7ミミックランドへようこそ
「うえ……」
なんか、嫌な気分だ。
俺は憂鬱な予感に苛まれながらも目を開け、周囲の状況を確認する。
ここは、ごく普通の部屋だ。
柔らかいベッド、壁の作り付けの棚、厚い絨毯をしかれた床。
こっちの世界に召喚されてから、だいたいは王宮の離れに寝泊りしていたから、この世界の平民の生活レベルがわからないんだけれど……
たぶんかなりいい部屋だ。
王皇貴族の屋敷か、それに匹敵する金の掛かった建物なんだろうと思う。
ただし、窓には鉄格子。扉も格子つきの窓がある。日本なら座敷牢とか言われるような部屋。
おかげで気分は最悪だ。
なんか、昨日の朝とは偉く幸福度が違う気がするんだけどな。
「っていうか、ここは、どこだよ……」
確か、シーフを名乗る女とその連れの男にやられて気を失った。
素直に考えれば、シーフの関連施設だろう。
オニギリにされた後、どうなったかの記憶が曖昧なんだけれど、なのか?
宝箱設置の使い方を教えるとか教えないとか言っていたが……いや、タダでは教えないだったか? 授業料を支払えというのか。
俺の持っている情報が欲しいようだが……どんなが知識があるって言うんだ?
もしかして、日本の知識とか技術とかを手に入れて、内政チートしたいのだろうか? それで、一番弱そうな俺が一人で外にいるのを見て拉致りに来たとか?
いや、それだと動きが早すぎるか。しかもシーフっぽくない。
常識的に考えて、宝箱設置EXの情報だろう。
宝箱設置は知っていても、EXがつくとどうなるかは知らない。自分がブライアンなら、それは気になる。
そのために相手を誘拐するかは別としても。
と、ドアがノックされた。
「起きているかね? タクミ君」
ドアの鉄格子の隙間から呼びかける声。
ブライアンか?
「一応言っておくが、物騒な事を考えるなよ。この部屋は二重扉になっている。逃げようとしても無駄だぞ?」
「……逃げれるとは思ってないよ」
俺が聞くと、ドアが開いた。
ブライアンの言う事は本当らしく、ドアの向こうは小さな部屋だった。さすがシーフ、用心深いな。
「食事だ」
パンとスープ皿の乗った盆を突き出される。
これ食べていいのかな?
「……」
「毒を警戒しているのか? 心配するな。こちらがその気なら、お前が寝ている間にいくらでも殺せたわ」
「……」
まあ、それもそうか。
というか、食べ物を見たら凄い空腹感を覚えた。
食事はそこそこ美味しかった。
食べながら俺は、壁に寄りかかってこっちを監視しているブライアンに聞く。
「なあ、昨日言ってた、知りたい事って、なんだよ」
「……些細な事だが、ワシと君が出会ったのは、二日前の事だぞ」
「え? 俺、二十四時間以上寝てたの?」
出発してから、既に三日経っている事になる。
王宮の人達は心配しているんじゃないか?
それならば、遅かれ早かれ捜索の手が回るはずだ。いつまでもここに捕まったまま、という事はないはず。だと思いたい。
「それに、知りたい事があると言った覚えはないのだが?」
「いやいや、なんか言ってただろ、確か……『タダでは教えない』って」
「ああ、アレの事か……」
ブライアンは奇妙な笑みを浮かべる。
「その時になれば、とだけ言っておこうか」
何なんだよ。怖いな。
「それで、ここはどこなんだ?」
「ふふふ。囚われの相手に場所を教えるのはダメなフラグであるぞ」
確かに。
「だが教えてもいいだろう。王都の中のとある場所……シーフギルドの支部だ」
「それで、シーフギルドの支部の場所は誰も知らない、っていうんだろ?」
「いや? そうでもないぞ。それに、遅かれ早かれ教える事になるから、言っておこう。この場所の通称を」
通称?
「ここは、都の人からは、ミミックランドと呼ばれている」
ミミックランド!
やっぱり、こいつ、ここの人間だったか。
「ミミックランドって、結局何なんだよ」
「そのままの場所だな。ワシのような《宝箱設置》のスキルを持つ者が裏でミミックを出して、それを客が倒してステータスをあげていく場所だ」
やっぱりそうなのか。
「昨日と一昨日は召喚者も来たぞ。ステータスはここに来る客にしては低めだったが、なんか杖でミミックを即死させていた」
誰だろう? もしかして高橋か? 俺が外に出てステ上げできなくなったから、代わりにここに来たのか?
