんの写真データだけ無くなっていたんです」
「へえ」
「アザミさんの写真は、そこそこ評判でした。それがなぜか、一日目でぷっつり問い合わせも購入もなくなる。一番最後に買った、小原さんのあと全く」
「ふうん?すごいいいがかりに聞こえるけどな。で、俺がいかがわしい写真バザーに行ったって?」
「はい。青柳と一緒に、一日目の午後、展示に来てましたよね。当番のメンバーが見てました」
「そんな怪しげなとこに?俺じゃないって言ったら?」
「小原さん以外にはありえない。青柳は、一日目は午前は友達と、午後に小原さん達とまわるまでは俺といたんで。そのあとは時間まで過ごして、クラスに戻ってきた。あれだけレベル高いアザミさんなら、展示に来たら一発でわかります。それに、青柳に聞いてみてもいい。うちの展示に誰かと来たかって。小原さんは、写真データの入ったパソコンを見ているときにデータを消して、ウイルスを入れた。違いますか?」
「で?」
そう返されるとは思わなかった。
迫力に身がすくむ。
「おまえらは、俺の仲間に何してくれてんの。隠し撮りした写真を売って、データ消えたら人疑って?おまえらだったらなにしてもいいの?」
「それは違います。でも、小原さんだって、なにをしたっていいわけじゃない」
「あ?」
誰も間違っていない。誰が正しいわけでもない。
「……俺がおかしいと思ったのは、姫島さんがこの件に何も言わなかったことです。姫島さんレベルなら、パソコン不調の原因くらい分かるでしょう。だから、仲のいい小原さんがからんでいると確信したんです」
「ーーさすがだね、市ヶ谷くん」
階段から降りてきたのは、姫島さんだ。眼鏡を押し上げて、無表情。決して愛想はいいほうではなかった。けれど面倒見の良かった先輩が、このときばかりは近寄りがたかった。
「市ヶ谷くんの言うとおりだよ。アザミさんのデータ消したのはこいつね」
「おま」
「もうやめようよ、不毛な言い合いは時間の無駄だよ」
初めて小原さんの表情が崩れる。
「僕はこれでも怒ってるんだよ。小原、なにウイルスぶちこんでるの。復旧にどれだけ手間かかったか分かってる?」
「いや、あの」
「ちょっとそこの吉村くん、大岡くんも隠れてないで出てきて。いっぺんに説明するから。二人とも、最初のほうから聞いてたよね」
階上で様子をうかがっていたらしい二人も、観念して出てきた。
シャツが暑い。緊張で気配に気づかなかったらしい。
「……つまり小原は、市ヶ谷くんの言うとおり写真を買おうとして、閲覧用データが入ったパソコンを触っていた。報道同好会はメンバー不足で、表の展示と裏の販売、どっちも目を光らせないといけない。まさかのワンオペも大分あったみたいだしね。そこが小原にとっては幸運だった」
ふたりでやるのだって無理があった。裏のほうに目を配り、表のほうもOBや先生がきたら対応する。一人だったら死角は選べるほど出るだろう。
「少し注意が離れたときに、データを消して、あらかじめウイルスを入れていたUSBメモリをさして撤収。データ盗難防止策、僕も一緒にやったんだよ?デスクトップ型で閲覧してもらって、メディアを突っ込める端子があるところは運営ゾーンに置いといたんだよ。でもそこまで侵入するとは思わなかった。見つからなくてよかったね、小原。おかげでデスクトップ型1台スクラップだよ」
「さすが幸佑。できるやつは違うよな」
「躊躇なくウイルス攻撃するとち狂った人に言われたくないね」
そう、USBメモリやSDの使い方によっては、今頃学校中のパソコンがダウンしていてもおかしくない。
「あのー……どうしてアザミさんのデータだけ消したんですか?報道同好会に嫌がらせするだけなら、データ全消しとか、即効性のあるやり方がありますよね?」
大岡を白眼視したのはもちろん小原さんだ。
「ああ。小原の動機は嫌がらせじゃないから」
小原さんに反応していたら、きっと話が進まない。
合理主義者らしい姫島さんは、さくさくと進めていく。
「じゃあそれは」
「アザミだよ」
ひとつ上の先輩は即答した。
「小原はアザミさんの保護者みたいなものだからね。あれだけ見た目が良すぎるといろいろあるみたいでさ。盗撮とか、ストーカーとかは小原が裏でなんとかしてるわけ」
だから止めたのか。
写真の販売計画を話していたときに、やめたほうがいいと。
「もしかして、姫島さんも?」
「こいつ俺よりえぐいぞ。もとはといえば俺の持ってるウイルスだって幸佑が作ったものーー」
鈍い音がする。
眼鏡が袴の方にアタックしたらしい。
「小原は多分、報道同好会に、潰されたくなかったらアザミさんに関わるなって言いたかったんだと思うよ。ウイルスまいたのは、未公開の写真データがあると疑ったんだと思われる」
「……ウイルス作成って、かなり危ないですよね?停学とかに なりません?」
「うん、知ってる。あと、小原はアザミさんの事だったら僕が停学喰らおうが気にしないんじゃないかな」
だめだ。もうこの二人はぶっ飛んでいる。
一人は誰かのために。もう一人は知的好奇心のために。
「おまえ、長年の付き合いをなんだと思って」
「え。本当のことじゃん」
「じゃあ」
大岡が仕切り直しとばかりにはりのある声を出す。
「俺らはアザミさん関係で、全面的に協力します。情報提供で。かわりに、文化祭の件は不問で」
「そんなことーー」
「いいんじゃない?僕も停学とか、喰らわないに越したことはないし。小原も実行犯なんだから悪くない取引だと思うけど」
姫島さんがまさかのノリノリだ。
ここ、何をする活動なんだっけ。
一瞬めまいがした。




