和解
ビーカーに入った紅茶を置く音がした。
「…………じゃあ、市ヶ谷くんは青柳さんのためを思って、剣道部を辞めて報道部に入らない?っていったんだ」
「そうです」
仲裁役となった先輩の穏やかな声に、こちらも落ち着いて返事をする。年上の人が間に入っているので、友達思いの同級生、木田は不服そうな顔をしつつも何も言わない。
1年生組には紙コップに入った紅茶を出されていた。最も、中身はかわりなく飾りにしている。部屋の仕切り主だけはビーカーにティーパックを突っ込んで作った紅茶の残りを時折飲んでいた。
まあ、報道部復活のための人員が欲しいことも少しは入っていたけれど、少しだ。怖い人が約一名いる状態でそんなこと言えるわけがない。
「あおのためっていうけど自分勝手じゃない」
そらきた。青柳に過剰なほど過保護な木田が的確に正論で攻めてくる。
「まあまあ、木田さん」
今の状況、科学部の先輩、姫島さんがいてくれたからなんとかなっているようなものだ。
これで木田と一対一とか泣いてしまう。むり!
「一応これで誤解はとけた感じかな ?」
「そうですね、ひとまず、どうして泣いていたのかの理由はわかりましたし 」
「そっか、よかっ」
「よくないし。あんたあおに謝りなさいよ」
「……………」
なんかいらいらする。いつになったら許してくれるのかと。こんなんじゃ際限がない。
「俺は青柳にダメなこと言ったかもしれないけど、木田さんに対して言ったんじゃないし、友達だからってそこまで俺に突っかかってきても困るし謝る気なくすし」
「やっぱあんた反省してないじゃない」
ぼっ、という音がした。
先輩がガスバーナーの火をつけたのだ。フラスコに入った水があたためられていく。火が強い。
「二人とも!」
先輩が作り出した火は、先輩の手によって小さくされた。コントロールされた火の勢いは、1つ年上の人の感情表現かもしれない。
「木田さんが友達思いなのはわかった。それは悪いことじゃない。ただ、度が過ぎるとその友達にも悪いほうでの影響が出るよ」
「……」
「木田さんは木田さんの、市ヶ谷くんには市ヶ谷くんの信じることがあるんだと思う。それは受け入れなきゃだめだよ?市ヶ谷くんは、自分が正しいと思って行動した、その行動力、僕は好き。だけど、市ヶ谷くん、人を傷つけた事実は直視しないといけない」
「…………………」
わかってる。わかってるけど。
どうしたらいいのか、わからない。
「僕、剣道部に友達いるからさ、青柳さんっぽい人のこと少しは聞いてるよ。そんなに剣道うまいほうじゃないけど、頑張りやさんって」
「………」
「ただ、いろいろあるみたいだね。そいつは学年が違うからうかつに手出しできないって悩んでたけど、手出ししたらってアドバイスするよ」
「ありがとうございます!」
木田が頭を下げている。
「しんどくても頑張る子みたいだけど、支えてくれる友達が二人もいて安心だね」
にっこりとした先輩に、悪意はない。
言われたからじゃ、ない。傷つけたことに向き合うなら。このままでいいはずはない。
「……木田さん」
「なに」
「青柳の番号教えて」
仏頂面になる。
なんであんたなんかに教えなきゃいけないんだ、という罵声が返ってくるかと思っていた。
「……謝るなら直接言えば」
「………え?」
「今日はあおと一緒に帰る約束してるから、そのとき会えば」
今度こそ、態度が軟化した。つんけんしているけれど、全力での拒否じゃない。
「わかった。…………ありがとう」
「あと、木田でいい、さん付けはいらない」
「ん」
こっちはなんとか、マイナス印象を挽回できたかもしれない。
これで心置きなく青柳と向き合える。
「え、二人とも剣道部待つの?部活入ってない人は早く帰らないと先生に捕まるとうるさいよ?」
マジでやるの?というニュアンスの声にうえ、となった。
藤和は風紀と生徒指導が厳しい。部活や委員会等以外では、一般生徒は五時に帰らなければいけない。見つかったら生徒指導で先生数人にお説教されることになる。
ただし木田はどこ吹く風だ。
「剣道部は大体6時越えますよね、どっか隠れようかなと思ってたんですけど」
「一年のこんな時期から変に目をつけられるようなことしなくても」
「トイレとか空き教室とか」
「トイレの電源はセンサー式だから、暗くなると明かりがついて目立つよ、厳しいね、あと空き教室は見回りのこともあるからやっぱりおすすめはできないな…」
なんとか軌道修正しようとする先輩と猪突猛進の後輩の図。
青柳のこととなったらまわりみえてない。
木田の印象はこれで決まりだ。なんで大岡はこいつを勧誘しようとしたんだろう。
唸る音は、観念したような姫島さんが発していた。
「………じゃあ、剣道部終わるまで、ここで待ってたらいいよ」
「え、いいんですか!」
「うん、たまには誰かといるのも悪くないからね」
いいのか、それでいいのか?
だめだ、木田は青柳がからむと役に立たないこのやろう。
ここで突っ込みにまわるのは自分しかいない。
「………姫島さん、迷惑かけたりは」
「大丈夫。誰か来たら見学に来てる子って説明するから。適当に課題するなり二人で話すなりしてて」
もう穏やかに微笑んでいて、まるで兄のようだと思った。
「課題やります」
こんな言葉が近くから飛び込んでこなければ余韻に浸れたというのに。それよりも、俺と話したくないってことか上等だ。
「姫島さん、お話しましょう!」
「え、まあ、いいけど」
「やった!じゃあ報道部についてのお話を…………!」
「わかった、じゃあ聞き役に徹しようかな」
「やりい!」
「ちょっと市ヶ谷、声大きい!」
「うっせえよ木田!」
部屋の壁掛け時計は規則正しく針を動かしている。どことなく、早く時間が過ぎているような気がした。