「客って事は、お金取ってるのか?」
「当然だ。ミミック十体につき、金貨一枚よ」
……だとすると、俺は高橋に金貨百枚分のステータスを差し上げていた事になる。
凄いのか凄くないのか微妙だな……。
でも、ここに就職できたら、将来安泰なのか?
「客って多いのか?」
「身内を除けば、あまり多くはない。ミミックを短時間で倒せる力がなければ、効率が悪いからな。そしてミミックを短時間で倒せる者は、さらなる強敵を求める」
「なるほど」
ミミックランドに通い続けるというのは、ゲームで例えるならレベル1からレベル100まで同じ狩場に篭ってレベル上げをするような行為だ。確かに効率が悪いと言われれば、そうなのだろう。
魔物を探す時間を金で買うような物と割り切る心が必要になる。
でも、ダンジョンが存在するこの世界では、ミミック以上の魔物に連続遭遇する手段なんていくらでもあるのかもしれない。
「さてと。もう少ししたら、ボスが来る。ボスは君に全てを教えるつもりのようだ。粗相のないように頼むぞ?」
ブライアンは、そう言うと部屋を出て行った。
次にブライアンが 来たのは昼ごろだった。
ブライアンと共に、長身の女シーフ、ミリアスと……もう一人、見慣れない人が入ってくる。
やや小柄でピンク髪の、胸が大きい少女だった。めがねを賭けているせいか、頭がよさそうに見える。
「私はシーフギルドの長、ロクシエールです。荒っぽい歓迎であった事を謝罪しましょう」
丁寧にお辞儀をされた。
「あ、どうも」
つい俺も丁寧に対応してしまう。
いやいや、こいつ敵のはずだけど。こんな女の子がシーフギルド長か。
「今回は、シーフギルドの秘密、そして《宝箱設置》の正しい使い方を説明したいのですが、よろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
「では、部屋を出ましょう。ミミックランドの様子を案内します」
部屋を出て、ロクシエールの先導で建物の中を進む。
「この施設は王都の西側にあります。壁のギリギリ内側ですけどね」
歩きながら説明するロクシエールの背中。無防備だ。ここから攻撃できるかと思って鑑定してみる。
ロクシエール・フィードリチカ
攻撃:680
防御:450
追尾:730
回避:850
探知:1200
隠密:1500
適性:700
スキル:ワーグ語、タフス語、第一階梯属性魔術、転移魔術
固有スキル:シーフマスター
微妙な感じだが、俺と比べればかなり強い。人質に取るのは無理だな。
逃げる事も考えたが、それを防ぐためのブライアンとミリアスだろう。前後を挟まれていては、ない。
それに、シーフギルドの秘密には、正直興味がある。
「ここが、ミミックランドのメイン、狩り部屋です。」
長い直線の廊下に、一定の間隔で並ぶ扉。
「なんだここは」
「一つ一つの部屋が、戦闘場所になっています。ちょっと、入ってみましょうか」
ロクシエールは扉の一つを開ける。
十メートル四方の狭い部屋。
壁は木でできているが、高さ一メートルぐらいの鉄の柵が壁際に張り巡らされてている。
「その鉄の柵は、ミミック対策です。壁を壊されたら困りますからね、いろいろと」
「いろいろ?」
「ミミックをどうやって出しているのかは、秘密という事になっていますので」
なるほど。
舞台裏を見られたくないのか。
「じゃ、ちょっとやってみましょう。はぁい、お願いしますね!」
ガラガラと音がして、天井の一角が開いた。
そこから、二メートル四方の板が降りてくる。エレベーターというか、リフトというか、上からロープで吊るされているようだ。
その板の上に、宝箱が置かれていた。いや、話の流れならミミックだろう。
と、ロクシエールが俺に聞く。
「どうします? 宝箱設置のスキル他人の出したミミックならステータス上がりますよ?」
「むしろ、自分のじゃダメだったのか……」
地味に初耳だ。
「どっちにしろ俺には倒せないよ」
「では、私が……」
ミリアスが前に出る。短剣を構えて、低い姿勢を取った。
「《スプライズ・ピアース》」
キン、と乾いた音がしたと思ったら、ミリアスは向こうにいた。ミミックは、光になって消えていく。
なんだ今のスキルは?
『サプライズ・ピアース、レベル4』
『近接攻撃スキル。攻撃速度を大きく上昇させる。先制攻撃を仕掛けた場合、相手の防御力をかなり軽減して攻撃を通すことができる』
あ、他人が使ったスキルも鑑定できるんだ。
しかしなるほど。ミミックが相手だと必ず先制できるわけか。そのスキル、ちょっと欲しい。
でも、俺の適性は魔術だっけ?
