29こちらも人質
昼間。
俺はホウキに変身して、ヘルマールはそれに跨って町の上を飛ぶ。
ミミックランドを上空から偵察しているのだ。相変わらずのステルス能力で、下からは見つかる心配はないらしい。
ミミックランド。外からマトモに見たのは始めてなのだが、高い塀に囲まれた敷地の中に、石造り五階建ての建物がいくつか建っているだけという、シンプルな構造だった。
外から見る限りでは、人の動きはない。
(もっと、警戒しているものかと思った)
俺がそう念じると、ヘルマールも頷く。
(まだ私達がここまで来てることには気付いていないのかもね)
声に出さずに会話する。
恋人の囁きとかいう魔術はちゃんと発動しているようだ。これに関しては、練習とかした覚えがないんだけど……ヘルマールは昨日の夜、俺に何をしたんだろう?
まあ、便利だからいいけど。
(タクミ、これからどうする?)
(どうしよう……アリスの居場所とかわからないかな?)
(ここから見てるだけじゃ、わからないよね)
方針を立てようにも、なんの情報もない。
(この前みたいに、中に入って探るってのはどうだろう?)
(いや、それはダメっぽい。地面に砂が撒かれているのわかる? あのあたりに……)
言われて見れば本当だ。石畳の上に、砂が広がっている所がある。
あそこの上を歩いたら、足跡が残ってしまうだろう。
ステルス系に対する原始的だが効果的な対策。建物の中にも同じ仕掛けがあると考えていい。
面倒な相手を敵に回してしまったようだ。
(じゃあ魔術で調べるのは……)
(やるだけやってみる?)
「《ターミナス・コンパス》」
ヘルマールが呪文を唱えると空中に矢印が出現するが、方向が定まらない。
(タクミ、これはちょっと難しいよ。武器屋を探した時の比じゃないかも……)
(そっか……)
これは、キツイな……。
(いっそ正面から乗り込むっていうのは?)
(それが一番手っ取り早いけど……アリスを人質に取られた時にどう動くかが問題だよな)
(だよねー。あーあ、人質がいなければ、メテオでドーンすれば終わってたのに)
いや、何もそこまでする必要はないだろう。
しかし、どうしたものか。
何か攻略のヒントはないだろうかと出入りしている奴を片っ端から鑑定していくが、どいつもこいつもシーフっぽいスキル構成のやつばかりだ。
服装は、そこらへんの町人っぽかったり、冒険者のような皮鎧を着て剣を下げていたり……一般人に変装して、ミミックランドの客の振りをしているらしい。手が込んだ事をやっているんだな。
鑑定。鑑定。鑑定……。ん? 今、なんか変な奴がいたような気がする。
もう一度鑑定。
ウィルワード・リグルス
攻撃:180
防御:150
追尾: 80
回避: 75
探知: 80
隠密: 60
適性:250
スキル:ワーグ語、マズラグ語、光府魔術、鑑定(対人)
固有スキル:スキル説明文解放、ステータス強制表示、スキル説明文強制捏造
この無茶苦茶な固有スキル。どこかで見た覚えがある。城にいた大神官か?
(なんで大神官がこんな所に?)
しかも、冒険者の変装だ。仲間の冒険者っぽいのも何人かいるが、鑑定した限りでは騎士団が変装して護衛している様に見えた。
お忍びで来ているのか? 何のために?
いや。こいつはシーフギルドと一緒になって、宝箱設置のスキルを隠蔽していたのだから、それなりに繋がりもあるはず。これは想定の範囲内、なのか?
(あのインチキの人、こんな所に出入りしてるんだ……なんとかできないかな?)
少し怒りのこもった感情を向けているヘルマール。
ステータスに変なもの書き加えられて、まだ消えてないんだよな。こんな状況でなかったら、捕まえて脅して消させていただろう。
まてよ?
これって、シーフギルドの側が、勝手に自分の弱点を増やしてくれた状況、ってことでいいのか?
王宮の大神官が、こんな場所に出入りしているなんて知れたらスキャンダルになる。のでは?
しかも今シーフギルドは、町を破壊してアリスを誘拐している。それに加担していると疑われるのは、向こうにとってはかなり痛いのでは。
いや、ダメか?
俺達は今、王宮側の敵として追われている。そんな俺達が何か言った所で、この国の人間が信用はしてはくれないだろう。
あいつら、どうせ、アリスも俺達の仲間だった、とか追加設定を作ってさらに俺達を悪者扱いするだけだ。詐欺師め、絶対に許さない。
でも、俺達視点では詐欺師でも、王宮やシーフギルドにとっては要人なんだよな?
それが護衛付きとは言えこんな所をうろついて……誘拐されたらどうする気なんだ。いや、待てよ?
(その手があったか!)
(お、タクミ何か思いついた?)
(ああ。とりあえず大神官が外に出てくるのを待とう)
◇
俺のMPを温存するため、ホウキの変化は解除。
近くの屋根に着地して二時間ほど待機する。
「タクミ、来たよ?」
「ああ」
シーフギルドの正門から何も知らずに出てきた大神官と護衛たち。
俺とヘルマールは少し待ってから、それを追いかける。
(どうするの? さすがの私でも大通りの真ん中では襲うのはちょっと?)
(こいつら、まさかこの格好のまま王宮まで戻らないよな? どこかで着替えるんじゃないか?)
五分ほど追いかけて行くと、思ったとおり何かの建物に入っていく。石造りの教会のような施設。
ここなら冒険者が入っても怪しまれないし、神官が出てきても怪しまれない。理想的な建物と言える。
俺達は大神官達を追って建物の中に入る。
長椅子が並んでいる拾い部屋。礼拝堂だろうか?
