26終わりの始まり
夕方、スケルトンの要塞の外、森の中で、俺とヘルマールは話し合う。
「どうしようか?」
俺が悩んでいるのは、シーフギルドのパーティーが行方をくらました件についてだ。
ヘルマールは肩をすくめる。
「どうしようって言われてもね……今は情報が足りないよ」
確かに情報は足りない。
情報は人から聞き出すか自分の足で稼ぐしかないが、ここには人がいないし、情報が落ちている場所のアテもない。
いっそ、町に帰って情報収集と言うのもありか。
「タイミング的には、そろそろ町に戻ってもいいぐらいの頃なんだよな」
あれから二週間も篭ったせいで、手元には五本の剣がある。前回に勝るとも劣らずな高性能の補正付き。
これをアリスの武器屋に預けてくるべきだろう。
もしかしたら、この前渡した分は委員長に渡っているかもしれないし……、あるいは誰かに、売れたかもしれない。
アリスは約束を守ってくれるかな? それも含めて気になっていた事ではある。
「じゃあ、戻るの?」
「うーん」
そう聞かれると微妙ではある。何が起こったのか、これから何が起こるのか。
大事な情報は現地で手に入れるべきだろう。だから何日かここに残って変化を待つというのも、選択肢の一つとなりうる。
だけど、変化を待って何になるんだ?
どうせ俺達にとって都合の悪い事が起こるか、何の関係もない事が起こるかのどっちかなんだろ? だったら……。
「そうだな。都に戻ろう。変な問題には関わらない方が安全だ」
俺はそう決断する。
「明日はそれでいいとして……その先は?」
「んー。思ったんだが、他のダンジョンじゃだめなのか?」
次からは別のダンジョンに行く。今日、設置してきた宝箱はそのままになってしまうが……特に問題はあるまい。
「別に、ステータス上げって、ここに拘る必要ないんだろ?」
「そうだね。ダンジョンは他にもあるし……っていうか、シーフギルドのパーティーって王都の近くでしか活動してないんだっけ? じゃあ、もっと遠くに行っちゃおうか?」
「だな」
「まてよ? それだとアリスの所には出入りできなくなるのか」
「それは仕方ないんじゃないかな。……行った先に、都合のいい武器屋があるといいけど」
まあ、正直どうでもいいんだけどな。
俺達は大金を必要としているわけではないし、宝箱設置を使わなければいけない理由があるわけでもない。
「そうだね。お兄さん、結構強くなってるし……そろそろこの地域から離れてもいいっていうか、長居しすぎたような気がするかも……」
「じゃあ、それで決まりだな」
うん。スケルトンの要塞ともお別れだ。
「あれ? ってことは、アリスと会うのも次が最後になるのかな?」
ヘルマールが言う。
いやいや、そんな大げさな……。
「別に、永久に王都に戻らないってわけじゃないし……。いや、待てよ? アリスも連れて行くって言うのも、アリなんじゃないか?」
「えっ、お兄さん何言ってるの?」
「いや、まあ聞けよ。アリスの武器屋って、あと何ヶ月かで店がなくなっちゃうんだろ? もしアリスが王都で店を開く事に拘っているんじゃないなら、他の場所で武器屋をやり直すのもいいかな、って思うんだよ」
その方が、アリスのためにとってもいい事のように思えるのだ。
シーフギルドの邪魔が入らないぐらい遠い場所で、尚且つ近くに深いダンジョンがある町。
そういうところなら、武器の需要も多いはずだ。どっかの、微妙に見捨てられてる感じの村とかが最高だ。
「あー。そういうのか。儲かるかもね」
「そしてNAISEIルートに入る」
「ナイセイ?」
これは理解できなかったのか、首を傾げるヘルマール。
「いや、俺の故郷の……専門用語だ。気にするな。とにかくだな、実際そうなるかは別として、そういう考え方もあるんだから永久の別れってわけじゃないだろ。次に会った時に話してみ……」
最後まで言う前に、手で口をふさがれた。
何? 何でそんな事するの?
「……敵だ」
は? 敵?
…………! しまった。シーフギルドから逃げる相談をしている時にシーフギルドの事を忘れるとか、迂闊すぎる俺。
俺は口からヘルマールの手をどけて、暗い森の中を見回す。
だが意外にも、敵は正面からやって来た。
「ふふふ。こんばんわ。ちょっとお邪魔しますよ?」
シーフギルドのパーティー。
俺が奴らの姿を見たのは一ヶ月も前の事だ。
先頭を歩いているのは、魔術士だった。
剣と盾を構えた戦士二人が、油断なく両側に付き添っている。
後ろに宝箱設置のスキル持ちが二人。そして最後尾にシーフ。
これは何の陣形だろう? 普通は、戦士系が前衛を勤めるのでは?
それと、俺達と魔術士との間に壁があるような気がする。鬼脈のような光の粒子が魔術士の正面から上下左右へと広がっているような感じ……。何だこれ?
