32ミミックランドの最後(前)
とりあえず、俺はホウキに変化しなおして、ヘルマールは離陸する。
ほぼ同時に、壁を叩き壊して飛び出してくるハイパーミミック。
バラバラ飛び散る石の破片を避けながらヘルマールは上空へと退避する。
(勝てるのか?)
(余裕だよ、あいつは飛べないからね。上空から爆撃してやれば……)
『クカカカカカ』
女神像の目が爛々と光った。レーザー攻撃の予兆。
「っ! 《ディフュージョン・ウォール》」
光の壁が展開される。
だがダメだった。
放たれた無数のレザー。それらは何に妨げられることもなく直進し、その内の一本がヘルマールの足を貫いた。
「あちっ!」
悲鳴。そしてガクリと落ちる。そのまま墜落するかと思ったが、なんとか持ち直した。
(ヘルマール。しっかりしろ?)
(だ、大丈夫。傷は浅い……)
防御のステータスが高くてよかった。さもなくば、膝から先が吹き飛んでいたはずだ。それでも血がでているが……。
(上空は無理だ。低空飛行しながら建物を壁にしよう)
(そだね)
急降下、ミミックランドの建物と建物の間を駆け抜ける。
(しかし、ヘルマールが出した壁を貫通するとは、そんなに強いのか)
(違うよ。あれは私のミス)
(ミス?)
(あの壁、魔力を散らして攻撃の方向を逸らす物なんだ。だけど、ハイパーミミックの攻撃には魔力がなかった。見た目に騙されて属性を勘違いしてたよ)
なるほど。
光を生み出す魔術でレーザーを撃っているなら、レーザー自体に魔力はないのか。
いや……ハイパーミミックのステータス。攻撃は高いが、魔術適性は低かった。
あのレーザーに見える攻撃は、投石や弓矢のような物理攻撃なのかもしれない。
だが、横手から建物の壁を突き破って迫ってくるハイパーミミック。石の壁を障子紙のように破りながら、追いかけてくる。
完全にこっちに狙いをつけている。俺達を脅威と感じているのか。
乱射されるレーザー、壁を盾にしてやりすごす。
ホウキは速度があるので逃げられるが、それ以外のすべての要素でこっちは不利だ。
(これ、勝てるのか?)
(ちょっとわかんない。あれの追尾と回避いくつあるの?)
(追尾74K、回避51Kだな)
(マジで? それ私の攻撃当たらないし、向こうの攻撃は避けられないよ?)
ヘルマールは回避38kの追尾44K。初撃で致命傷を受けずにすんだのって奇跡に近いよな。
(なんとかならないのか?)
(避けられないならシールドを張ればいいし、回避されたくなかったら範囲攻撃をすればいいんだけど……どっちも燃費がよくないし……)
(あと、範囲攻撃って威力低かったりしないか?)
(それもあるね。どうにかして短期決戦に持ち込まないと……)
(動きを止めてみるとか?)
(うーん? 行けそうな方法はあるんだけど、射程距離が……)
敵の動きを止めるために敵の動きを止めなければいけないという。なんだこの矛盾。
ヘルマールはにやりと笑う。何か思いついたのか?
(もうミミックランドの中には、殺したらまずい人っていないよね?)
(多分そうだと思うけど……)
(じゃ、ちょっと大技使ってみようか!)
ヘルマールは上空へと駆け上がる。
「《ブリップ・ファクシミリ》」
呪文と同時に無数のヘルマールの分身が出現した。
ホウキに乗った魔女っ娘の群れ。
どれもが全く同じに見える。
(なんだこれ?)
