04アムエルザ
「タクミ、何か考え込んでるけど、どうかしたの?」
アガズの部屋を出てから、ヘルマールに聞かれた。
「いや、大した事じゃないんだ」
「奴隷リングの事なら気にしなくていいよ。タクミが私にひどい事するなんて思ってないし……」
「いや、そうなんだけどさ」
それも気にしてはいるのだが、やはり最大の問題はアガズだ。
あいつは固有スキルに宝箱設置を持っている。何者だ?
シーフギルドとの縁はこの前切れたと思ったのに、何の関係もない所で宝箱設置のスキル持ちと出会うとは思わなかった。
指摘してもよかったのだが、あれが裏でシーフギルドと繋がっていたら地雷の真ん中を踏み抜くことになるし、そうでなくても周囲に隠している可能性がある。
それ以前に、俺が鑑定スキルを持っている事を迂闊に教えるのもよくない。
この情報は、しばらく俺の胸にしまっておこう。何かでアガズと取引する時に使えるかもしれない。
「それより、おまえは大丈夫なのか?」
「え? 何が?」
ヘルマールはとぼけて見せるが、大丈夫なわけがない。
入ったとたんに殺伐、殺し合いを始めようと脅しをかける、そしてトドメに奴隷リング。
こんな扱いを受けて心穏やかでいられるわけがない。魔術士ギルドがデモニックイーターを人間扱いしていないのはよくわかった。
ヘルマールはこんな所にいるべきじゃない。
委員長と情報交換したらもう用はない。さっさとこんな所は出て行こう。
委員長は、中庭にいるんだっけ?
「なあ、中庭ってどっちだ?」
「向こうだよ。そこの階段を下りて最初の扉を出ると中庭だよ」
ヘルマールは言いながら逆の方に歩き出す。
「あれ? どこ行くんだ?」
「ごめん。ちょっと用事を思い出した。私はこっち行くから、そっちは一人で行って来て」
「え? 大丈夫なのか?」
「迷うような所じゃないから大丈夫だと思うよ。じゃ……」
俺じゃなくてヘルマールの方が心配なんだけどな。
ヘルマールにとっては敵地のど真ん中で、戦闘も封じられているに近い。何かあったらどうするんだ。
委員長の事は放り出してでもヘルマールの方を追いかけるべきかと思ったが、迷っている間にヘルマールは廊下の角を曲がって向こうに行ってしまった。
「……」
まあいいか。
用が済んだら囁きで呼びかければすぐに合流できるだろう。
言われた通りの道順を通って中庭に出た。
建物の中はやたら威圧感があったが、空が見えるせいかとても広く感じる。
中庭の中央には噴水があって、それを囲むようにベンチが並んでいた。
まだ委員長は来ていないのか、人影は見えない。
俺は近くのベンチに座ろうとしたが、そこに先客がいた。
誰かが寝転んでいたのだ。
半そでの上着と長いスカートの女の子だった。年齢は俺と同じか少し上ぐらい。
服装はあまり魔術士っぽくないが、完全な部外者がこんな所にいるわけがない。やっぱり魔術士の一人なんだろう。
女の子は何をするわけでもなく、ボーっと空を見上げていた。
俺は少し迷ったが、隣のベンチに座った。近すぎるのも気まずいが、あんまり遠くに行くのも逆に失礼かと思ったのだ。
数分ほど待ったが、委員長が来る様子はない。
もしかして、すっぽかされたか。それとも、中庭が複数あるとかいうオチじゃないだろうな、と疑い出したころ。
「っ……痛たた……」
小さな悲鳴のような声が聞こえた。
隣のベンチで寝ていた女の子だ。
脇腹を両手で押さえて呻いている。具合でも悪いのか。
「なあ、大丈夫か?」
俺は声を掛けるが、少女は答えず、体を折り曲げて荒い息を吐いているだけだ。
「あ、あのさ……」
「だい……大丈夫です」
俺が背中に手を当てると、少女はさすがに俺の方を見た。が、這うような動きでベンチから降りて俺の手から逃れる。
なんか不審者みたいな扱いされたな。
「あなた、何者ですか?」
「俺は、タクミだ」
「そういう事を聞いているのではないのですが……」
少女は、困ったような顔になりながらも俺の方に向き直った。
「私はアムエルザです」
「そっか……何か、具合悪いみたいだけれど大丈夫か?」
「あなたには関係ない……痛っ」
アムエルザは腹を押さえて蹲る。
「何か悪い物でも食べたのか?」
「違いますよ」
少女はイラッとした風に俺を睨みながらも服の裾を大きく捲った。
「えっ?」
日焼けしていない白っぽい肌。そこに包帯が巻かれていた。
脇腹の辺りに少し血が滲んで赤くなっている。
急に肌を見せられたのでドギマギしてしまったが、別にエロい意味はなく、痛い理由を教えてくれたようだ。
……ブラの色が青系だったのも見えてしまったが、それは意識から消していく方向で。
「それ、ケガしているのか?」
「刺されたんですよ」
アムエルザは平然と言うが。
刺されたって……大事じゃないか?
