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27ミミックテロリスト


 王都についた時には、空は真っ暗だった。

 時計がないからわからないけど、夜の十時過ぎぐらいだろう。

 まだ、大通りのあちこちには明かりがついていて、人々が活動している。

「とりあえず、勢いで町に戻って来ちゃったけど……どうしよう?」

 ヘルマールが言う。

「アリスの武器屋の様子を見に行くべきじゃないか?」

 この前も騙されたからな。裏を取らずに行動するわけにはいかない。何かメッセージの一つでも残っているんじゃないかと思ったのだが……。


 アリスの武器屋が建っていた敷地は、更地になっていた。

 いや、瓦礫の山と言うべきか?

 建物は跡形もなく破壊され、残骸だけが詰み上がっている。

 破壊されているのは武器屋だけではない。周囲数十メートル内の建物は殆どが瓦礫の山となり、それ以外の建物も何かの被害を受けていた。

「これ……何があったんだ?」

 滅茶苦茶にも程がある。

 まるで竜巻が通り過ぎたみたいだ。

 シーフギルドって、こういう事をするような組織なのか? もっとこう、穏やかと言うか隠密と言うか、……静かで目立たないイメージがあったのだけれど。

「こんな広範囲の建物をどうやって壊したんだろう」

 ヘルマールは別の方向性で不思議がっている。

「魔術じゃ無理なのか?」

「壊すだけなら可能なんだけど……こういうやり方は、ちょっと普通じゃないと思う」

 確かにその通りだ。

 アリスの武器屋を狙ったのは、まあわかる。正当性はともかく、動機は認める。でもなんで周りの建物まで壊れてるんだ?

