閑話 異世界からの帰還者
ある異世界からの帰還者が地球に帰還した時、地球はまだ魔素乱流期であった。
彼は魔素が世界中に満ちているのは認識できてはいたが魔法を使うことは出来なかった。
魔素の流れが認識できないため、魔素の流れを操作できなかったからだ。
当然、魔素生命との繋がりも上手く感知できない。
肉体の基本機能については異世界にて整形質魔法で改変されていて魔法は必要ない。
ただ異世界で身に着けた武技については魔法の使用を前提にして構成されており、武技の維持に鍛錬は必要なのに故障しても治癒魔法が使えないので異世界と同じ鍛錬は出来ず、そのままでは武技の維持は困難であった。
彼が異世界に飛ばされて最初に会った住人たちの言葉は彼には分らなかった。
訳の分からぬままに住人に連れられて行くと言葉が通じる聖職者がいた。
彼と聖職者の意思の疎通が出来たのは聖職者の一族に日本語が伝わっていたからで、以前に日本人が流されてきて聖職者の一族に加わったからだ。
残念ながら異世界の住人は彼を地球に帰す方法を知らなかった。
時々他の世界から色々な人が流されて来ることは知っていたが別に呼び寄せた訳ではなかったそうだ。
ただその様な者が現れ易い場所があることは知られている。
それで住人はそれらしき者については聖職者を呼んで引き渡すことになっていた。
時々有用な者も流されて来るが殆どは無害な者で偶に人ではない生き物も流されて来るので聖職者が近くに集団で常住しているのだ。
異世界の聖職者は世襲で地位とか職業ではなく一族との扱いで医者、教師、地域の守護等で収入を得ていた。
異世界には魔法があって魔素生命もいたので地球での類人猿程度の知能があり、魔素生命の情報の蓄積を意識的に使うことに気が付く個体が出現して種族全体がそうなれば人として扱われている。
ただ知能が低い種族は大抵は知能が高い種族を主人として従僕となっていて、彼らは従僕として主人に仕えることで主人に保護されている。
彼らは進化の過程で高い知能を得るまでは主人に保護される。
高い知能を得るのに要する時間は種族によって異なるが哺乳類や鳥類は速い傾向にあり爬虫類や両生類は遅い傾向にある。
爬虫類や両生類で人となる種は寿命が哺乳類や鳥類より長くなる傾向にあるが人となる種が出ることは少なく、好みとする生活環境が異なるため聖職者の一族とはあまり接触がない。
聖職者の一族は特定の従僕は持たず、主人に使えることを良しとしない種族を幇助している。
ただ異世界の他の人からは主従関係を緩くしてたくさんの従僕を持っていると思われている。
異世界での種族間の主従関係は聖職者と家畜の主従関係がその始まりである。
聖職者の一族が家畜を持ち込むまで異世界には種族間の主従関係はなかった。
聖職者の一族は人口は多くないが知恵の伝え手として影響力は大きい。
聖職者の一族の祖は8万年以上前に村落ごと地球から飛ばされた古代魔法人である。
異世界の聖職者は彼の肉体を一通り検査した後に彼にこう話した。
「こちらの世界では5歳ぐらいまでに血筋を整えます。具体的には魔法で血筋の良い所を顕在化させ悪い所を潜在化してバランスを整えて固定化するのですがあなたはほぼ逆になってますね。まともなのは脳髄ぐらいですか。何か信仰上の理由で思考だけを明晰にしてるのかな?」
彼が地球では魔法が使えないので自然に育った状態のままなことを伝えたところ、聖職者は彼に君は成体だからと魔素生命と繋がることを進め、1年ぐらいはここに住んで手伝いをするように言った。
聖職者はその日から彼の血筋を整え始めると、彼の体調は良くなり始めて聖職者に武技と魔法と言語を教わりながら1年経ったときには今の体になっていた。
彼は現地で異世界の整形質魔法を受けた訳だ。
異世界に飛ばされて1年ほどたち、彼はそのまま聖職者の一族としてそこに住むか問われて地球に帰る方法を探すことに決めた。
彼には恋人シイャンがいて残る覚悟は持っていたが、まだ地球に帰りたい気持ちは強かった。