いや、この世界じゃそんな珍しくないのか。魔物と戦ったりすればケガする事もあるだろう。
俺が無傷でいられるのはひたすら運がよかったのと、アイテム変化のおかげだと思う。戦いは危険なのだ。
「気分が塞ぎこんでいたから空を見ていたかったんだけど、部屋に戻って休む事にします。お騒がせしました」
アムエルザはそう言って立ち上がるが、数歩歩いただけでまたその場に座り込んでしまう。本当に大丈夫かよ。
「か、肩貸そうか?」
俺が近寄ってそう言うと、アムエルザは無言で片腕を上げた。
アムエルザに肩を貸してやりながら廊下を歩く。
「ご迷惑おかけしてしまって……」
「別に気にするなって……」
腕に柔らかい物があたる。なんか全体的に無防備な感じがたまらない。
「魔物と戦ってケガしたのか?」
「……魔物、ですか。そうですね、バケモノのような相手でしたが……」
どんな相手と戦ったのだろう。
まさかコボルトではなだろう。ウィスプの群れに突っ込んだとか? いや……あれの攻撃を受けたなら「刺される」という表現はないな。
じゃあ何だ?
そもそも、この少女はどれぐらい強いのか。ちょっと覗いてみよう。鑑定。
アムエルザ・アークマイン
攻撃: 46K
防御: 46K
追尾: 36K
回避: 34K
探知: 34K
隠密: 45K
適性:240K
スキル:ワーグ語、第一階梯属性魔術、煉獄属性魔術、晩花属性魔術、雷鳴属性魔術
固有スキル:デモニックイーター(嫉妬)
おいおいおい。またかよ。
デモニックイーター。ステータスの数値はヘルマールより微妙に弱いけれど、それでも俺なんかよりはかなり強いようだ。
というか、魔術士ギルドで新たに四人と会って、その内三人がデモニックイーターっていくらなんでもおかしくないですかね?
「結構ステータス高そうなのに、どんな敵にやられたんだ?」
「私のステータス知ってるんですか?」
おっと、失言だったか。まあいいや。
「魔術士ギルドで俺よりステータスが低い奴なんてそうそういないと思ったから言っただけさ」
「ウィスプ狩りに行けばいいじゃないですか」
「その最中に捕まってここに連れてこられたんだ」
「……いろいろあるんですね」
アムエルザは言う。
「私が戦った相手は魔物じゃありません。人間ですよ」
「人間?」
どんな人間だ? 化け物か?
いや、ヘルマールの様子を見ていた限りでは、デモニックイーターの固有スキルを持っているからと言って通常よりステータスが上がりやすいようではなかった。
逆に言えば、普通の人間でも同じぐらい魔物を倒し続ければ、同じぐらいステータスを上げられるって事だ。
こいつらどんだけ魔物狩ってるんだよ、という話だが。
ウィスプ狩りってそんなに効率いいのかな?
「人間って、魔術士ギルドを襲いに来た奴でもいたのか?」
このステータスを見るに、通りすがりの盗賊にやられるとも思えない。
「いえ、脱走しようとしたら追っ手が掛かっただけですよ」
「そっか」
こいつもデモニックイーターだからな、色々あるんだろう。
「追っ手って。どんな奴だったんだ?」
「嫌なやつですよ。あれも、デモニックイーターなんですけどね」
……結局デモニックイーターなのか。この世界の最強ランキングがあったら上位はそれで埋まっていると考えていいのか。
そんな事を考えている間に、アムエルザの部屋についた。
「ここでいいのか?」
「ええ、もう大丈夫ですから」
アムエルザは俺から離れると、壁に寄りかかりながら微笑んだ。
「ありがとう」
「あ、ああ……」
思ったよりもかわいい笑顔だった。
俺があっけに取られている間に、アムエルザは部屋の中に入ってしまう。
扉が閉じる音がして、ようやく我に返った。
いかんいかん、女の子の部屋の前でボーっと突っ立っているとかただの変態だ。俺はそこを立ち去る事にする。
でも、本当にかわいかったしな。そこそこ胸もあったし
いやいや、俺にはヘルマールが……。って何を考えてるんだ俺は。
と思いながら扉の方をちらりと振り返ると、アムエルザが顔を出して俺を手招きしていた。
え、何?
よく解らないが、近づいてみる。
耳元で、小声で言われた。
「イスフェルドには気をつけてください。あなたからは、珍しい固有スキルの匂いがします」
「は?」
匂い? 固有スキル? 何の事?
もしかして、あいつも宝箱設置を狙っているって事か? いや、既に宝箱設置のスキル持ちがいると言う事は、EXだからこそ、という可能性もある。
「気をつけるって、何を?」
「全てを、です」
アムエルザはよくわからない事を言い残して、扉をしめてしまった。
なんだったんだ?
イスフェルドって、さっきのデモニックイーターだよな。
説明のない《デモニックイーター(傲慢)》のスキルに何か秘密でもあるのだろうか。
「っと、こんな事をしている場合じゃなかった」
そろそろ中庭に戻らないと。委員長も来ている頃だろう。
いろいろがんばってはみたけれど、
委員長のターンは次回に延期するしかなかった。