「メテオみたいな、広範囲攻撃とかでも使ったのか?」

「それはちょっと、難しいね。破壊力の高い魔術って、だいたい火が出るんだけど……ほら見て」

 ヘルマールは地面に落ちている残骸を照らす。

「ここに木の破片が落ちてる。床か天井だったんだろうけど、焦げてもいないよ」

 なるほど。

 つまり、普通の魔術ではない、と。

 そもそも、アリスの武器屋を物理的に破壊するのもやりすぎなのに、なんで周囲の建物まで壊してしまうんだ? 意味がわからない。

「何かのメッセージかもしれない」

 言ってみる。自分でも何言ってるのかよくわからないが。

「こんな事して、誰に何が伝わるっての? 私達への脅し?」

「強いて言うなら、見せしめじゃないか? ……こっそり武器屋を開いていると、その店は破壊されるどころか、周りにも被害が出る」

 そういうやり方をされたら、周りの人も知らない振りができなくなる。

 モグリの店を潰すには有効かもしれない。

 その後で起こる沢山のデメリットを考えなければ、だが。

 ヤクザだって、こんな事はしない。ここまで大事にしたら、さすがに警察に潰される。ワイロでもみ消せる範囲を超えている。

 シーフギルドは何も考えていないのか。あるいは、これすらももみ消せるだけの力があるのか。もしくは、俺達の予想もつかない手に出るつもりか。


 ヘルマールが言う。

「あのさ、お兄さん。今夜はこの近くで宿をとろうと思うんだ」

「この近くで、か?」

「そうだよ。近所の人なら何か知ってるかもしれないし……」

「そうだな」

 情報収集のために来たんだった。



 RPGで情報の集まる場所と言ったら、酒場と相場が決まっている。

 俺達が見つけ出した酒場は、アリスの武器屋跡から数百メートルの距離にあった。

 二階は旅館になっているらしい。

 住居を持たない労働者達が、酒を飲んで寝るための場所なのだろう。


 中に入るだけで、むわっとした酒とタバコの臭いに襲われた。

 ガヤガヤと話し合っている労働者達。

 こんな所で情報を集めるのか……。

 RPGの主人公って、プレーヤーからは無口に見えるけど、実際凄いよなあのコミュ力。

「えーと」

「私もあんまり得意じゃないな……。とりあえず、その辺りに座ってなんか飲もう。できれば料理も」

 俺達はカウンター席に並んで座り、牛乳とサラダを頼んだ。

「この鶏の揚げ物ってのも……」

 ヘルマール

「ちょっと待ってね」

 もしかして鳥のから揚げか? こっちの世界にもあるんだな。


 と、俺の隣に座っていた男に突かれた。

「なあ、それ一つくれよ」

 なんだこいつは、と追い払おうとしたが、そこでふと思いつく。

 皿を少し男の方に押す。

「どうぞ」

「ありがとよ。俺も食べたかったけど、金なくってさ」

 男は鳥のから揚げを一つ皿から掴みあげて口にほお張る。

「うん。ホントうめえよ……」

「お、おう。全部食べていいよ……」

 鳥のから揚げがごちそう扱いかよ。

 でも言われて見れば、他のメニューと比べてもこれ割高感がある。

 何が原因なんだろう。

 どうせ、寒くて鶏が手に入らないとか、油かが手に入らないとか、燃料が手に入らないとか。そんな悲しい理由なんだろうけど。

 俺がそんな事を思っていると男に聞かれる。

「あんたら、家出かい?」

「俺はそんな年齢じゃない。冒険者だよ」

「ははは。酒も頼まず牛乳なんか頼んでるくせに何言ってやがる」

 イラっとくるな。やっぱり追い払えばよかったか。

 しかし、一応聞くだけ聞いておこう。

「この近くに武器屋があるって聞いたから探していたんだ。知らないか?」

「武器屋? ……あんたら、噂を聞いてないのか?」

 やったぜ。

 これがゲームなら、重要イベントの音が鳴ってるな。

「いや。今日、外から戻ってきたばかりで……何かあったのか?」

「モグリの武器屋が、ここから少し離れた所にあったんだけどな。強盗にあったらしい」

「強盗?」

「そこは女の子一人で店をやってたんだ。父親が遺した店をついで頑張ってたんだよ。それがな、テロリストに店を壊されて、女の子も攫われてしまった……。ひでぇ話だろ?」

 間違いなくアリスの話だ。でも、少しおかしい。

「強盗って、店を壊すような奴だったのか?」

「ああ。なんか魔物を暴れさせたらしいよ」

 魔物?

「魔物なんかが町中に出たら、大変じゃないか?」

「そうだよ。なんか騎士団とか、最近召喚された勇者とかが総がかり出てきて、何とか鎮圧したんだ。大騒ぎだったよ」

 クラスメートも来てたのか?

 だとすると、委員長にもアリスの事は伝わってると考えていい。

 だからどうと言うわけでもないけど。

「魔物って、どこから連れて来たの?」

 ヘルマールが身を乗り出して聞く。

「ん? そっちにいるのは女の子か? こんな所来るもんじゃないよ、帰りな」

「私もお兄さんと同じ冒険者だよ。それより、魔物の話」

 男は、ヘルマールをじろじろと見ていた。ヘルマールが不審者に見えるのか、と思ったら俺にまで似たような視線を向けてくる。

「まさか、あんたら『ミミックテロリスト』じゃないだろうな?」

 ミミックテロリスト?

「なんだそれ?」

「その強盗についたあだ名だよ……。なんでも、好きな時に好きな所にミミックを呼び出して、暴れさせる事ができるらしい」

 ああ、そういう事か。

 魔物なんてどこから調達したのかと思ったら《宝箱設置》を使ったわけだ。だからミミック。建物まで破壊できるとは、レッサー・ミミックよりも上位の何かを出したわけだな。

 やはり、犯人はシーフギルドで確定だ。

「そいつは、少年のような男と、魔女の服を着た少女の二人組みらしい」

「は?」

 それおかしくね? まるで俺達がアリスの武器屋を襲ったみたいじゃないか。


 もしかして……俺に全ての罪を被せる気なのか?

 それができると思ったから、もみ消す事も考えずに派手に町を破壊した?

 いや、むしろ俺達を精神的に追い詰めるために?

 あいつら、絶対許さん。


 だが男の話には続きもあった。

「噂では、王女すらもミミックテロリストに襲われた事があるそうだ。それが本当なら、恐ろしい話だよ」

 ごめんなさい。過失とは言え、それは俺です。


 ◇


 一通りの情報は集まった。

 アリスを攫ったのは間違いなくシーフギルド。

 そして、なぜか俺達が指名手配寸前の状態。

 この状態でミミックランドに顔を出せって、無理ゲーじゃね? 脅す気あるのか?


 いや……向こうにとっては、俺達がミミックランドにたどり着く前に騎士団に捕獲されるのが理想なのか。

 シーフギルドも派手にやらかしてしまったように見えるが、転移者だけが得られる固有スキルによって犯行を可能にした、と思わせる事ができれば、宝箱設置の秘密を闇に葬る事ができる。