異世界では生物は多岐に分かれて進化存続していてある程度の知能と意思の疎通ができていれば種が違っていても人として扱っている。
彼は聖職者が属する人の魔素生命と繋がることで聖職者が地球に帰る方法を知らないことは知っていたが他種の人が知らないとは限らない。
それで聖職者の一族としてシイャンと2人で護衛団に入り旅商人の護衛をして異世界のあちこちを回り地球に帰る方法を探したり帰還の魔法を考えたりして過ごしていた。
彼が地球に戻ったのは偶然で、彼はシイャンと他数名で森の中の遺跡調査の護衛として雇われて護衛をしていたのだが、遺跡の傍に山があり調査隊が山も調査したいと言ったのでシイャンと2人で山の沢沿いに登って偵察をしていたところ、いきなり魔素生命との繋がりを感じなくなった。
遺跡の罠にでもかかったかと少しパニック気味に沢沿いに戻ったところ山を登るときにはなかったかなり広い山道があった。
遺跡の傍に人が居住している情報はなかったので2人で道なりに注意して進むと分かれ道に日本語の標識があり山頂まで500mと休憩所右に50mとあった。
遺跡の罠かは分からないが彼はシイャンと一緒に地球に飛ばされたのだ。
暫くすると休憩所がある道の方から人が歩いてきて、「何か映画の撮影ですか?店の前で撮るなら店長に許可をもらって下さい。でも日本の衣装ではないですよね」と日本語で話し掛けられた。
彼は咄嗟に「今は休憩中で撮影は上でやっているんだ」と誤魔化して、シイャンの手を掴んで下山した。
下山途中でパニック気味のシイャンが話しかけてきたが彼に返事をする余裕はなく、彼は頭の中で『日本に帰ってきた。でも仕事の途中だ。戻らないと契約違反だ。でも死亡扱いか。繋がりが切れたからな』とどうでも良いことを考えていた。
下山して落ち着くためにバスの停留所のベンチに2人で座ってこれからどうしようか話して『気持ちが落ち着いてから交番にでも行こう』と考えながら、バスの時刻表を何気なく見ると記憶にある停留所の名がありそれは高校の通学途中の停留所であった。
周囲を見渡すと山は見覚えのある山で自分の住んでいた集落はバスの停留所で3つほど先の集落だ。
彼はシイャンに「ここは俺の家の傍だ。歩いて直ぐだから行こう」と言って、手を繋いで歩き出した。
彼の住んでいた集落は変わらずに有り、彼の家も変わらずに有った。
「俺の家だよ」と彼女に言って、庭の方から入ろうとすると祖母がいて、「NO.NO.ここは個人の家の庭だから入るのはダメだ。日本語は通じないか?」と怒鳴ってきた。
「僕だよ。僕、孫の顔忘れたの」
「日本語が分かるのか。家には外人の孫はいない。子供も子供の連れ合いも日本人ばかりだ。家を間違えているぞ」
どうやらシイャンが傍らにいるので外国人と思われたらしい。
そうやって庭先で祖母と揉めていると妹の照美が帰ってきた。
「ただいまー、お客さんがいるの?珍しいね」
「久しぶりだな!テル。なんか、ずいぶん小さくなったような気がするな。俺よりデカかった覚えがあるが。でもあまり変わってないな」
「ばあちゃん、この人誰、私覚えてないけどいつあったっけ?」
「知らないよ。2人でいきなり来て庭から入ろうとしたから止めたんだよ」
「でも、私のことテルって呼んだよ。テルなんて家族かこの近所でしか呼ばれないよ」
「知らないよ。孫だって言って庭に入ろうとするから止めてるところなんだから」
「孫って、外孫のこと?従兄弟にいたっけ、私、知らないけど」
「私も知らないよ。男はこの前生まれた曾孫の秀ちゃんだけじゃないか。子供は男3人なのに。孫は娘しかいない。そうだろう?」
そうして揉めていると祖父が野良仕事から帰ってきて、「庭先で何揉めとる。お客さんなら家に上げろ」祖母が止めたけども俺の顔を見て「いいから上げろ」と言った。
彼が高校1年生の夏休みに異世界に飛ばされた時には視力0.1以下で眼鏡を掛けていて身長165㎝体重40㎏体脂肪率9%で転んだだけで骨が折れるぐらいの虚弱体質だった。
