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5ヘルマール


 とりあえず、抱き起こしてパンを一切れ食べさせてやると、少女は落ち着いた。

 だが、俺が抱えている腕を離そうとすると逆に腕をつかまれた。

「んん? 一人じゃだめか?」

「なんか、体が冷えちゃって……。もう少しこうやってていい?」

「いいけど……」

 女の子に抱きつかれるなんて人生初めての経験で、どう反応したらいいのかわからない。

 いや。正直言えば、嬉しいんだよ。

 顔も可愛い。青い瞳と猫みたいな口元が実に愛らしい。

 それに細くて柔らかい体は妙に抱き心地がよくて、このまま眠りたくなるぐらいだ。ずっと抱きしめていてもいい。

 けれど、そんな気持ちを見抜かれると恥ずかしいな、という思いもある。



 そうだ。自己紹介をしていなかったな。

 今の内にやっておこう。

「俺はタクミだ」

「私、ヘルマール」

「そっか。か、可愛い名前だね……」

 やっぱりそれ名前なんだ。ちょっとどうかと思うけれど、そういう文化圏なのかな。あんまり深く聞くのはやめておこう。

「なんで遭難してたんだ? こんな森の中で」

 俺が聞くと、ヘルマールは恥ずかしそうに笑う。

「私は、北の方の僻地にいたんだけどね……、町から遠い所でホウキが壊れちゃって」

「ホウキ? ああ、魔女っ娘だから飛べるのか?」

「まあね……」

 なるほど。移動手段を失って遭難したと。


「それからどうしたんだ?」

「結局、一週間ぐらいかけて歩いてきた」

「そんな遠くにいて……食料とか用意してなかったのか?」

「だって、ホウキがあれば数時間で戻ってこれるし……」

 ヘルマールは恥ずかしそうに言う。

「そういうもんかな?」

 もしもの時に備えて最低限のものは用意しておいた方が……とは思わないでもないけど、今日初めてフィールドにでた俺みたいな奴が、そんな先輩面したアドバイスを口にするのもどうかと思ったので口には出さない。

「それからどうしたんだ?」

「がんばって歩いてたけど、ちょっと、死を覚悟しちゃった。途中でおなかがすいてしょうがないから、栄養になるかと思って草とか食べてたんだけど……慣れない事をするのはダメだね。おなか壊して逆に衰弱しちゃったよ」

「そりゃあダメだろ」

 食べられる野草なんて、そうそう見つかるわけがない。

 俺だって、鑑定スキルで色々探しながら歩いたけれど、一本も見つからなかったぞ。

「本当に、怖かった。今も、一歩も動けそうにないし……お兄さんがいなかったら、ここで死んでたと思う」

「お、おう……」

「お兄さんは私の命の恩人だよ。お礼になんでもしてあげるから」

 なんでも、とか言うなよ。最近は変なのが反応するぞ。

「お、俺は偶然通りかかっただけだからな。この状況なら誰だって同じようにしたさ」

「そうかな? そうかもしれないけど、私を助けてくれたのはお兄さんだからさ」

「そうだな」

「エッチな事でもいいよ? いや、むしろやらない?」

「おまえは、偶然通りがかった人にそんな事を言うのか?」

 さすがにどうかと思ったので、額にデコピンしてやる。

「イテッ。違うよ。これは助けてくれたからじゃなくて、お兄さんが相手だから言ってるんだけど?」

「年上をからかうな」

「本気なのになぁ……」

 クスクスわらうヘルマール。どこまで本気なのかわからない。悪い気はしないけれど、俺の中の何かが、そこは踏みとどまれ、と言っている。

 なんか妙なのに気に入られちゃったな。

「まだ食べたりないだろ? 夕食の用意をするから、ちょっと離れててくれ」

 俺はヘルマールを引き離した。本当は、もうちょっと抱きついていたかったんだが。

 こいつに、ちゃんとした物を食べさせてやらないとな。



 ヘルマールには毛布を与えてやって、俺は料理の準備をする。といっても、食べられる物って、パンの他にはシチューの元しかない。

「……鍋とか持ってないか?」

「ん? あるよ」

 俺が聞くと、ヘルマールは自分の帽子の中に手を突っ込んで、何かゴソゴソやっていたと思ったら、小さな鍋を引っ張り出した。

 なんだ? 四次元ポケットか?

「んー。私は、デモニックイーターだからね」

「デモニックイーター?」

 そういえば、鑑定した時にそんな物があったような気がする。どういう意味なんだ?