 それこそが目的。

 だとすると、俺の立場はかなりまずいのではないか。

 このままシーフギルドの思惑通りになった場合……同じ転移者であるクラスメートの立場もなくなってしまう。


 俺達は、二階に部屋を取る。

 この前と待った宿と大差ない、ボロイ部屋。

 ヘルマールは、またお湯と桶を注文していた。


 ジャバジャバとお湯の音を背に、俺が窓の外を見ていると、ヘルマールの声が掛かった。

「ねえ、お兄さん……。明日はどうする?」

「どうするって……ミミックランドに乗り込む。アリスを助けて、可能なら、シーフギルド長を倒す。そして町の外に逃げる。……かな?」

「ずいぶん単純だね」

 作戦なんてないし、必要とも思えない。

「強いて言うなら、できるだけ誰にも見つからないように行動する、とか?」

「そうだね……。その件で一つ相談なんだけどさ。……お兄さんがホウキとかに変化してる時ってしゃべれないよね?」

「そりゃそうだ」

 何しろ口がないのだから。

 でも、脳がないのに意識はあるし、目がないのに視界はあるし、体の形が変わってもおぼろげな感覚はあるし……わりといい加減なような気もする。

 何か抜け道があるのではないか。

「もしかして、あるのか? その状態でも意思疎通する方法が」

「……あるよ。ちょっと、特殊な魔術だけど」

 あったのか。

「なら、今晩はそれを教えてくれ。多分、明日必要になる」

「うん。私もそのつもりだったんだ……」

 ザバリとお湯が跳ねる音。

 ヘルマールが立ち上がったのが気配でわかる。

「ほら、私は終わったよ。お兄さんも体洗って」

「あ、ああ」

 俺が振り返ると、ヘルマールはタオルを体に巻いただけの格好でベッドの上に寝転がっていた。

 無防備と言うか、もうちょっと気を使えと……。


 俺は服を脱いで、タライに浸かる。

 このお湯、ヘルマールが入ったお風呂なんだよなぁぺろぺろ、という事を一秒ぐらい考えた。……が、本人がすぐそばにいるのにそんな事しないし、いなかったとしても多分やらないと思う。

 と、ヘルマールから声が掛かる。

「あのさ、お兄さん……性行為ってしたことある?」

「は?」

 何を言ってるんだこいつは。

「あのな、おまえ。聞いていい事と悪い事が……」

 あとタイミングを考えろ。

 こっちもそっちも裸の時に聞くと冗談に聞こえない。

「マジメに答えてよ。あるの? ないの……」

「ない、けど?」

「じゃあ、恋人とか婚約者とかはいる?」

「いない、けど……それが何だって言うんだ?」

 意味がわからない。

 すると、ヘルマールが立ち上がって近づいてくる気配。俺の背中のすぐそばで止まる。

「え? なんでそこに来るんだ」

「んー。待ってたらなんか体冷えちゃって」

 だったら服を着ればいいじゃないか?


 しかし、ヘルマールは勝手に話を進める。

「あのね。恋人の囁きっていう特殊な魔術があるの」

「お、おう」

 なんだその名前は……嫌な予感しかしない。

「人と人の精神の間に特別な縁を作って、言葉を使わなくても言葉のやり取りができるっていう、魔術なんだけど……」

 テレパシーみたいなものか?

「それが今夜教えてくれる魔術、なのか?」

「うん。でもね……この魔術を使うためにはちょっと特殊な条件と言うか、儀式というか……」

「儀式? それって、今からやるのは難しかったりするか?」

「難しくはないよ、たぶん。少なくとも、用意しなきゃいけないものとかは、特にないんだけど……」

「……?」

「その儀式って言うのが……性行為、なんだけど」

「は?」

 なんだそれ? 冗談にしても笑えないぞ。

「信じてない? でも本当にそうなんだよ。恋人の囁きって名前から察してよ!」

「……」

 どうしよう。

「私だって、こういうのはどうかと思うよ。本当ならもっとこう、タイミングとか雰囲気とか、あるとは思うんだけど……仕方ないじゃん」

「おまえは、いいのか? 自分が何言ってるのか、わかってるのか?」

「わかってるよ。お兄さんは命の恩人ではあるけれど、それを引いても自分の気持ちは変わらないって、ちゃんとわかってる」

 はらりとタオルの落ちる音、俺の肩に手が乗せられる。

 その手は妙な熱を帯びていた。


 迷っていたのは、十秒ぐらいだろうか。

 俺は、肩からヘルマールの手をどけた。

 そして、立ち上がり、ヘルマールと向き合う。

「……」

 ヘルマールが俺の前で服を脱いだのは一度や二度ではなかったが、こんな姿を正面から直視したのは初めてだ。

「俺は、確信が持てない」

 できるだけ下の方を見ないようにしながら、ヘルマールの顔をじっと見る。

「だって……こんな風に人から好かれたのは初めてだし、おまえは可愛いし、それなのに妙に色っぽかったりするし、それに凄く頼りになる……」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。おまえがいなかったら、俺はこの世界でどうなっていたかわからない。おまえの方こそ、俺の命の恩人じゃないか」

「そんな、大げさな……。私は自分に出来る事をしただけだしさ……」

 ヘルマールは恥ずかしそうに、体を抱いてしゃがんでしまう。

 俺もヘルマールの前でしゃがんで顔を覗き込む。

「でも、そういう事と、おまえが好きなのかどうかは、何か違うと思うんだ。なのに俺にはその区別がつかない」

「ふふふ。いろいろ難しいんだね」

「難しいんだよ……」

 俺はヘルマールの目を見て言う。

「おまえは、それでもいいか?」

「うん。いいよ。私の事をいつまでも大切にするって約束してくれるなら、それでいい」

「わかった、約束する」

 俺が手を出すと、ヘルマールはそれを両手で掴んできた。

 そして、にへら、と笑う。

「改めてよろしくね、お兄さん」

 俺は首を振る。

「今からは、タクミって呼んでくれ」


昨夜はお楽しみだったようですね


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