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33ミミックランドの最後(後)


 廃墟と化したミミックランドの中を歩く。

 背中から、ヘルマールが弱々しい声で言う。

「お兄さん、もう無理だから。一人で逃げてよ……」

「タクミって呼べって。ほら、もうすぐのはずだから」

 石ころの破片が転がる地面を歩き、壁に開いた穴を潜ると、目的地についた。

 ロクシエール達と対峙した部屋だ。


 入ったら、すぐ近くにロクシエールの上半身が倒れていた。左手にはまだシキノクリスを握り締めている。

 俺は、それからは目を背けて部屋の中央に立つ何本もの棒の方に近づく。俺達を閉じ込めたトラップだ。

 その隣にヘルマールを降ろす。

「ダメだって。あの光線は魔術じゃないって言ったでしょ。この棒じゃ防げないよ」

「それはたぶん、もう撃ってこない」

「どっちにしろハイパーミミックならこんな棒、力づくで壊せるし」

 それも解っている。

 保険と言うか、気休めだ。

「《スターガン》」

 俺が星型弾を撃ち込むと床に穴が開いた。

 床板を引き剥がしてみると、そこには何か棒や歯車やバネがゴチャゴチャと仕掛けられていた。

 やっぱりだ。

 下から棒が出てくるのなら、そのための装置も床下にあると睨んでいたのだ。

 装置の隙間なら、人一人ぐらいは入れそうだった。

 俺はその隙間にヘルマールを押し込む。

(どうする気なの)

(もっと遠くまで逃がしたかったけど、時間がなさそうだからここでガマンしてくれ)

 隠れ場所としては頼りないが、何もしないよりはマシだ。 


 次だ。

 ロクシエールの死体に近づく。

 目当てはシキノクリスだ。ハイパーミミックの防御力は高い。ヘルマールの火力ですらトドメを刺しきれなかった。これを使う以外に、俺があれを倒せる可能性はない。

 だが、取り上げようとしたら、なんだか凄い力で握り締めている。

「し、死んでるんだよな?」

 顔の方を見たら、虚ろながらも怨念の篭った目で見つめられている気がした。

 グリップを握る指を、一本ずつ剥がしていく。

「このっ……」

 取り上げるだけで一分ほど掛かってしまった。

 なんかシーフギルドの怨念が篭っているような気がする。

 実際篭ってるんだろうな、即死効果の武器なんて、ろくでもないエピソードがあるに決まっている。

 問題はこれをどうやって刺すかだ。

 既に俺もロクシエールと同じ思考に嵌ってる気がする。即死武器が意外とショボイのはゲームでもよくある事。確率が低いとか即死耐性とかボスに効かないとかあるからな。


 その部分が信用できるとしても、とにかく攻撃を当てない事には話にならない。使えば即死ポイントが見えるとか言っていたが、どういう風に見えるんだ?

 ぶっつけ本番は怖い。

 ちょっと試してみるか。


「《宝箱設置》」

 一個、レッサーミミックを出して、シキノクリスを構えてみる。


 途端、風景がセピア色に変わった。

 眩暈のような視界の歪み。体が揺れている感覚……。これもしかしてヤバイ武器か?

 とにかくレッサーミミックを刺す必要がある。

 歪む視界の中、レッサーミミックに焦点を合わせる。葉脈のようなぐにゃぐにゃ枝分かれする光線がレッサーミミックの全身を走っている。

 どこだ? 弱点はどこだ?

(後ろ側だ)

 何かに囁かれたような気がした。

 レッサーミミックを刺激しないようにそっと反対側に回り込むと、光の線が集中する根元のような物が見えた。

 宝箱のような胴体の本体と蓋を繋ぐ蝶番の一つだ。

(刺せ!)

