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01魔術士ギルドの手前


「あの町に空から入ると目立つからね」

 ヘルマールがそう言ったので、一つ手前の村の近くで地面に降りて、そこから先は陸路で進む事にした。

 ちなみに、この時点で王都から西へ移動し続けて一週間ほど掛かっている。もし徒歩だったなら三ヶ月ぐらいか。

 ホウキで飛べるって便利だな。

 まあ、そのホウキは俺なんだけど。


 いい天気だ。空は青いし風も気持ちいい。

 太い川にそって延びる街道を歩く。この道は舗装まではされていないが、平らにならされていて歩きやすい。

 人通りが多い所らしく、所々で馬車が俺達を追い抜いていく。

 川も船が行き交っている。イカダのような簡易な船が流れに乗って下っていく。


 道に沿って歩いていると、川の向こうに丸太が積み上げられていた。

 作業員のオッサン達が、一本ずつ川に落としては釘か何かを打ち込んで横に連結していく。

 さっき見たイカダみたいなのは、これか。

「あれは何やってるんだ?」

 俺が聞くと、ヘルマールも首を傾げる。

「えー? たぶんあれは、下流で解体して売るんじゃない?」

「あ。丸太を運んでるのか」

「この辺りには木こりの村がいっぱいあるんだよ」

「林業やってるのか」

「そう。で、ここから下流には鉄鉱山があるの」

「鉄鉱山? この世界にもそんなのあったのか」

「そりゃあるよ。この国では唯一の鉱山だけどね。その鉱山の近くには鍛冶ギルドが併設していて、日々新しい武器を生み出そうと苦心しているらしいよ」

「新しい武器、か」

 もしかして、鍛冶スキルで補正値とかも生み出せるのだろうか? できたとしても、シーフギルドが宝箱設置やってるのに勝てるとは思えないけどな。


 ……あ、今の。なんか物凄い未来に向かって伏線ぶん投げたような気がする。

 何か変なフラグじゃなければいいんだけど。


 ◇


 夕方ごろまで歩いて、ようやく目的の町にたどり着いた。

 魔術都市ベルハム。


 石造りの建物が並び、何台もの荷車が所狭しと行きかっている。

 人通りも多い。

 通りを行き交う人の三割ぐらいは、ヘルマールと同じような魔術士っぽい格好だった。

 だが、それを除けば……

「普通の町にしか見えないんだよな」

 俺が言うとヘルマールは笑う。

「まあ、ここは魔術士ギルドの本部に近いってだけだからね」

 なるほど。魔術士ギルドがあるから魔術都市……。

「ギルドの建物って、どこにあるんだ?」

「本当は、この町には連絡用の支部しかなくて、本部はまではまだ一日ぐらい歩くんだけど、一般の人は魔術士ギルドの敷地内には入れないから、ここが受付けの代わりになってるんだよ」

「へぇ……」

「魔術士ギルドは、王国の軍隊に戦闘用の魔術士を送っている組織でもあるからね。軍事拠点ともなっているんだ。だから、そこそこ重要視されてはいるんだけど……」

 軍事拠点か。

 ここも穏やかに見えるけれど、ここも結構殺伐としているんだろうか?

「この国って、どっかと戦争してたっけ?」

「戦争って言うか、魔王討伐の真っ最中でしょ?」

「魔王?」

 そう言えばそんな話もあったんだな。

 確か俺って、魔王と戦うために召喚されたんだよな。いろいろあって、すっかり忘れていたけど。

 こんな事やってていいんだろうか?

 そっち方面はクラスメートの奴らが頑張ってくれるだろうから、別にいいか。


 ふと思いついて聞いてみる。

「おまえは魔王とか会った事あるの?」

「ないよ。南の方って行った事がなくて」

「そっか……」

 魔王ってどんな風なんだろうか? 異世界に来たんだから一度ぐらいはそういうのにも会っておきたい。

 やっぱり魔王と言うぐらいだから、ヘルマールより強いんだろうか?