……と思っていると、ヘルマールが地面から小石を拾い、魔術士に向かって投げつけた。
空中で何かにぶつかり弾かれた。石が当たった辺りから光の波紋が広がる。
「フォートレス・フィールドなんて展開しちゃって……。そんなの意味ないのに」
「戦う気がないと言うのかね?」
魔術士は言うが、ヘルマールは挑発する。
「私がその気になれば、そんなの一瞬で破れるって言ってるんだけど?」
「……できるかどうかではない。やれるかどうかが問題なのだ」
奇妙な笑みを浮かべる魔術士。
何だこの自信は? まさか、ヘルマールと正面からケンカしても勝てる強敵なのか?
鑑定。
ガルマ・フィアーグ
攻撃: 950
防御:1000
追尾: 850
回避: 720
探知: 670
隠密: 850
適性:4300
スキル:ワーグ語、タフス語、第一階梯属性魔術、第二階梯属性魔術
「あれ? 弱い」
いや、弱くはないのだが……なんというか、普通だ。
魔術適性はかなり高いが、それ以外のステータスなら、まあこんなもんかな、という程度……。魔術でレッサー・ミミックに勝てる程度の戦闘力、というのを形にしたらこんなステータスになるのだろう、と言った感じ。
でもヘルマールの魔術適性は257Kだからな。六十倍ぐらい開きがある。
これでどうやって対抗する気なんだ?
と、後ろの方にいたシーフが手をあげる。
「奴隷リング、カイル・マーガス、スタンモードオン」
「やめっ、……あがががががががががっ」
宝箱設置のスキル持ちの男が悲鳴を上げて倒れた。首の辺りでバチバチと火花が散っている。
「がっ、あぐっ……ひいいいっ」
あれが奴隷リング……。ただの拷問リモコンじゃないか。誰だよあんなの考えたの。
「おい、やめろ! 人が人に使っていい物じゃないぞ!」
俺はステッキを向ける。
「《スターガン》」
攻撃するが、放たれた星型弾は見えない壁に阻まれた。
ダメか……。魔術に頼っているのは俺も同じ。ステータス的に俺は火力不足だ。
シーフが手を下ろすと、男も苦しめる火花も消えた。
シーフが言う。
「一応言っておくが、俺が死ぬと、このリングはこいつの首を捻じ切るぞ? 助けたいのなら、大人しくしているべきだ」
「くっ……」
本当に奴隷リングじゃないか。最悪だな。
俺はヘルマールに小声で聞く。
「なあ、どうすればいいと思う?」
「……うーん? こういう状況は、私もちょっと得意じゃない」
火力じゃ解決できない事ってあるよな。
あの二人を見捨てれば全ての問題は解決する、のだが……そこまで堕ちたらシーフギルドと大差なくなる。
あんな人間になってはいけない。
身動きが取れない俺達に、魔術士が聞く。
「一ヶ月前に、私達が地下にいた時、怪しい気配があったが、それはおまえ達だな?」
「もしそうだとして、それが何か?」
「あの場所で何をしていた? 何を見た? 誰かに話したか?」
「……」
もしかして、宝箱設置の仕組みが俺にばれていないと思っている?
いや……そんな事ありえるのか?
こいつら、王都のシーフギルドと裏で……いや、表で繋がっているのは明白だし、物資のやり取りもあるはず。その時に俺達の情報が流れないなんて……まあいいや。一応嘘をついておこう。
「何の事だか知らないが、誰にも話していないよ」
「ふん……」
「逆に聞きたいんだけどさぁ。なんであの時、呪文撃たなかったの?」
ヘルマールが聞く。
魔術士は平然と答える。
「慈悲の心だ。おまえ達を殺すのが心苦しかった」
そんなバカな。何言ってるんだこいつ。
ヘルマールも信じなかったらしく、小ばかにしたように笑う。
「ふーん? そうだったんだ。私はてっきり、あんな狭い所で帰り道に向かって火を出したら自分も蒸し焼きになる危険があると思ったからやらなかったんだとばっかり思ってたよ」
「な、何っ?」
動揺する魔術士。バレバレだ。
俺も追い討ちをかけてみる。
「加えて言えば、あの後、ろくに探しもしなかったよな? 本当は、俺達がそこにいたかどうか自信がなかったんじゃないの? 今更何を偉そうにしてるんだか」
「おおおっ?」
地団太を踏む魔道士、そして……、
「元はと言えばっ! 元はと言えば、おまえらがなぁっ!」
魔術士は、もう一人の宝箱設置のスキル持ちに掴みかかる。
「おまえらがあの時、気付いていたならさっさと報告すればよかったんだ! それを、それをなあっ!」
突き飛ばし、蹴りつけ、踏みつける。
おまえがそんな事ばっかりしてるから忠誠心が下がりまくってるんじゃないの?