 そこにシキノクリスを突き刺す。


『キシャーッ!』


 レッサーミミックは凄い悲鳴を上げた後、光になって消えた。

 倒せたようだ。

「よし……」

 視界が元に戻った。これ、ずっと発動してると最終的に発狂しそうな気がする。あんまり多用しない方がよさそうだ。


 とりあえず俺でもシキノクリスを使える事はわかった。けれど相手は起動中のハイパーミミックだ。

 ハイパーミミックはある程度ダメージを受けている。動きも鈍っていた。

 ロクシエールが挑んだ時よりは条件が軽くなっているとは思うが、しかしシキノクリスだって、当てられなければダガーナイフと同じだ。

 攻撃を命中させるには、相当な素早さが必要だろう。

 ステータスを素直に信じるなら俺に勝ち目はない。

 何かを囮にして背面から襲うか……。


「……おい」

 考えていると、誰かに呼ばれた。

 床を見ると、大神官が血を流しながら這っていた。

「生きてたのか?」

「死んで、たまるか……」

 悪運の強い奴、ってこういう時にいうのかな。

 即死していた方が、ずっと楽だったろうに。


「戦おうとしているのか? そんな物で勝てるわけがなかろう」

「うるさい」

「バカな事をやっている暇があるなら、私を担いで逃げろ」

「なんでそんな事しなきゃいけないんだ?」

 まず俺は逃げるわけにはいかない。

 王宮にアリスを預けてきてしまった以上、クラスメートが出撃する事態は絶対に避けないといけない。

 そして王宮の戦力はアテにならない。

 つまり、俺が一人で何とかするしかないのだ。


 ……という状況を無視するとしてもだ。

 もし逃げるならヘルマールを背負って逃げる。

 大神官なんか見捨てるどころか、ついでに殺していこうかと思いたくなるぐらいだ。誰が助けてやる物か。


「なんだその目は? 私は、何も悪い事をしていないぞ……」

「いやいや、めっちゃ悪い事してただろ」

 この大神官は……、人を誘拐して奴隷リングをつけて従わせている組織の存在を知った上で、その組織が探している人材を発見し報告する役目を負っていた。

 悪じゃなかったら何なんだ?

「あれは悪い事ではない」

「俺は悪い事だと思う」

 俺はこっちの世界の倫理観なんて知らない。

 それでも『私利私欲のために人を殺すのは悪』という価値観ぐらいは共有できているものだと思っていたのだが……。

 まさか違うのか?

 俺が大神官をじっと見つめていると、大神官は慌てて首を振る。

 やっぱりこっちの世界でも悪のか。

「わ、私には責任はない」

「嘘をつくなよ。おまえが始めた事じゃないか」

「違う……。私がこの仕事についた時には、最初からこうだった。五百年前からこうだったんだ」

 ああ、そうだっけ……。

「そうだとしても、おまえの代で終わりにすればよかったのに」

「そんな事ができると思うか……」

「できない理由は?」

「逆らえば、殺されるのだ!」

「そうか」

 従った結果、今、死にかけている。

 逆らっても結果はあまり変わらなかっただろう。

「なぜ私が死ななければならない! こんな所で!」

「そういう運命だったんだよ」

「先代も、先々代も、穏やかに老衰で死んだのだ! なぜ私だけがこんな目に合う!」

「ああ……」

 ダメだなこいつ。

 自分が失敗したのは運が悪かっただけだと思っている。

 自分のやった事が、ブライアンその他から殺されてもおかしくないほど恨まれているって事をまるで想像できていない。

 あるいは、そんな反乱で自分がダメージを受ける事はないと考えていたのか。


 権力を自分の力と誤解して思いあがった人間のクズ。


「我々が、王国にどれだけ貢献したと思っている……。王国には、我々が必要なのだ」

「俺にとっては必要ないよ。おまえらじゃなくて、王国その物が」

「……なんだと? 何をバカな事を言っている。誰のおかげで生きながらえていると……」

「少なくとも、おまえらのおかげじゃないだろうが!」

 俺はとうとうキレた。

 こいつ、ふざけすぎだ。こっちを怒らせたくてやってたのか?


「俺達だってな! 勇者召喚とか言う誘拐まがいの方法でこの世界に連れ込まれたんだよ! 王国が滅ぼうがどうなろうが、知ったこっちゃないんだ! 黙れ! 死ね! むしろ殺すぞ!」


 俺だって、ブライアン達と同じだ。

 奴隷リングこそ嵌められていないが、帰り道を完全にふさがれていると言う意味では。

「な……。なら、おまえはなぜ戦うのだ……。何もかも捨てて、逃げればいいではないか。確かに我々は人質をとったが、あくまでこちらの世界の人間。おまえは見捨ててもよかったんだ。……今だってそうだ。何ぜ逃げない。それとも自殺志願者か?」

