6シーフギルドからの使者
「んー?」
もう、朝か? 上の方から光がさしてきている。
俺は目をこすりながら周囲を確認する。
昨日寝る前と同じ、森の中、川の近くだ。状況に変化なし。魔物の類も見当たらない。
だけど、疲れが取れていないような体の重さがある。
いや……物理的に重い。
それもそのはず、仰向けになった俺に抱きつくように、ヘルマールが抱きついているのだ。身動きも取れない。
「んむー」
もぞもぞと動くヘルマール。
二度寝してもいいかな、と思ったが、それやってると夕方まで寝続けかねないからな。
「おい、朝だぞ」
「んにゃー」
猫みたいな声を上げながら俺の頭をわしゃわしゃしてくるヘルマールの手。
俺はヘルマールを無理やり引き剥がした。
「あ、あれ? あー、お兄さんおはよう」
「……おはよう」
ヘルマールは、毛布からもそもそと這い出してから、大きく伸びをする。
「んー、久しぶりに気持ちよく寝れた気がする」
「そうか、俺もだよ」
俺も、こっちの世界に来てからなにかと不安だったからな。そういうの忘れて、ぐっすり眠れたのは初めてかもしれない。
「私達って相性いいのかもね。結婚しようか」
「何言ってんだよ……」
この子、どっかおかしいんじゃないか。
毛布を片付けてから、残っていたパンと干し肉を食べる。
出発だ。
「そうだ、おまえ、町がどっちにあるかわかるか?」
「ん? ちょっと待ってね」
服の中から棒のような物を取り出すヘルマール。先端に星型の飾りがついている。
「《ターミナス・コンパス》」
呪文を唱えると、空中に矢印型の物体が現れた。支えもないのに浮いている。
「これで都の方角がわかるよ」
「……その魔術、便利だな」
「うん。冒険者にもこれを覚えるためだけに魔術の勉強する人とかいるらしいよ。後で教えてあげようか?」
それがいい。
半日ほど、森の中を歩く。
その道中で何体かの蛇を倒した。
「地道だね……」
ヘルマールは哀れむような目で見る。
俺だって好きでこんな事してるわけじゃないぞ。
「もっと効率よく強くなる方法ってないのか?」
「ないよ」
「おまえはどうやってそんなにステータス上げたんだよ」
途端、ヘルマールは嫌そうな顔になる。
「これは……ちょっとお勧めできないかな。あ、亀いるよ、亀」
「いや、あれは固すぎて俺の手には負えないって言うか」
「じゃ、手伝ってあげるからさ」
「お、おう……」
俺は剣を抜き、亀の前に立つ。
「《グラビティー・バインド》」
ヘルマールが呪文を唱えると、亀は高重力で地面に押し付けられた。
「んで、頭、頭切り落として」
「こ、ここか……」
この前は、俺に噛み付いてきた頭。それが、弱点のようだ。
俺は切り落とす。
亀は、光になって消滅した。
「……うーん?」
なるほど。
これは楽かもしれない。
だが、ステータスの上がり幅は、あいかわらずしょぼい。
それと。これってゲームだったら寄生じゃないか。人としてどうなんだ?
「ステータス上げたいなら、変なプライドは捨てて、強い人の力を借りるべきだよ」
「うーん」
「それに、今の魔術もわりと難易度低いから、君でも覚えられると思うよ」
「そっか……」
やっぱり、魔術の活用を本気で考えていった方がいいのか。
さらに歩く事、数時間。日も暮れ始めた頃、都の尖塔が遠くに見えてくる。しかし、ヘルマールは浮かない顔だ。
「うーん……」
「どした? どっか具合でも悪いのか?」
俺はヘルマールに声を掛ける。
さっきから、そわそわしたり、何か考え込んでいたりしたから、俺はそう思って聞いたのだが。
「んー、そうじゃなくて、えーとね……」
ヘルマールは何か一人でぶつぶつ呟いていたが、頷いた。
「うん。そうしよう。あのね、用事を思い出した、私こっちだから」
え? 用事?
「えっとね、すぐわかる。とだけ言っておくね。また会おうねー」
「え?」
俺が問いただす前に、どこかへ走って行ってしまった。
なんなんだ?
「ま、いいか……」
本人が大丈夫だと言うなら、そうなんだろう。
また会えるといいけど。
◇
俺は一人、都に向かって歩く。
そういえばヘルマールから魔術教えてもらうの忘れてたな。王宮に戻ったら、誰かに聞けば済む事だけど……。
などと考え事をしていたせいだろうか? 前方不注意だったかもしれない。
何かやわらかい物に頭がぶつかった。
「うえっ?」
それは胸だった。いや、正確には若い女性だった。
俺より頭一つ文ぐらい背が高くて、ちょうど胸が俺の頭ぐらいの高さにある。
「す、すみません」
俺は慌てて謝りながら
いや待て。いくら考え事をしていたからと言って、前を見て歩いてはいたんだぞ?
人がいるのに気付かないなんておかしくないか?
それに相手の方はただ突っ立ってただけか?
何か納得がいかないながらも前を見る。
「……」
女性は、無言無表情で俺を見下ろしている。
「えっと……」
「こんにちは」
「あ、こんにちは。どなた様です?」
「どなた様?」
女性は、俺の言葉に何かあったのか、目を細める。
そして大きく後ろに跳ぶと、足を肩幅の三倍ぐらいに開き、右手を空へ突き上げ、左腕は横に伸ばした。……何のポーズだ?