「あとは、この辺りにはダンジョンも多いからね。ダンジョン産出物もそこそこあるんだ」

「へえ」

 そう言えば、ここに来た目的は、魔術適性をあげるため、だったか。

「元はと言えば、魔術士ギルドがここにあるのも、そのダンジョンを利用するためっていう側面が多いんだけどね」

「って事は、この町は交易拠点にもなってるのか」

「そういう事」

 そういう目で見れば、商人も多いような気がする。さっきも道を行くのは輸送系ばっかりだったしな。


 さて、俺達はどうするべきか? 魔術士ギルドに挨拶でもすべきか?

 いや、待てよ?

「なあ。おまえ、魔術士ギルドに近づいたらまずいんじゃなかったっけ?」

「ん……それは、まあ、そうなんだけど……」

「この町に来るのも本当はヤバイんじゃないかのか?」

「んー、それは、まあ、そうなんだけど……」

 ヘルマールは何か言いにくそうにもごもごしていたが、

「とりあえず、見つからなければ問題ないよ。私だって、一応は用心しているからね」

 ふと思いついて空を見上げると、ホウキで飛んでいる人がたまにいる。その人達同士では上空ですれ違うと挨拶していたりして……。あれは全員魔術士だろう。

 あの中にヘルマールが割って入ったら魔術士ギルドの耳にはいる事間違いないしだ。確かにまずい。

 この町に飛んで入るのを避けたのも頷ける。


 そんなこんなで町の中を歩いているうちに日も暮れてしまった。

 ヘルマールの案内で町の川沿いへと向かう。そこには港があって、その近くにはいくつもの露天が並んでいた。

 露店の一つで、妙な物を見つけた。

 肉とジャガイモを鉄串に突き刺して炭火で炙った料理だ。

 バーベキューかな?

 夕食はこれにする。

 オーソドックスだが、なかなかおいしかった。


 食べ終えてから二人で歩いていると、急にヘルマールが俺に腕を絡ませてきた。

 俺は何か嫌な予感がして、恋人の囁きの方で聞く。

(おい、ヘルマール。どうかしたか?)

(な、なんでもないよ)

 ヘルマールの顔を見る限り、とてもそんな様子ではない。何かにビクついているようにしか見えない。

 魔術士ギルドの顔を知っている誰かとすれ違ったとか、そういう系じゃないだろうな?

(やっぱり、こんな町には来ない方がよかったんじゃないか?

(大丈夫だよ。心配性だなぁ)

 ヘルマールは笑うが、顔が引きつっていた。

(もう、宿屋をとって休もうか?)

(そうだね)

 部屋に引きこもっていた方が変なのと遭遇する確率は下がるだろう。

 今日は一日中歩き通しだったから足も疲れてるしな。


 町の端の方にある宿に泊まる事にした。

 恰幅のいいおばさんが出迎えてくれる。

「旅人さんかい? 一泊は二人で銀貨一枚だよ」

 王都と同じ値段か。でも、こっちの方が少し広そうだな。

「お湯はある?」

 ヘルマールが聞くと

「体を洗うのかい? うちはシャワーがあるんだ」

「無料で使えるの?」

「まさか。一回銅貨五枚だよ」

 んー? これはちょっと高くないか?

 いや、王都の宿屋と同じ値段なんだけど、あのお湯は二人で使ったからな。実質二倍だ。

 俺がそう考えていると、ヘルマールがとんでもない事を言い出す。

「それって二人一緒に浴びるってのはあり?」

「……ああ、別にいいけど。あんた達って兄弟なのかい?」

「違うよ。恋人だよ」

「ふーん? 好きにしていいけど部屋は汚さないでおくれよ」

 割と軽くスルーされた。

 こういう客って多いのかな?


 お金を払ってから、建物の奥へ。

 案内されたのは小さな部屋だった。

 床は石張りになっていて、隅の方に排水溝がある。

 天井には魔法陣のような物が描かれていた。なんだあれ?