 後でいいか。


 俺はうろ覚えのやり方で焚き火を組んで火をつけた。

 鍋の水が煮立つのを待ってシチューのルーを入れる。具がないので、干し肉でも入れておこう。


 できあがったシチューは、かなりしょっぱかった。

 保存用に塩を多めに入れている物なのか、あるいは俺が分量を間違えたのか。


「ねえ、お兄さん、よかったの?」

 シチューに浸したパンを食べながら、ヘルマールが聞く。

「何がだ?」

「材料、全部使っちゃったんじゃないの?」

「気にするな。どうせ三日分だ」

 一人で節約して三日分と言う事は、二人で食べたら一日分と少しにしかならないという事。

 別に節約する必要はない。明日は都まで戻るつもりだ。

「一人でこんな所まで来て、何か目的があったんじゃないの? なんなら手伝うよ?」

「いや、ちょっとステータスの低さに悩んでたんだけどな。いい敵がいなくて」

「ステ上げか……。この辺りにコボルトの住処があるって噂だけど」

「そこには近づくなって言われてるんだ」

 俺が言うと、ヘルマールは首を傾げる。

「んー、ちょっとステータスとか見せてもらってもいい?」


 俺はステータスを出した。

 ヘルマールは横から覗き込んでくる。頬を摺り寄せるぐらいに顔が近い。

「うーん? お兄さん、ステータスは微妙だね。確かにコボルトもきついかも」

「お、おう」

「適性が高いのに、魔術系のスキルがないってのも痛いなぁ」

 ん?

「その適性って何のステータスなんだ?」

「え? 適性は適性だよ。魔術適性」

「魔術適性?」

 あ、魔術の威力に関わるステータスが見当たらないと思ったら、そういう事だったのか。

「この適性って、高いとどうなるんだ?」

「魔術の攻撃力がちょっと上がるよ。ただMP消費も増えたりするけど。新しい魔術を覚えるためにも、高いに越した事はないね」

 微妙だな。

「魔術防御はないのか?」

「いや……防御は、防御があるでしょ? 魔術で出した物であっても、炎とか雷も、結局は物理攻撃だからね」

「っ!」

 こいつ、俺のゲーム脳を破壊しにきやがった。

 言われてみればそうだけどさ。

「じゃあ、防御さえ高ければ、何でも防げるのか?」

「それは……精神とか魂に直接干渉する魔術だと、魔術適性で抵抗だったり……あと、敵のステータスが高いと逆に威力が増加する変なスキルとかもあるんだけどね」

「いろいろあるんだ」

「でも、防御上げとけば間違いはないよ。お兄さんは魔術攻撃も覚えた方がいいと思うけど」

 この森で、亀を狩り続けろとおっしゃる?

「でもEXスキルなんか持ってるじゃん? それは凄いと思うよ」

 そうかなぁ? どう凄いのかよくわからないんだけど。

「EXって普通とどう違うんだ?」

「普通のより高性能らしいよ。でも宝箱設置か……、どっかで聞いた事あるような気がするけど……」

「やっぱりミミックを出すスキルなのか?」

 俺が聞くと、ヘルマールは考え込む。

「そんなわけないと思うよ。これは名前の通り、宝箱を設置してアイテムを収穫するスキルじゃないの?」

 あれ?

「城の庭で試した時は、全部ミミックになったぞ?」

「おっかしいなぁ……。いや、何か面倒な手順があるんだっけ?」

 面倒な手順、か。大神官のスキル説明でも解き明かせなかった物を、自力で発見するのは時間が掛かりそうだ。

「実際にそのスキルを持ってる人がいたような気がするんだよね。EXではなかったと思うけど……」

「先輩を探して教えてもらえと?」

「そういう事になるね」

 先は長そうだ。

 募集広告でも出してみようかな?

「じゃ、こっちのアイテム変化ってのは」

「始めて見たよ。これは、どんなスキル? オニギリって事は、鬼を斬るの?」

「だいたいそんな感じだ」

 引っかからなかったが、当然だ。この世界にはお握りないからな。


「せっかくだから、私のステータスも見る?」

「ああ、見せてくれ」

 本当は、さっき覗いちゃったけどな。



ヘルマール・アンカーボルト


攻撃: 48K

防御: 52K

追尾: 42K

回避: 36K

探知: 35K

隠密: 42K

適性:257K


スキル:ワーグ語、マズラグ語、タフス語、第一階梯属性魔術、第二階梯属性魔術、第三階梯属性魔術

固有スキル:デモニックイーター(強欲)



 ああ。何の変わりもない、超ステータス。

 念のため確認しておこう。

「このステータスの数字についてるKって何なんだ?」

「それは千倍を意味する記号だよ」

 あ、やっぱりそうだったんだ。

「つまり、攻撃48Kは攻撃力48000って事でいいんだよな? 触っただけで吹っ飛んだりしないの?」

「いや、普段は切ってるし。本気モードだと、歩いただけで床が壊れたりするから逆に不便だったりするよ」

「そんなに強いのか……」

 本当、どうやってステータス上げたんだろう?

