59 伊藤さん
『あーん、あーん』
またビッチがビービー泣き出した。
うるせぇな。
『あーん、あーん(おなかが、いたいよー)』
ひのきの棒なんて食うからだ。
そういや子泣きじじぃのお孫さんもなんだか苦しそうにお腹を押さえているぞ。
どうしたんだろ?
「すいません。ちょっとお手洗いに行ってきます。お食事を続けていてください」
……うーん。
二人ともお腹をくだしたのか。
こりゃ、食中毒っぽいな。
伊藤さんに文句言ってやる。
「おい、伊藤さん!」と呼びつけた。
「いかがされましたでしょうか?」
「料理、腐っていたみたいだぞ。どうしてくれるんだ!」
「何故、そのようにおっしゃるのですか?」
「だってみんな腹痛になったぞ」
「皆さま? ですか?」
あ、アイテムボックスにビッチを飼っているのは、内緒だった。
それにお孫さん一人トイレに行ったくらいで、難癖つけのるのは強引過ぎるか。
くそ、あのビッチが腹痛になるなんて、間違いなく食中毒なんだろうが、立証させるのはちょっと難しいようだ。
「お客様から何度も、仇を討つと話している声が聞こえてきました。すなわち暗黒属性の者を敵にもっていると解釈できましたので、ささやかながら応援したいと思いまして、聖属性の者を圧倒的に強化する聖なるひのきパウダーを隠し味としてまぶしておりました」
お孫さんは妖怪だから、微量の暗黒属性なのか。
ビッチはもちろん、悪。
あ、やべ。
俺、超暗黒属性。
カオスゲージマイナス200億以上だった。
ちょっと聞いてみた。
「あの~? 仮にカオスゲージマイナス200億以上の超絶暗黒属性で、HPがたったの200くらいしかない人が、ひのきの棒のソテーを食べたらどうなるの?」
「即死します」
げ。
良かった。
ビッチに食わしておいて。
「お客様。何かお困りの様子ですね」
まぁ悩みはいっぱいあるけど。
「なるほど。大体わかりました。あなたの敵はかなりの強敵、かつ暗黒属性」
よく分かったね。
まぁ、そうだけど。
適当に言っているだけだろうけどさ。
「なんでそう思ったの?」
「簡単です。ひのきの棒のソテーは綺麗になくなっているのに、お客様の口元はまったく汚れていません。おそらくどこかへ転送した。そして先ほど、みんなという言葉を使った。それは転送先の者達に何らかの効果があったということ」
伊藤さんは眼鏡の中心を指でくいと上げた。
「すなわちそこには暗黒属性の者がいる。それはあなたの敵でもある」
ど、どうしてそれを!?
「わたくし武器商人でもございます。わたくしでよろしければ、ご相談に乗りますが」
「武器ってどんなのがあるの」
「ひのきの棒です」
「じゃぁいいよ」
「どうしてですか?」
「だって、そいつ、最強最悪なんだよ。ひのきの棒でどうやって戦えってんだよ?」
「ご存じないのですか? ひのきの棒は最強の武器なのですよ」
知りません。
「もしひのきの棒タクティクスを習得されると、いかなる強敵であろうとも即座に粉砕できます」
無理でしょ?
だってビッチは破壊神だよ?
兄貴は閻魔で、姉貴は死神だよ?
そして俺はただのボッチ。
「大丈夫です。問題ございません。
ひのきの棒タクティクスを会得すると、小さな女の子でも、魔王クラスの宿敵を撃破し、ちょっと前までニートだった者でも、己の使命に目覚め、魔王と互角以上の戦いをしました」
は?
どんだけ大ぼらなんだよ。
「最近のお客様は優秀な方が多く、わたくし出番がめっきり減ったので、こうしてやってきました」
なんだよ、それ。
あんた、どこの住人なんだよ。
「いかがですか? ひのきの棒タクティクスを習得しませんか?」
「またにするよ」
面倒だし。
「またはございません。つい最近まで、作者が圧倒的に頑張らないのでかなり暇を持て余しておりましたが、どうもわたくしの世界で次の主人公になる者は、何やら色々複雑な事情が多くて目が離せない状況になりそうなのです。ですので、これはまたとないチャンスです」
なんですか、それは。
「いいです」
そうこう話しているうちに、お孫さんが戻ってきた。
俺はひのきの棒タクティクスとかいう怪しげな新興宗教っぽいお誘いを断り、店を後にした。
『あーん、あーん(おなかが、いたいよー)』
謎の武器商人、伊藤さん。
結局何者か分からなかったけど、ビッチに大ダメージを与えてくれたことだけには感謝しておくか。