あと、他に仲間もいるとはいえ、こっちに背を向けて……隙だらけなんだが。
「《ピアシング》」
ヘルマールが魔術を放つ。
細い針のような物が一瞬のきらめきと共に駆けて、魔術士の腕を貫いていた。
「おっ? おおおおおっ?」
悲鳴を上げる魔術士。腕がいう事を聞かないのか杖を取り落とす。壁が消えた。チャンス!
「《スターガン》《スターガン》《スターガン》《スターガン》」
俺も魔術を連射、スケルトンとの戦いで手馴れた物だ。
一人につき二発。戦士二人の盾を破壊し、胴体に星型弾を叩きこむ。
「ぐはぁっ?」「おげっぇっ」
悲鳴を上げて倒れる戦士二人。
これで立ってるのはシーフ一人だ。
俺はヘルマールに聞く。
「奴隷リングの外し方ってわかるか?」
「うーん? 知らないなぁ……でも、この人は何か知ってるはずだよね?」
ヘルマールはシーフを指差す。
そうだな。ちょっと「お願い」してみるか。
シーフは不利を悟ったか、バタバタ手を振る。
「まっ、待て待て待てっ! ……話し合う。本題、本題に入るぞ……」
「本題?」
そんなのあるなら、一ヶ月前の恥の上塗りしてないで、さっさと始めればよかったのに。
っていうか、本題の前に全滅してどうすんだ。ダメだろ。
「本題! いいか、転生者タクミ。おまえは、今すぐ王都のミミックランドに来い」
何?
「おい、どうしよう? こいつら、俺がタクミだと知った上であんな事言ってたのか?」
「あー、それは考えてなかったな。言動がおかしいよね。何かのブラフかな」
「俺の話を聞けよ! 人質がいるんだぞ!」
叫ぶシーフ。
「人質って言うのは、その二人か? 今すぐ解放しろよ……」
「えっ? いや、あの……違う。王都、王都にいるんだってば!」
なるほど。
でも、誰を人質に取ったんだ? まさか、クラスメート? 高橋とかミミックランドに通ってたらしいからやりやすかっただろうな。
でも、そんな事したら王宮側が黙ってないか……。
「アリスとか言ったか? 武器屋の娘だ」
なんだと?
「ちょっと待て、アリスは関係ないだろ!」
俺が詰め寄ると、シーフはヘラヘラと笑う。
「いやいや。おまえがそう思うのは自由だけどな。ダメなんだよ……。あいつは、見てしまっただろ? おまえが宝箱設置で作った武器を」
「っ!」
考えが浅かった。
宝箱設置が秘密なのは、そこで生み出される利益が莫大だからだ。
つまり、スキルが問題なのではない。
スキルによって補正を付けた武器がシーフギルドの管理外で流通している状態、それこそが問題なのだ。
「俺が、間違っていたというのか……」
五百年も秘密にされていたスキルで金儲け。そんな事をして穏便に済むわけがない。なんでそんな簡単な事を先読みできなかった……。
シーフは言う。
「……あの女が、おまえ達にとってどれぐらい大切な人物なのかは知らない。だが、シーフギルドからすれば小規模とは言え商売敵、しかも借金をしていて返せるアテもない。おまえらの件がなかったとしても、遅かれ早かれ、殺すか、奴隷にするか……。だからいいんだぜ? 見捨てても……」
「くっ……」
くそっ。こいつ、こっちがそういうのを見捨てられないのを知って、煽ってきやがる。
「というか、最初は何も話そうとしなかったが、ちょっと拷問したらすぐにおまえの名前を吐いてな。おまえが心配する義理なんてないんだぜ?」
拷問までしたのかよ。
「アリスを奴隷にしてどうする気だ」
「つまらん事聞くなよ。若い女を奴隷にしても、できる事など高が知れているだろう? ……まあ、顔は悪くないし、そこそこの値段で売れるだろうな」
「おまえ……」
「でも、そんな事しても上手く行くとは限らないし、借金の額にはまるで足りないだろうから、やっぱり殺すかもな。それを少しだけ待ってやっているのだ。どうだ? やさしいだろう?」
だったら、後三ヶ月。借金の期日まで待ってやれよ。
まあ、俺達もアリスの夜逃げの手伝いを相談していたのでその辺りは強く言えないが。
ヘルマールが俺の袖を引っ張る。
「お兄さん、どうする」
「今更見捨てられるわけないだろ。ミミックランドに乗り込む。……協力してくれるか?」
「もちろん。こういう時こそ私の出番だからね。アリスを助けたら、ミミックランドは焼き払っちゃおうね」
いや、何もそこまでしなくてもいいんだけど。
「そうと決まったら、行こう。夜通し飛ぶ事になるけど、大丈夫か?」
「うん……」
ヘルマールは何か考えているようだったが……頷く。
さて、移動だが、その前に……。
「あ、宝箱設置のスキル持ち二人は今すぐ解放しろよ。さもないとおまえも……」
俺がステッキを向けると、シーフは慌てて四角い石のような物を取り出した。
「わわわ、わかったから、これ、これで解除できるから……」