(分身、ただのデコイだよ。十秒も持たないけどね。それだけあれば十分)
ハイパーミミックはこちらを見上げる。
青空に向かって乱射される無数のレーザー。
生み出されたばかりの分身があっけなく砕けていく。
これは時間稼ぎだ。地上からレーザーが執拗に撃ち込まれるが、本体にダメージはない。
そして本命。
「《アブソリュート・フィールド》」
ズオン、ゾズズズズズズズズズズ
地面が石臼のごとき音を立てる。
白い霧のような物が広がり、霜がミミックランドを覆っていく。
『クカカカ?』
驚いたように辺りを見回しているハイパーミミック。
千を越えるコボルトの動きを止めた範囲凍結呪文。
さすがのハイパーミミックもこれは逃れられない。
女神像の土台の部分が地面にくっついてしまったのか動きが止まる。
「《スターガン》」
ヘルマールが呪文を唱えると、空中に星型弾が浮かぶ。
だが、発射はしない。呪文はまだ続く。
「《デュオ》《トリオ》《カルテット》《クインテット》《セクステット》《セプテット》《オクテット》……《ノネット・スターガン》」
星と星を融合させ、圧縮に圧縮を重ねた強化星型弾が撃ち込まれる。
だがその寸前に、バキッ、と音がしてハイパーミミックは倒れた。凍結から力づくで足を引き剥がしたのだ。
強化星型弾は空振り。地面を抉ってクレーターを開けるがハイパーミミックは無傷だ。
「しまった!」
必殺の一撃は、失敗に終わった。
ハイパーミミックは氷りついた地面の上をノソノソと移動しながらレーザーを乱射してくる。
「《シールド・スフィア》」
シールドを展開して強引にレーザーを防御。
攻撃は防げたが。球体のシールドが少しへこんだ。
ヘルマールは急降下。建物と建物の間に隠れる。
(まずいな。あれでもダメとなると、通用する手って、残ってるかな……)
(あのミミック、そんなに強いのかよ)
(強いね。暴食の変態よりよっぽど強いよ)
なんだよ。その暴食の変態って。業が深そうな名前だな。
(あ、でも同じ手が通用するかもしれない、一応試してみよっと)
少し上昇して建物屋根の上に着地。そしてヘルマールは手を掲げる。
「《ハイパープレジア・サーキット》」
ヘルマールの手から青白い光の弾が生み出された。それはスパークを散らしながら空中で次々に分裂、増殖していく。
(うーん、この辺りはちょっと魔素が少ない気がする)
(少ないと何かまずいのか?)
(あの魔術、勝手に増殖していくんだけど……威力が最大になるにはちょっと時間掛かるかも)
ヘルマールの言う通り、雷の弾は少しずつ成長していき、二十秒ほどに一度の割合で二つに分裂する。
確かにこれは時間が掛かりそうだ。
間に合うかな?
壁を破壊しながら、ハイパーミミックがこっちに近づいてくる。
建物の中に入り、俺達の真下で動きが止まった。
『クカカカ』
こちらが何か企んでいるのは見抜かれているらしい。今はレーザーを乱射して天井を突き破ろうとしているようだ。
屋根を貫通して数本のレーザーが空へと飛ぶ。
ヘルマールは慌てて上昇するが、雷の弾は置き去りだ。
(これ、まずくないか?)
(うーん。あと三分ぐらいあれば、たぶん……)
そんなやり取りをしている間に、とうとう屋根が穴だらけになり崩れ落ちた。
さらにレーザーが放たれた。被弾した雷の弾は形を維持できなくなって弾け散る。
(あーあ、もうダメだ。増える速度より潰される方が速い……)
(これもダメか)
どうしろっていうんだ。
「こうなったら、最後の手段。これ使っちゃうもんね」
ヘルマールがポケットから取り出したのは、いつぞやの《爆炎の魔石》だ。
十分間だけ火属性魔術の威力が二倍になるという。
範囲攻撃で火力が下がるなら、それを魔石で補う気か。
魔石とはどうやって使う物か、と思っていると、ヘルマールは躊躇いもなく魔石を飲み込んでしまう。
(そうやって使うのか?)