大神官達は、祭壇の前でこちらを待ち構えていた。
「いつから俺達の尾行に気付いていたんだ?」
「シーフが教えてくれたよ。屋根の上から、二時間もミミックランドの入り口を見張っているバカがいるとな」
あ、さすがにバレたか。
「そこまで知っているなら話は早い。アリスがどうなったか教えろ」
「誰の事を言っているのやら」
大神官はとぼけてみせる。
(どう思う? 嘘をついているのかな?)
(本当に知らない可能性もあるだろう)
(でも、私達がここまで戻ってきてるってバレてるなら、アリスも危ないんじゃないかな?)
(無駄な時間を使っている場合じゃないって事か……)
力づくもやむなし、だな。
俺達が攻撃に出ようとすると、冒険者の一人が前に出る。
長い杖を持っている。魔術士か?
「待て。俺は魔術士ギルドの魔術士だぞ! 攻撃できるのか?」
ふむ。
今回はルールが適用されるのか否か……条件がよくわからないし、賭けるのはよくないな。
(ヘルマール。魔術士は俺がなんとかする。他の奴らは頼む)
(一人で大丈夫なの?)
(ああ。一ヶ月の修行の成果。見せてやるよ)
俺は一歩前に出る。
「ははは。デモニックイーターが戦えないなら別の人物が担当する。そのアイディアはよい。しかし君のようなゴミステータスかつ、一ヶ月程度の付け焼刃の魔術で、この俺を倒せるなどと……」
「《スターガン》」
何か偉そうな事を言っていたが、俺は無視して星型弾を撃ち込む。攻撃は光の壁のような物に遮られた。
魔術士、怒る。
「人の話を遮るなと教わらなかったのか! 《ライトニング・アロー》」
「《宝箱設置》《宝箱設置》《宝箱設置》」
魔術士の放った雷。それは俺が出したレッサー・ミミックに当たった。
『キシャァァァァァッ!』
「えっ、ちょっ……それは卑怯だろうが。ぎゃああああああっ」
三匹のレッサー・ミミックに追い掛け回され、食われる魔術士。
こっちでちょっとしたコントをやっている間に、他の冒険者だか騎士団だかをヘルマールが倒してしまう。
うん。いつも通りだな。
「……ちっ、魔術士ギルドめ。せっかく情報を回してやったのに、ザコを送りやがって」
大神官はぶつぶつ文句を言っている。こいつ、魔術士ギルドとも繋がってるのか。
「で? 実際の所どうなんだ? アリスはまだ生きているのか?」
「ふふふ。あの武器屋の女か? もちろん生きている。もし私に危害を加えればどうなるか……」
悪い笑みを浮かべる大神官。
しかし、ヘルマールが大きな声でそれを遮る。
「ねえタクミ。こいつ、アリスの事は知らないってさっき言ってたよね」
「言ったな。間違いなく言った」
俺も頷く。
「え? 君達、ちょっと私の話を聞いてくれないかね?」
大神官は戸惑っている。
俺達が何の話をしているかわからないのだろう。
こっちは既に相談を終えていたので、白々しい演技を続ける。
「じゃあ、なんで今になって知っているなんて言いだしたんだろう?」
「命乞いかな? とりあえず、知っていると言っておけばこの場を切り抜けられると思っているんだな。よくあるパターンだ」
「舐められたもんだよね。私達はそんな嘘には騙されないってのに……」
「つまりこの大神官は、こっちが人質に使ったとしても何の問題もないわけだ」
「違うよタクミ。大神官はこんな冒険者みたいな格好はしないよ」
「それもそうだな……どこの誰だか知らないオッサンをシーフギルドへの人質に使ったとしても、何の問題もないわけだ」
「だよねー」
大神官は真っ青になって首を振る。
「おい。頼むから私の話を聞いてくれ。私はただ……」
「なんかアリスは拷問されたんだってね? どんなひどい事されたんだろうね? こんな事かな? 《フリーズ・コフィン》」
大神官の左手が透明な氷の塊で覆われた。
「ひぁっ? あっ? なんだこれは……」
俺は大神官の肩を叩く。
「今すぐミミックランドに戻ろうな? 左手が一生動かなくなる前にさ」
正直、今ここで氷を解除してもダメかもわからないけど、それは言わないでおく。
◇
そんなわけで、震える大神官を先頭に立てて、ミミックランドの正門に戻る。
門番は営業スマイルで挨拶。
「おや? 初めてのご利用ですか? ……あれ?」
「バカもの。私だ」
大神官に気付いて、その後ろにいる俺達に気付いて……門番は慌てだす。
「えっ、あれ? ……どう、します? これ、マズイ状況ですよね?」
「ギルド長に、伝えろ」
「伝えなくていいよ。こっちから会いに行くから」
平然と言うヘルマール。そしてステッキを振る。
「《ダーク・ルメサイア》」
ヘルマールが呪文を唱えると、光の塊のような球体が生まれた。空中でパチパチとスパークを放っている。
光の塊はゆっくりと門に飛んで行き、着弾した瞬間に、景色が歪んだ。
ガキュン
金属がひしゃげるような音と共に突風が起こり、扉が消滅した。
「別に、普通に開けてもよかったんじゃないですかね……」
門番が怯え半分呆れ半分で何か言っている。この状況でなかったら俺も同意したかったけれど、敢えて無視する。
さて、殴り込みだ。