「ここって、何のスキルを使ってもいいのか?」
「基本的には自由ですが、建物を破壊するような強力なスキルの使用は禁止となっています。まあ、ミミックが相手ですので、そんな物を使う人はいませんけど」
「ふーん」
「あと、透視系のスキルでミミックをどうやって生み出しているのか探ろうとする人は、例外なく暗殺しています」
「げっ……」
怖い怖い。やっぱここシーフギルドなのな。
「じゃ、次に行きましょうか」
廊下を端まで歩いて、建物の外に出る。
壁に囲まれた中庭のような場所、石でできた堅牢な建物がある。
中には、井戸のような深い縦穴。
除きこんでみると、下の方にチラチラと炎が揺れているようだ。
「これは?」
「ダンジョンの入り口です。ランクは6」
これがダンジョンか。初めてみた。
「ダンジョンは、地底にできる特殊な空間です。中に魔物が大量に湧きます。放置しておくと危険ですが、うまく管理すれば、十分な資源になります」
「ダンジョンのランクって、どうやって決まるんだ?」
「魔素の濃さを測定します。魔素が強ければランクも高くなります」
「モンスターの強さじゃないんだ?」
「そういう事になります。ただ、魔素が濃ければ強い魔物が湧きやすくなるので、ランクと敵の強さは比例しますけどね」
「ランク6はどれぐらいの強さなんだ?」
「そうですね……。十層までなら、ステータス五千もあれば攻略できます。最深部の三十層までいくなら、二万は欲しいですね」
うちのクラスメートの精鋭がいても十層か。
結構きついな。
「ここにもミミックがいるのか?」
「いいえ。いません。ミミック以上のモンスターと戦いたいお客さん向けです。ただし、ここを知っているのは特別会員だけですけどね」
「特別会員?」
「……」
ロクシエールは目を逸らす。
何か隠しているのか?
そして話を変えてしまう。
「ミミックは、ダンジョンができた時から、最初からいたのでしょうか?」
「いやあの、特別会員って具体的に誰が……」
「うちの経営方針について話すのは、また今度にしましょう。大事なのはミミックです」
「はあ……」
それはいいけど……。
でも、この人、何を言ってるんだ? ミミックはダンジョンに最初からいたか?
「最初からいたに決まっているだろ?」
「そうでしょうか? ミミックは宝箱に擬態する魔物という事になっています」
「ああ」
「それなら宝箱がなければ、擬態もできない。つまり、宝箱ができてから、ミミックも生まれた、そういう事になってしまいますよね?」
「……なら、そうなんじゃないか?」
そんなのどっちだっていいんじゃないか?
「いやいや、簡単に納得しないでください。これは本当に重要な話なんですよ」
「……」
「人間が、木の板や鉄の止め具を作れるようになったのは、生物や魔物の歴史から見ればごく最近のことです。それなら、ミミックもごく最近現れたと言うのですか?」
面倒くさい奴だな。
「……もしかしたらミミックはずっと昔からいて、ごく最近、こういう形に変形する事を覚えたのかもしれないだろ?」
「それは愚かな考えですね」
ロクシエールはバカにしたように言う。
「それならどうして、宝箱設置のスキルで出てくるミミックは、出てきた瞬間から木箱の形をしているのですか?」
「それは……たぶん、種族全体がその形を覚えていて」
「ブライアンの出したレッサー・ミミックはどんな形をしていました? 模様や大きさが違ったりしましたか? あなたが出したものと完全に同じだったのでは?」
「いや……同じだったと思うけどさ……」
「そうでしょう? あなたの仮設では、説」
ああ、もうなんだか面倒くさくなってきた。
俺は考えるのをやめた。
「おまえの話、回りくどいんだよ。さっさと結論を言え」
「うふふ、降参ですか。ではヒントを出しましょう……」
ロクシエールはウインクする。
「逆にこう考えてみてください。最初から宝箱なんてなかった、と」
……いや?
何を言っているんだ、この人は。
「これからあなたに、世界の真実を教えてあげましょう。シーフギルドが五百年もの間、人々の前から隠し続けてきた真実を」
「五百年?」
……よくわからないけど、俺の知ってるシーフギルドと何かが違う。
シーフってもっとこう、自由で、享楽的で、無責任なやつじゃなかったか。
「さあ、真実はこの下にあります。行きましょう」
ロクシエールはそう言うと、飛び降りた。ダンジョンの穴に。
「ちょっ、飛び降りた? エレベーターとかないの? せめて階段かハシゴ」
慌てる俺の体をブライアンとミリアスが掴む。
「君も行くのだよ」
「シュート」
「うわあっ?」
二人につきとばされて、俺は穴の中に転落した。
ん?
そういえば、なろうコンは昨日が〆切だったか……