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アリスの武器屋経営記(SIDEアリス)


 夕方、赤く染まる空を窓から見上げながら、アリスは呟く。

「今日も、お客が来ませんでしたね」

 カウンターに座って、客を待つ。

 来るはずのない客を……。


 そうだ、客など来るはずがない。

 ここに武器屋がある事を、誰が知っているというのだろう?

 誰も知るまい。

 タクミという少年とヘルマールという少女、あの二人がどうやってここを知ったのか、アリスには見当もつかなかった。


 この前、タクミ達から委員長と呼ばれていた人。当人の実家も故郷で店を開いていたのか、妙に細かいアドバイスをくれたのだが。そういうのは初めてではない。

 せめて看板を出せ。

 それはここに武器屋があるのを知っている人全てから言われている事だ。

「そんなの、私だってわかっていますよ。でも、仕方じゃないですか」

 看板を出して商売すれば、シーフギルドから嫌がらせを受ける。

 それを防ぐためには、シーフギルドに所属して上納金を払わなければならない。


 だが、なぜか武器屋に関してはやたらと上納金が高く設定されていて、とても払えそうになかった。

 この国で今も経営できている武器屋は、経営者がシーフの身内で上納金を免除されている店だけだと言う。

 シーフにコネのないアリスにはどうしようもできない。

 武器屋の経営なんて不可能なのだ。


 この建物が立っている土地も、借金のカタになっている。

 あと三ヶ月……いや二ヶ月と少しで取り上げられてしまう。


 そうすればアリスはここから出て行くしかない。並んでいるガラクタのような武器も、シーフギルドに二束三文で買い叩かれてしまうだろう。

「父さんは、こんな事がしたくて武器屋を開いたのでしょうか?」

 違うはずだ。


 ◇


 十年前、アリスの父はこの場所に武器屋を開いた。

「なあ、アリス。父さんにはな、夢があったんだ」

 アリスの父は松葉杖を突きながら言った。

 今までは建築現場などで働いていたが、足を悪くして、それもできなくなったのだ。それも新たな職についた理由ではある。

 だが、あえて武器屋を選んだのは……。

「俺はな、昔は英雄にあこがれていたんだ」

 父は遠い目をしながら語る。

「残念ながら俺に戦いの才能はなかった。だから一度は諦めた。だけど今気づいたんだ。自分にもできる事があると……」

「……?」

「それが武器屋だ。戦いに出る人はこの武器屋に武器を買いに来る。その中には将来の英雄になる人もいるかもしれない。つまり、客と友達になれば……」

「将来の英雄と友達になれる?」

「そういう事だ。だから、頑張って店を盛り上げていこうな……」


 ◇


「お父さん……夢は遠そうですよ」

 アリスがぼんやりと天井を眺めていると、店の入り口が開いた。

 まさかの来客である。

「こんな所に未認可の武器屋があるとはな……」

 扉を開けて入ってきたのは奇妙な三人組だった。

 紳士服を着た男、長身で無表情の女、そして眼鏡の少年だった。タクミとヘルマール以上に不思議な組み合わせに見えた。

 眼鏡の少年は泣きそうな顔でアリスを見ていた。何かがいいたいが、それを禁じられているかのように。

 奴隷か何かなのだろうか?

 アリスにとっては残念な事だったが、助けてあげる事はできない。


 とにかく接客だ。

「い、いらっしゃいませ」

 タクミ達以外ではかなり久しぶりの客なのだ。丁重に扱わなければいけない。もしかしたら、お得意さんになってくれるかも知れない。

 紳士服を着た男は、店内を見回した後、ふん、と鼻を鳴らす。

「この店で、一番高い武器を見せろ」

 お客なのか店員なのか、疑われなかったのは初めてだった。

「えっと、そこの壁に掛かっている大きな戦斧が一番高いです」

 まちがいなくそれが一番高い。値段は。


 実は、武器の値段は性能で決まるわけではない。

 使っている鉄の量で決まる。

 そして人間が鉄を得る方法は二つ。

 危険を覚悟でダンジョンに入り、モンスターを乱獲して鉄装備を入手する。

 あるいは、大変な苦労の末に鉄鉱石を掘り出して精練して鉄を作る。

 この世界に重機はない。鉄鉱石を得ようとすれば、人力、もしくは魔術の発破によって掘り起こすしかない。精練技術も未熟だ。コークス何それおいしいの?