そして女性は、大声で宣言する。
「シーフに、名乗る名などない!」
「……」
変な人だ。変な人に声を掛けてしまった。
隠密で動いているシーフは名乗らない。これはわかる。
だが、そんな奴は自分がシーフであるとすら明かさないはずだ。ましてや、決めポーズをつけてシーフ宣言しない。大声で叫ばない。
百歩譲ってそういう人がいたとしても、この人の決めポーズは、かっこわるい。
絶対何かがおかしい。
どうしよう?
まさかヘルマールは、これを察知したから逃げたのか?
十分ありえる。むしろ俺にも教えて欲しかった。
俺が困っていると、横の木の影から、燕尾服を着た男が現れた。
「心配するでない。ミリアスは少し変わっているが悪いシーフではないぞ」
新手か?
燕尾服の男は、俺の正面に立つと丁寧にお辞儀する。
「初めまして。ワシの事はブラインと読んでくれ。タクミ君」
「あ、初めまして」
この人は常識人っぽい、と思ってから、ふと嫌な予感がした。
なんでこいつ、俺の名前を知ってるんだ?
謎の紳士ブラインは、背の高い女性を指差す。
「彼女はミリアス。ワシの同僚みたいなものだ」
「はあ」
「さてと。突然だが、ちょっとワシのスキルを見てもらおうか」
紳士の男は、数歩俺から離れると、手を向けた。
「《宝箱召喚》レッサー・ミミック!」
俺の前に現れる木でできた箱。千回も見たあの箱と、一部の隙もなくそっくりだ。
「開けたまえ」
くっそ、こいつも頭おかしい。
……開けたまえじゃねーよ。
「どうしたかね? 宝箱だぞ? 中に財宝が入っている。……開けないのかね?」
「誰が開けるか! あんた、自分でミミックって言ったじゃないか!」
開ける前にネタバレしてどうする。俺じゃなくても引っかからない。
男は右手で顔の左半分を隠し。左腕を体の前で構える変なポーズを取ってみせる。
「ふっふっふ。ばれてしまっては仕方ない。この宝箱召喚で出てくる宝箱は、なぜかミミックになってしまうのだ。まあ、同じスキルを持つ君はとっくに知っていたと思うがね」
「なんだと?」
名前だけじゃない。
こっちの個人情報が握られている。
こいつら何者だ? ストーカーか?
いや……女の方はシーフとか言っている。暗殺者かも知れない。
「警戒するでない。単にスパイを王宮に忍び込ませて、情報を集めているだけの事」
「それで警戒するなって方が無理あるだろ」
危険人物だ。逃げなければ?
「いや、君の敵ではない。むしろ君には得する話を持ってきたぞ」
「信じられないね」
「なら、君のために罪を犯してもいい」
「えっと、そういうの望んでないからマジメに生きてください」
「……君が望むなら、人を一人さらってきてやってもいい。好みの女のタイプを教えてくれ」
「そういうの本当にやめろよ!」
ブライアンは、ふっ、とため息をついた。
「話を戻そう。宝箱召喚なのにミミックが出現してしまう理由。それは君もまだ知らないのではないかね?」
「理由?」
やっぱり、何かあるのか?
宝箱がミミックになってしまう理由。それが解明できれば、ミミックにならないですむ方法もわかるかも知れない。
「あんたは、その理由を知っているのか?」
「いかにも! ワシは宝箱召喚を極めた者。レッサー、無印、スーパー、ハイパーの四段階のミミックを生み出す事ができるのだ」
「マジでミミックしか出せないのかよ」
「はっはっは。ハイパーミミックを舐めてもらっては困るぞ?」
「強いの?」
「聞いて驚け。全ステータスがレッサーの二十七倍だ」
「ちょっ、それは凄い……」
レッサー・ミミックの時点で全ステータス四桁だぞ。それの二十七倍って、普通に勇者を殺せるじゃん!
つまりこの人が本気でテロを起こしたら、王国が壊滅する。
皆逃げて、超逃げて。
「そっちはどうでもいいから、ミミック以外の物を出すにはどうしたらいいんだ」
「それは、ここでは教えられない」
「……」
二択だ。
怪しいこいつらについていくか、断って自力で能力の謎を解くか。
本音を言えば、こいつらに従って手っ取り早くスキルの使い方を知りたい。クラスメート達に匹敵できる力が欲しい。
だが、こいつらに従っていいのか? 誘拐を仄めかすような奴らだぞ。さっきのが冗談だとしても、善人でないことは確かだ。
「悪いけど」
俺はそっちには行かない。
「そうかね、残念だ。では一ついい事を教えて上げよう」
ブライアンは底の知れない笑みを浮かべる。
「宝箱設置の秘密は、公開されている物ではない。ワシはそれをタダで君に教えようと言った」
「なんだ、恩着せがましいことでも言うつもりか?」
「そうではない。『タダで教える』それこそが間違いだ」
「っ?」
「こちらも知りたいことがある。だから、君には無理にでも来てもらうことにする」
「……」
そしてブライアンは、わざとらしい笑顔を見せる。
「というわけで、その宝箱、開けてみてはどうかね?」
「いや、だからミミックってわかり切っている物を……」
「えい」
最後のは、俺の後ろに立っているミリアスが俺を突き飛ばした掛け声だ。
軽い力で、よろめいて数歩前に歩いてしまう程度の。
俺はバランスを崩し、目の前にあった箱に手を突いた。
ミミックの……。
「あっ……」
しまった!
『キシャアアアアアアッ』
奇声を上げて襲い掛かってくるミミック。
俺は逆らう暇すらなく片腕を飲み込まれ、そのダメージでアイテム変化が発動して、オニギリにされ、動けなくなった。
くそう。宝箱召喚が罠スキルって言ったやつ、誰だ。
敵に回したら最悪の系統じゃないか。
ようやくシーフギルドの登場です