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和解2

そろそろと、科学部部室となっている部屋を出る。

「忘れ物はない?」

姫島さんの声にこくりとうなずくと、返答がわりに閉められた扉ががらがらと音を響かせた。

ぺたぺたと普通音量の足音を立てて、昇降口へと向かう。

「木田、はどこで待ち合わせてるの?」

「下駄箱前。あおはいつも鍵当番だから、最後に出てくる」

「そっか、さんきゅ」

なら、ギャラリーは最低限になるはずだ。謝りやすい、かもしれない。

いつも鍵当番、という言葉がひっかかる。一年生が雑用の一環として鍵当番担当なのはまあわかる。

いつもやっているっていうのは。

「姫島さん、こんな時間まで、本当にありがとうございます」

「いや、こっちも久しぶりに、剣道部の友達と帰れるからさ」

思考は二人の会話に気をとられ、一時中断した。考えないようにしたかったのかもしれない。

正直、姫島さんの交遊関係に運動部の人がいることが意外だ。なんとなく、勉強優先の帰宅部かまじめな文化部の人とつるんでいる姿がしっくりくる。

まあ、先入観なのかもしれないけど。

階段を降りると、一階にたどり着く。

姫島さんの剣道部の友達についてふくらませようとしたとき、人影が2つ、目に飛び込んできた。

「お、友達きた?」

そう親しげに青柳に話しているのは、一緒に待っていた剣道部員、だろう。

「案外早く終わったんだね、小原」

「そうだな、ちょっとだけ」

青柳と話していたのは男だった。これが姫島さんの友達か。一瞬彼女のことを友達とぼかしたのかもしれないと思った考えが消えていく。ほっとしたとともに、背中を軽く押された。

姫島さんだ。

「ごめん、待たせちゃったね、あお」

年相応の女子の声で、木田は青柳に近づく。青柳は一瞬和らいだ表情を見せたものの、まだ警戒を解いていない。

「なんかさ、あいつが話あるんだって」

木田からもだめ押しだ。

市ヶ谷晴希、もう逃げられないぞ。

「っていうか、今日はアザミさんいないの?」

「あー、早退した」

後方でなにごともないようなやりとりが続いている。もう一度、背中の感触を思い出す。意を決して、1歩踏み出した。

「青柳、さん」

深呼吸して声をかけると、彼女はびくりとして、視線を足元に落としていた。

「……このまえは、ごめん」

深く深く、頭を下げた。顔をあげない青柳に見えるように。

「あ、あの」

「俺は、自分の考えを押し付けるばっかりで、ばかにしないでって言われるまで気づかなくて、本当にごめん、謝るの、遅くなって、ごめん」

つっかえながらも一気に言い切る。後悔なんてしないように。

「お、お願いだから、顔、あげて……」

恐る恐る顔をあげると、困っている彼女の表情が真っ先に視界に入ってきた。

違う、困らせたいわけじゃない。

「私のほうこそ、きついこと言っちゃって、ごめんなさい、市ヶ谷くんは、悪く、ないし」

「いやいや、そんなことないって」

「そーそー、今は素直に聞いといた方がいいよ、あお」

横目で茶々を入れる木田に合図を送ると、その場は少しだけしんとした。

やや離れたところで先輩たちが雑談を続けている。

「……部活、楽しい?」

真っ正面から切り込むと、青柳は参ったなあという雰囲気をまとった。

「そこまで、楽しくはないかな」

木田の表情も険しくなる。空気が張りつつある。

「でも、楽しくできるように、剣道がうまくなりたい。先輩みたいに」

言葉を探すように時おり途切れた。ただ、小さい声ながらも、青柳の言葉には迷いがなかった。足りないのはきっと自信だけ。

「できるよ、青柳なら」

ふっ、ときょとんとしたあとは、自分に言われたのだと気づいたようだった。

「ありがとう」

こんなふうに笑えるんだ。それが印象に残った。

「市ヶ谷くんも、報道部の設立、頑張ってね」

こくこくこくと、頷いた。

「っしゃー、じゃあ遅くなるし帰るか!」

小原さんが音頭をとり、わらわらと靴を履き替えにいく。

「私、自転車とってきます」

青柳と木田が足早に一年生の駐輪場、一番奥、に向かい、ぽつんと待っていると、剣道部の人が話しかけてきた。

「青柳と仲直りできた?」

「あ、はい」

なんで知ってるんだろう、と思いながらも、相手は先輩だ。返事をする。

「なんか、大人しいじゃん。辞めたくても辞められないのかな、とか思ったり。しんどいのかなーって感じたり。そんなときに、相談受けて、辞めたら?って人から言われたけど、私は辞めたくない、部にいられるように強くなりたいって」

青柳らしい、真面目な相談だな、と思った。

辞めたら、というのは、俺の言葉だろう。

「ただ、青柳言ってたよ。クラスメイトから部活楽しいか聞かれて、楽しくなさそうにしてる自分に気づいたって。やっぱり剣道やりたいってわかったって。ええとーー」

「市ヶ谷、です」

「うん、市ヶ谷が青柳のことよくみてて、だからこそ響いたんじゃないかな」

先輩らしい先輩、小原さんは、暗くなっていく空の下、真顔になる。

「ありがとう」

風が吹いた。自転車が二台近づいてくる。

「これ、青柳には内緒な」

にぱっと切り替わった顔に、天性のコミニュケーション能力を感じ取った。

なんとなく、キャプテンに必要そうな、人をよく見ている、そんなことが自然にできるタイプだと直感した。この人が新しくキャプテンになれば、青柳をとりまく環境もきっと変わる。

「青柳ー、また部活でな!」

声を張り上げて小原さんは後輩に呼び掛ける。

「お疲れ様、僕たちはこれで。3人とも、気を付けて帰ってね!」

姫島さんは俺にそう告げて、後半は、小原さんに負けるけれど精一杯の声で別れの挨拶をした。

「ありがとうございます」

「ありがとうございました!」

腹から出す木田の声に驚いた。

それよりも。

「お、お疲れ様です!」

青柳の精一杯だした、その声が、ただの挨拶以上の感情がこもっているような気がした。

先輩みたいになりたい、と言っていた。

それはもしかしたらさっきの人の。

だとしたら、アコガレ?

それとも。

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