「知るか」

 自分でもよくわからない。

 けど、アリスみたいな境遇の人には同情してしまうし、自分がここで逃げたらそういう境遇の人が増えるのは確かだ。それは嫌だ。

 その程度の理由でしかない。


「ずっと何もかもヘルマールに頼りっぱなしだったんだ。こんな時ぐらい、頑張ってもいいだろ……」


 ギシギシと上の方から音がする。

 建物が崩れるのか? ハイパーミミックと戦う事ばかり考えていて失念していたけど、その可能性はある。

 ヘルマールが魔術を使った時、既に同じ規模の建物がいくつか倒壊している。

 ここもダメかもしれない。

 ここに来た目的はシキノクリスであって、戦いが屋内である必要はない。ヘルマールを連れて逃げるべきか?


 だが、違った。

 天井に穴が開いて何かが降って来た。

 ハイパーミミックだ。

 瓦礫と共に大神官を押し潰し、床に突き刺さった。


 作戦も心の準備も何もないままに……ボス戦の始まりだ。


 とにかくシキノクリスだ。

 風景がセピアに染まって歪んでいく。

 弱点はどこだ?

(胸だ)

 ……なるほど。光の線は、女神像の胸部に集まっている。

 ハイパーミミックの内側がどういう構造になっているのかわからないが、心臓に相当する器官があるのかもしれない。


 あとは、どうやってそこを刺すか。

 ハイパーミミックは台座にのった女神像の形をしているから、かなり高い位置にある。

 俺の身長ではちょっと刺しづらい。

 それに、近づくには、どうしたらいい?


『クカカカ……』


 俺が迷っている間にもハイパーミミックは動き出す。

「《宝箱設置》」

 一瞬でもいい。ハイパーミミックがこれに引っかかって動きを止めてくれるなら。

 そう思って設置しただけだった。

 だが。


『クカカ?』


 ハイパーミミックは動きを止めてレッサーミミックを見下ろしている。


 なんだ?

 これ、囮か何かに使えるのか? そんな物だとは思っていなかったが……。

 なんでもいい、ヤツを倒すチャンスだ!


 俺は、そっとハイパーミミックの後ろに回りこむ。正面からの接近は危険だ。とにかく後ろから距離をつめて、攻撃の隙を……?


『クカカ……』


 女神像の首が180度回転してこっちを見下ろしていた。

「っ!」

 後ろ回し蹴り。


 俺は成すすべもなく吹き飛び、壁につき刺さった。

 体が動かない。……アイテム変化が発動してオニギリになったようだ。

 謎スキルがこんな風に活きるとは。


『クカ?』


 ハイパーミミックはこれを予想できていなかったのか、動きが止まった。

 ヘルマールを隠した檻の横を通り過ぎ、ゆっくりとこっちに近づいてくる。


 どうする? この状態でやり過ごすか? それとも?


 と、ヘルマールが床の下から上半身を出す。

(タクミ、無事?)

(ああ。おまえは隠れてろ)

(まだ、奥の手がある。タクミはそのままでいて)

(奥の手?)

(近距離で、しかも油断している相手にしか使えないけど、今ならいけそう)

 ヘルマールがそう言うんだ。信じるしかない。


 ハイパーミミックは俺の柄をつかむと、壁から引っ張りぬいて持ち上げる。意識が完全に俺に向いているその刹那。

 ヘルマールが檻の隙間から手をこちらに向ける。

「《シャットダウン》」

 呪文を唱えた。

 とたん、ハイパーミミックの動きが止まった。

 意識を失ったのか?

(ミミックって魔術適性が低いから、これは効くと思ったんだよね)

 よくわからないが、たぶん最後のチャンスだ。

 俺は人間に戻る。

 足首を捕まえられて、逆様にぶら下がっている状態。

 だが、ハイパーミミックの弱点は目の前だ。

「こんのっ!」

 反動をつけて、両手で渾身の力を振り絞って、シキノクリスを突き刺した。


『クカッ?』

 ハイパーミミックは急に動き出し、俺を振り飛ばした。

 心臓か何かを突き刺されたのだ。さすがに意識も戻るだろう。だがもう遅い。


『グガガガガガガッ? ガアアアアアアアッ?』


 物凄い悲鳴を上げながら。ハイパーミミックは体を振るわせ、光になって消えた。


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