「この第一属性階梯魔術っていうのは?」

「えっとね。属性魔術の階梯っていうのは……まず、基本の魔術属性には火、風、水、土の四つがあって……それが第一階梯に相当するわけ」

「え? もしかして、その四つを全部まとめたのが第一階梯魔術って事か?」

「そういうこと」

 なんてこった。

 スキル一つで、クラスにいた魔術系のやつを上回ってるじゃないか。

 どう考えてもチートキャラだ。

 そのチートの一部でいいから俺に分けて欲しかった。

「しかも、第一階梯で終わりじゃないんだな? 次はどうなる?」

「第二階梯はね……、光府、冥府、煉獄、氷獄、白煙、黒煙、転移、城塞、晩花、月照、雷鳴、静寂、の12属性があるんだけど」

「ちょっ、ちょっとまって」

 名前だけ聞いてもイメージできないのがやたら多いんだけど、大丈夫なのか? なんか花札みたいなのまであるし。

「第三階梯も知りたい?」

「もういい。数だけ教えてくれ」

「第三階梯は……既知の物だけで7個かな、それ以外に未分類っていうゴチャゴチャした物がたくさんあるけど、それは説明しづらい」

 使ってるヘルマールですら把握できてないのか。でも把握できていないものを全部使えるって言うのはどういう意味だろう?

 分類はできていないけど、羅列された一覧表みたいなのは入手できているとか、そういう事かな?


「よくそんなたくさんの魔術覚えたな」

「……それは、いろいろあるからね」

 ヘルマールは、そこだけは言及を避けた。

 何か言いたくない事もあるのだろう。なら、あえて聞くまい。


 ◇


 夕飯を終えて、鍋を洗う。

 後は寝るだけだ。

「毛布、一枚しかないから使っていいよ」

 ずいぶん前から毛布に包まったままのヘルマールに言う。

「え? 本当にいいの?」

 ヘルマールは少し不安そうに言う。

 毛布は一枚しかないのだが……仕方ない。

 いくら俺でも、女の子、それも行き倒れの半病人から毛布を奪うような事はできない。


 焚き火を挟んでヘルマールと逆側の木に背を預ける。

 ……うーん、寒いな。風邪引かなきゃいいけど。

「やっぱり寒そうだから、こっち来たら?」

 ヘルマールにもそう言われ、俺もそうする事にした。

 隣に寝転がるだけのつもりだったのだが……ヘルマールは毛布の端を持ち上げる。

「ほら、毛布の中に来ればいいのに……」

 そうしたいのは山々だけどな。

「あのな、俺は男でおまえは女なんだよ」

「私は気にしないよ」

 にへら、と笑うヘルマール。

「俺が気にするんだ」

「本当に、なんで嫌がるの? 私が好みから外れてるとか」

「そんなことはない」

「じゃあ、遠慮しないで入って入って」


 俺はお言葉に甘えて、ヘルマールと一緒に毛布に包まる。

 頭の中の何かが、それ以上いけない、と止めているのだが。暖かさと気持ちよさには抗えない。

「ちょっとはみ出してるから、こっちくっ付いてよ」

「あ、ああ……」

 ここまで近づくと、ヘルマールの体を抱きしめる事になる。

 ホント。こいつの体はなんでこんなに柔らかいんだろうな。胸とかあんまり膨らんでないのに。

「うふっ」

「変な声出すな……」

「頭撫でて、撫でて」

「こうか?」

「あふっ」

「なんだよおまえ、気持ち悪いぞ」

 まったく……

 しかし、なんというか、人をダメにする系の気持ちよさだ。

 このまま一晩過ごしたら、翌朝には俺はダメ人間になってるんじゃないか?


 でもそれも悪くないかな、と思いながら俺は目を閉じた。



さっき、あるラノベアニメ見てたら「第二階梯魔術」とか言ってて焦った件

関係ないからな!


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