9 極悪ビッチファミリー
ビッチをアイテムボックスにぶち込んで、三日目の夜がやってきた。
今日も崩れかけの古びた教会で野宿を余儀なくされている。
教会内でゴソゴソ音がする。
俺の他にも浮浪者がいるのだろうか。
ま、どうでもいいけど。
それよか、飯が食いたい。
このままだと、マジで死にそうだ。
一か八か、アイテムボックスを開こうとしたのは、もう何度目だろう。
ふわっと意識が遠退く度に、死神らしき残像が見える。
鎌を持った、黒装束の女が手招きをしている。
あいつも、ビッチの家系だろうか。
顔がそっくりだ。
というか、色違いなだけだ。
まるで手を抜いたCGを見ているようだ。
死神は青い長髪に、ブルーの瞳。
ビッチは緑系統。
確かビッチの兄貴は邪神と閻魔だったな。
そんでもって姉貴は死神なのか?
あ、目が合ったら死神風の女が笑った。
「ねぇ、君ぃ。そろそろ死ぬんでしょ?」
やっぱりそうか。あんたは死神か。
そして俺には死期が近づいているのか?
「いえ、まだ死ぬ気はありません」
「早く死んだ方が楽よ。
だってあなた善悪プラマイゼロの凡夫だから、今死んだら天国には行けないけど地獄に落ちる事もないよ。
今なら君は、なんと普通界に行けるんだよ!」
――普通界!?
「うん。
6歳から義務教育を課せられて、20歳くらいから労働に従事させられて、65歳まで頑張ったら終わり。そうしたら来世に行ける。ある程度、節約してお金を貯めておかないと人間になれないから注意してね。結構ストレスもあるけど、地獄よりマシだよ。どうせ君には天国なんて無理なんだから、普通界で我慢しときなよ」
なんだよ!
嫌だよ。
現世とまったく同じ、夢の無過ぎる世界なんて行きたくない。
天国に行きたい。
「何をそんなに悩んでいるんだい?
折角、普通界に行けるんだよ?
このまま空腹に耐えきれず他人のおうちに忍び込んで盗みでもしたら、マイナスに振れて地獄行きになっちゃうから、一刻も早く死んだ方がいいよ~」
ざけんな! と叫びたい気持ちをグッと堪えて、
「いえ、俺はまだ活路を探しています。それより、どうしてあなたに俺の人生の事をとやかく言われなくてはならないんですか?」
「だって私、職業、死神なんだもん。死んだ人を迷わず閻魔の前に突き出すまでが私の仕事」
やっぱりそうか。
こいつ死神かつ、ビッチの姉妹だったのか。
「そうそう、妹がどこにいるか知らない? 私と同じ顔をしている破壊神」
知っていますとも。
俺のアイテムボックスで、スライムを食って元気に生活をしています。
ビッチの声が聞こえてくる。
『お姉ちゃん、助けてー』
――ま、まずい。
だが、どうしたというのだ。
死神はなんら動こうとはしない。
どうもビッチの声が、死神には聞こえていないようなのだ。
死神は淡々と続ける。
「……知る訳ないか。どうせ君も、妹に誑かされてやってきた口なんだろうし」
はぁ……。
「ビッチちゃんにさ、異世界からバカを連れ込むように頼んでいるんだけど、ここ数日、新たな客がやってこないんだよ。折角、閻魔がローンまで組んで、地獄界と普通界をリニューアルさせたのに。収容人口だって八倍まで拡張してさ。だから、あの世の住人を増やさないと、ローンが支払えないんだ」
知るかよ。
と、思ったが、些細な疑問を尋ねてみた。
「あ、でも。あの世の住民を増やしても、地獄に落ちる人間の半分以上は素寒貧ではないんですか? もしかして現世で貯めたお金をあの世に持っていけるんですか?」
「持っていける訳ないじゃん。だって大抵、子どもや孫に相続させるでしょ?
こき使うんだよ。
地獄なんて労働基準法がないからやりたい放題だし、すでに死んでいるからいくら酷使しても過労死しないし」
なんだよ。この極悪ファミリーは。
つまり――
ビッチがあちこちから人をさらって、姉貴が兄貴の運営するあの世とやらに住人を送り込むって手筈だったのか。
そして地獄に落ちたら、ブラック企業さながらにこき使われる。
普通界でもそれ相応に酷使されるだろうが、とにかく地獄にだけは落ちてはならねぇ。
今、死んだら普通界に行ける。
死んじゃおっか?
……いや、その発想自体が間違っている。
天国以外、ビッチファミリーの傘下ってことだ。
けつの毛までむしり取られる。
死神は腕を組んだままイライラしているようだ。
「ねぇ、君。早く死んでくれない? この後、私、ミサに呼ばれているんだから」
「ミサ?」
「そう。生贄まで用意してくれているから行かなくちゃ。
いい、君、死んだらちゃんと私を待っているのよ。一人であの世に行っちゃあ駄目だよ。きっと迷子になるから。
待っていてくれたら、おっぱい見せてあげるからね。他にも死神と名乗る者がいるけど、そいつは悪徳業者の偽物だからついて行っちゃあ駄目だよ!」
死神は俺を指差して、何度も待っているようにしつこく連呼して、古びた教会の中へ入っていった。