それが4年後に地球に戻った時の彼は視力が狩猟民族並の6.0以上(測定不能)で夜目も効くし動体視力も向上して飛んでる鳥もばっちり見えて身長180㎝体重85㎏体脂肪率12%である。
行方不明になって帰ってきた彼をみても誰も彼だとは分からなかった。
祖父とテーブルを挟んで向かいに2人並んで座り話し合うことになった。
「親戚には間違いなさそうだが、全然思い当りがない。どちら様ですか?」
「天谷 剛です。爺ちゃんの孫です。以前は離れをみんなの勉強部屋にしていたけど今はテル一人で使っているみたいだね。今も寝るのは母屋なのかな?」
「家の事をよく知っているようですが。孫の剛は4年前から行方知れずで色々あって、家ではタブーなんですよ。それに剛は頭の出来は良かったが体は貧弱で転ぶだけで骨を折る子だったんですよ」
「覚えてるよ。足の甲に物を落として痛いなと思ったら折れてたし、転んで右腕も2回折ってる。それで左手で食べたり書けたり出来る様になったんだよ。あとテルに腕を引っ張られて脱臼したことも何回かあった。貧弱だったよな。うんうん」
祖父は考え込んでこちらをちらちら見ながら独り言を言い始めた。
「え~と、いやいや、だから、でも、そんなことは、う~ん、どうして、でも、どうやって」
「あの~本当に剛なの?でもなあ、その体はありえないだろう。でも爺ちゃんそっくりだからな。遠縁の親戚だったら分かるんだけどなぁ」
「いろいろあってある人に丈夫にしてもらったんだ。でも俺は爺ちゃんには似てないだろう?」
「いやいや、俺の爺ちゃんだから、剛の4親等上の爺ちゃんだ。そうだ!写真があったな。ちょっと探してくるから」
「ほら、爺ちゃんの写真だ。そっくりだろう。顔も体つきも君にそっくりだ。そして、これが剛の写真だ。背は俺より10㎝も低い。眼鏡をかけて体つきも貧弱そのものだ。不思議と病気はしなかったがな。顔は似ていると言えば君に似ているようなでも顔色は青白くて、歩いていても風に飛ばされそうな感じだったぞ。貧弱すぎて周りが怖がっていじめの対象にもならなかったぐらいだ。確かフォークダンスで脱臼して踊る相手がいなくなったことがあった」
「うんうん、思い出してきた。我ながら情けなくて笑えてくる。貧弱だったのは認める。でも顔は写真と似ているだろう。だって本人だからな。15歳の夏休みに向こうに飛ばされて4年、もうすぐ20歳だ。顔つきが少し位変わるのは仕方がないよ。でもほら爺ちゃんの爺ちゃんの写真にはそっくりじゃないか。血が繋がっている証拠だろ。だから鍛えてこんなに強くなったんだよ」
「う~ん。なんか俺は君が剛と信じてもいい気がしてきた。そうだDNA鑑定をしよう。親子や兄弟関係なんかはすぐ鑑定できる。そうしよう。泊まるところは今から整理するから物置になっている離れにしよう。家族が納得するまでの話だ。後は鑑定結果がでてからだ」
彼は家に戻り、DNA鑑定を受けて本人であることを証明し、シイャンの方は話をでっち上げて記憶喪失の外国人かハーフの日本人に仕立て上げ、犯罪にでも巻き込まれて日本に連れ込まれたことにした。
外国人であれば法的には不法滞在者?なのだが警察では調査しても分からない。
日本語が分かるので尋問しても出身地を示すものは出てこない。
日本国籍かもしれないと行方不明者と照らし合わせても該当者は見当たらない。
日本人なら法的には問題がないし、外国人だとしても国籍が分からないと強制送還もできない。
結局は日本語が流暢だから日本人の記憶喪失者の扱いになり、彼の祖父が身元引受人となった。
彼らは田舎で農業をしながら武技の修練をして暮らすことに決めた。
武技については日本の武術を参考にして、魔法を使わずにいかに練度を上げるか工夫することにして修練を進めた。
彼が23歳の時に魔素乱流期が終り、彼らは再び魔法が使える様になった。
魔素乱流期が終わり、彼は魔素生命との繋がりを感じるようになったがシイャンは繋がりを感じ取れなかったため、彼と繋がる魔素生命と繋がることに決めてそのようにした。
彼らは今も日本人として生きている。