 部屋の隅には、頑丈そうな木箱がある。

「脱いだ服を入れるのはそこの箱だよ。準備できたら声をかけてくれ」

 そう言っておばさんは部屋から出て行くと扉を閉めた。


 俺達は互いに逆の方を向いて、いそいそと服を脱ぐ。

 俺達は最後までやった関係ではあるが、それでもまだちょっと恥じらいはある……のは俺だけのようで、ヘルマールは平然としていた。

 服を脱ぎ終わった俺の前に回りこんでくると……

「今日は歩いたからね。汗でベトベトだよ」

 わざとらしくそう言いながら、俺に抱きついてくる。

 おい。

(壁一枚の向こう側におばさんがいるんだぞ。あんまり変な事をするのはやめろ)

(見えてないんだからいいんだって)

(そういう問題じゃなくてな……)

(だったらどういう問題なのさ)

 ヘルマールは俺の顔を見上げながらニヤニヤ笑っている。

 俺がどう答えようかと迷っていると。外からおばさんの声が掛かる。

「まだかい?」

「あ、もういいよ」

 ヘルマールが答える。

「お湯は三分しか出ないからね。じゃあいくよ。《ホットレイン》」

 え? 今の魔術?

 俺達が困惑していると、天井の魔法陣からお湯の雨が降って来る。

 シャワーすら魔術で解決するとは、魔術都市、恐るべし。

「急いだ方がいいよ。砂時計はもうひっくり返したからね」

「あ、はい」

 時間制限があるのは魔力の都合だったのか。


 俺達はいちゃついたりせずさっさと体を洗った。


 シャワーを浴び終えると部屋に連れて行かれる。

 大きめのベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だ。


 俺達はさっきまでの服は着ていない。

 おばさんが銅貨二枚で売ってくれた布の服に着替えている。

 デザイン的には病院の検査着に近いような気もする。この世界の浴衣のような物だろうか?

 かなり薄い布でつくられていて、光を浴びたら透けて見えそうだ。

 それに丈があまり長くない。今の俺はパンツすらはいていないから、ちょっと油断したら見えてしまう。

 そしてそれはヘルマールも同じだった。

 俺より一回りか二回り小さい服を着ていて、膝上何十センチといった状態。

 ただ立っているだけでも、ヒラヒラと端の方がめくれそうで、裸の時よりエロさが増してしまった気がする。

 俺は目を逸らした。

「うー、さっぱりした……」

 ごまかすように言いながら、濡れたままの頭をタオルで拭く。


 でも、気持ちよかったのは本当だ。

 魔術で直接お湯を出しているだけあって、熱かったし、真上からと言うのもよかった。

 頭をちゃんと洗えたのは久しぶりのような気がする。

 これなら、倍の値段だったとしても損したとは思わなかったかもな。

「よっ、と」

 ヘルマールはベッドに背中から着地する。

 服のすそが大きく捲れ上がってへその辺りまで見えそうになった。

 もちろんそこより下は丸見えだ。

 さすがに俺も動揺を隠せない。

「お、おなか冷やすぞ。その格好はよくない」

「じゃあタクミが暖めてくれればいいじゃん」

 ヘルマールは服の裾を直そうともせず、言う。

「ねえ、タクミ」

 ヘルマールはニヤニヤ笑いながら俺の方を見る。

「隠さなくていいよ。この一週間、ずっと移動でそれどころじゃなかったけどさ。本当は私もやりたかったんだよ?」

「あ、ああ……そうだな」

 俺はベッドに上がると、ヘルマールの服の裾を直す。

「あれ? やらないの?」

「いや。でも順番って物があるだろ? 風邪を引いたら気持ちよくなれないからな」

 俺はヘルマールの背をそっと抱き起こすと、唇にキスをした。

 それから後ろに回って湿った髪をタオルで拭いてやる。

「えへへ。順番かぁ」

 そうそう、順番に一つずつな。


 そんな事をやっていたせいで、夜更かししすぎて、翌日は昼ごろに目を覚ます事になるのだけれど、それはまた別の話である。



気のせいかもしれないけど……、

この町二度と出てこないかも、と思った。


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