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「ばかにしないで」のあと

青柳の席に訪問者がやってきた。誰かと思えば前に英語の教科書を借りにきていた、きつそうな女子だった。真っ直ぐに隣の席に歩いてきて、青柳とは笑顔で話はしている。隣の席の女子に注がれているまなざしはとても優しいものだ。ただ、漏れている殺気が気になる。殺されそうな敵意は明らかにこっちに向かってきているのだ。マンガの1コマにするならどす黒いオーラがあふれているだろう。

ぶっちゃけ理不尽だ。なんかのとばっちりか。俺はこの女子になにもしていない。こんな仕打ちをされる理由はない。

「あお、またね!」

「ばいばい、きーちゃん」

特大のにらみをこちらに寄越して、人の体力をごりごり削っていった張本人は去っていった。

――手紙折り。女子によると、A4のプリントをはがき小の形に折って、手紙のやり取りを行うらしい。【きーちゃん】はそれを、去り際に青柳へと渡していた。

そういうの、中学生までかなと思っていた。なんの話かは知らないけれど、共有したい事柄が尽きないっていうことだろう。

青柳は何度か手紙を見て、それをこちらに寄越した。

なんのつもりだろう。

「きーちゃん………さっきの子から、市ケ谷くんに」

ぼそぼそとした声。は、と思った。

接点なんてない。

「いやいやいや」

「でも、書いてるから」

確かに。宛先は市ケ谷、と書いている。こんな冗談をするキャラでもないのだし。

「……わかった」

渋々受けとって中を開いてみる。

『放課後に特別棟の二階に来て』

そっけない一文だった。

ないないないないないない。

呼び出されての告白とか、そんな甘酸っぱい雰囲気なんかじゃなかった。

なに俺。カツアゲでもされるのか。

いやはやいやはや。怖い怖い。逃げたら逃げたであとが怖そう。あの殺気は本物だ。

仕方なく、放課後は呼び出しに応じることにした。ブッチしたら明日の朝はえらいことになりそうな予感がするからだ。不可抗力。気が重くて仕方がない。


「どうも」

「……」

指定された場所には、【きーちゃん】がだるそうに待っていた。剣呑そうな見てくれからは、入学してきた初々しさは感じられない。キャピキャピでもおどおどでもなく、ただそこにある。どことなくすれている感じはした。

返事はないけれど、めげずにコミュニケーションをとることにする。

「で、きーちゃん」

「あんたにそんな呼び方されたくない」

ばっさり斬って捨てられて、さすがにむっときた。

「……あーごめん、名前わからなかったからさ」

「………木田希和きだきわ

だから「きーちゃん」か。名前になんとなくひっかかりを覚えながらも、先をうながした。

「市ヶ谷晴季、あんたあおになにしたの?」

どすのきいた低い声は、相手が本気だと十分すぎるくらい伝わった。

「俺は」

「泣いててなんなにも言ってくれない。昼休みちょっと用事があるっていって、そのあと泣いてさ。市ヶ谷と会ってたんだから、あんたなにかしたんでしょ」

「俺はただ……!」

がしゃんという音がした。

いくつかの物体を軒並み落としたようだ。

「……なんだ?」

好奇心。少しだけ、その場から離れたい気持ち。

騒がしい音がしたほうに向かった。

「ちょっと、話はまだ終わってない!」

木田もなぜだかついてくる。

場所はすぐ近くだ。扉が半開きになっていた理科準備室をのぞきこんだ。

「………ったあ」

男子高校生が一人転んでいる。部屋には実験器具が散乱していた。

「大丈夫ですか?」

思わずかけよると、顔をしかめながらもその人は立ち上がる。

「ありがと。……ごめん、もしよかったら、拾うの手伝ってくれないかな?」

メガネをかけた人は、上級生のようだった。

手伝わない理由がないので、実験器具を拾い集める。木田も同じようにしていた。

「……ありがとう、助かったよ」

上級生はやわらかくそう言ったかと思うと、なぜだか俺のほうをじっとみていた。

「……なにか?」

「……結構さ、一人静かに実験できる環境が気に入ってるから、このあたりを密会場所にしないでくれると嬉しいな」

無害そうな顔をしてとんでもないことを言ってくれやがった。思い出した。実験を行うという触れ込みで部員がほとんどいない科学部の人か。あれか。昼休みとかもずっとここでぼそぼそと活動していて、昨日もここにいたとかか。

この人が風貌通り、無害そうでおとなしくて、なおかつまじめで成績もよかったとしたら、昼休みに鍵を借りてごそごそやるくらい許可がでるんだろう。

「もしかして、昨日のお昼休みもここにいましたか?」

「うん、いたね」

鋭さを増す木田の問いにさらりと先輩は答える。

ややこしいことになりそうだ。

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