(うん……十分ぐらいすると胃が拒絶反応を起こして吐いちゃうんだけどね)
効果が十分限定なのってそういう理由かよ。
「《スカイロケッティング・フレア》」
ヘルマールが呪文を唱えると、空を莫大な炎が多い尽くした。
炎は実体があるかのように動き、操られ、渦を巻き、直径数メートルの巨大な火炎弾をいくつも生み出す。
その火炎弾が、ミミックランドに降り注いだ。
爆音が連鎖する。
石造りの建物が粉砕され、木材が燃え上がり、破壊される。
建物が二つほど消し飛んで見通しがよくなったミミックランドの敷地。
その真ん中で、ハイパーミミックがこちらを見上げている。
辺りが炎に包まれているのに、まるで気にしていない。
「まだまだぁ!」
小さな炎の弾がいくつも撃ち出され、ぐにゃぐにゃと変な軌道を描きながら飛んでいく。
さらにレーザー、赤い光線が何本もハイパーミミックの周囲に降り注ぐ。
だがハイパーミミックは攻撃を避けなかった。
全てを正面から受け止める気だ。
(これ、たぶん逃げ回る敵を追い回す技だと思うんだけど、空気読めないなぁ。もう直撃させちゃえ)
レーザーがする。
そしてダメ押しのように落ちるのは直径十メートルを超えた巨大火炎弾。
大爆発が起こり、砂埃が上がった。
(やったか?)
死亡フラグだと解っていても、そう思わずにはいられなかった。
それほどの破壊。
いくら魔物とはいえ、ここまで火力を叩き込まれて生きていられるわけがない。
だがヘルマールは冷静に言う。
(あ、ダメっぽい。ステータス来ないや)
(は?)
ああ、なるほど。この世界だとそういう死亡確認もあるよね。
煙が張れる。
赤熱し、土が熔けてすり鉢状になった真ん中にハイパーミミックが立っていた。
さすがに無傷とは行かなかったようで、女神像の片腕がなくなっていたが、死んではいない。
『グガガガガッ、ギィッ!』
ハイパーミミックは奇声を上げて体を折り曲げる。
(耐えちゃったよ……タクミ、どうしよう?)
(俺に聞かれてもな……。一度、逃げて作戦を練り直した方がよくないか?)
(いや、さすがにノーダメージではなかったようだし、魔石も八分ぐらいは有効だよ。同じ呪文をあと四回叩き込めば……)
だが、ハイパーミミックは体を折り曲げる。何の予備動作かわからないが……。
「っ! 《シールド・スフィア》」
ヘルマールはとっさに防御する。だが、シールドはガラスのように砕け散り、何かがヘルマールの腹に叩きつけられた。
「がっ?」
ヘルマールは白目を向いてバランスを崩す。
何をされた? 俺に見えたのは、手だった。
女神像のなくなった手が、飛んできたのだ。
ロケットパンチ? いや……投げたのか?
だが今はそんな事どうでもいい。
ヘルマールは、ホウキから落ちた。
(ちょっ、おい。しっかりしろよ!)
この高さはちょっとマズイ。
俺は空中で人間に戻りながら考える。
こういう時に使える魔術があったはず。
なんだ、どんな呪文だっけ、一回見たぞ。
……あれだ、多分風属性、俺でもいけるか。
「《エア・バッグ》」
殆ど賭けだったが呪文は発動した。
空気の風船のような物が出現して、俺とヘルマールはそれに受け止められ、地面を転がる。
痛い……でも生きている。
「おい、ヘルマール、しっかりしろよ」
俺は隣に倒れているヘルマールを揺するが返事はない。
抱き起こす。息はしているし脈もあるが……
囁きの方で呼びかけてみる。
(おい、返事できるか?)
「っ? うぐっ? ……げほっ、うえええええええ」
とたん、ヘルマールは俺を突き飛ばしてそっぽを向いて、吐いた。
吐瀉物の中には血が混じっていた。砕けて色の変わった魔石も含まれている。
まだ十分は経ってないが……実質時間切れか。どっちにしろもう戦闘不能だろう。
よろよろと近づいてくるハイパーミミック。
移動速度は遅くなったし、レーザーを撃ってくる様子もないが、まだ敵としては脅威だ。俺が勝てる相手ではない。
俺はヘルマールを背負うと、走ってその場を離れる。
(ごめん、失敗した、タクミ、逃げて……)
「置いてけるわけないだろ……」
実質、俺の都合に巻き込まれただけなんだから。ここでヘルマールを死なせるわけには行かない。
しかし、どうしたらいい?
逃げ切るのは多分無理だし、ヘルマールなしでハイパーミミックを倒す手段なんて……
「……なくも、ないのか?」
一つ思いついた。
少なくとも、試してみる価値はあるか?