 この世界においては、鉄は果てしなく貴重で高価な物質なのだ。


 だからアリスは、この客が単に重い武器を求めているのかと思った。種類を指定せずに一番高い武器を欲しがるのは、そういう事だ。

 紳士服を着た男は連れの少年の方を見る。

「どうだ?」

「《大型バトルアクス》、補正は速度マイナス20……です」

 少年の言葉を聞いて、アリスは背筋が冷えた。あの少年は鑑定のスキル持ちかもしれない。

 それで納得がいった。

 体格的には戦闘用どころか荷物持ちにも適さないように見えるが……鑑定スキルなどのレアスキルを持っているなら、奴隷として使われているのも納得できる。

 そんなレアスキルの持ち主なんて、武器商人の元締めか、シーフギルドにしかいないと思っていた。


 しかし、この三人組は一体何物なのか?

 何を求めてこの店に足を運んだのか? 最強の武器を求める金持ちなのか?

 そうだとすると、こんな武器屋に興味はないだろう。この店が、補正の低い武器しか置いていないと思われてしまったら、即座に帰られてしまう。

「……」

 アリスが、あの剣を見せるべきか迷っていると、紳士が話しかけてくる。

「すまんが、ワシは鉄の塊などに興味はない。一番高い武器を見たいのだ。もしワシの求める物を隠しているなら、出してくれんかね?」

 紳士は、懐から銀貨の詰まった袋を取り出した。

「えっと、予算は銀貨何枚ぐらいでしょうか?」

「聞き違いかね? 君は何かマヌケな事を言ったようだが」

「はい? 何か失礼があったでしょうか?」

「失礼と言うほどではなかったが……銀貨がどうとか?」

 紳士は袋の口を少し緩めてみせる。

 そこから見えたのは、金色の輝き。

「っ……」

 アリスはごくりつとツバを飲み込む。

 紳士が見せたのは、銀貨の詰まった袋ではない。金貨の詰まった袋だ。

 これほどの大金を、アリスは生まれてこの方見た事がなかった。アリスの父ですら見た事がなかったかもしれない。

「し、失礼しましたっ。少々お待ちください……」

 アリスは慌てながら店の奥に駆け込む。目指すはタクミから預かった五本の剣が入っている箱だ。


 箱に手をついて一息つく。胸に手を当てると心臓が激しく脈打っているのを感じた。

 本当に、大丈夫か?

 あの男はこの武器を買ってくれるのだろうか?

 客の一人が、国に納めた方がいいぐらいの優良装備を自分にタダで預ける。

 それから数日後に、大金を持った紳士が武器を買いに来る。

 本当にそんな偶然が自分に起こっていいのか? 何かの罠では……。


 だが、あのお金があれば借金が返せる。店を失わなくてすむ。


 もちろん、ちゃんとタクミにはしかるべき金額を払おう。

 一回の取引で終わりにするつもりはない。これからも、優良装備を提供してもらって、自分がそれを売り捌く。結局の所、正直が一番儲かるのだから。

 そしてこの店を隠れた名店と呼ばれるまでにしてみせよう。


「はあっ……」

 アリスは覚悟を決めると、箱の鍵を開けた。

 タクミから預かった五本の剣を取り出し、それを抱えて戻る。

「お待たせしました」

 カウンターの上に五本の剣を並べる。

「どうぞ、ご覧ください」

 少年が剣に顔を近づける。

「《邪悪なる鉄の剣》、攻撃+300、精霊系にダメージ二倍……《斬撃のコボルトキラー》攻撃+180、コボルトにダメージ三倍……」

 少年はまるで見えているかのように補正値を語った。

 タクミが語った性能と完全に同じだった。やはり、本物なのか。

 紳士も、剣を手にとって眺めている。

「ふむ。なかなかの物だな……」

「はい」

「どこから仕入れた?」

「え、えっと、ある方から持ち込みです」

 さすがにタクミの名前は言えない。

「あいつらは、頻繁にこの店に通っているのか?」

「……え、えっと」

 嫌な予感がしてアリスは口ごもる。

 客の個人情報の管理は微妙な問題だ。

 全てを開示すれば信用を失うが、全てが秘密では新しい顧客を手に入れる事はできない。

 この人達にタクミの事を教えてはまずいのではないだろうか、とアリスは迷った。

 すると紳士は心配要らないと言うように微笑む。

「いいのだ。数日前にも来た事は知っている」

「あ、はい……」

「あいつ、こちらの予想以上に、宝箱設置を使いこなしているようだな。これは将来が楽しみだ」

「あはは」

 宝箱設置とは何の事だろう? とアリスは思う。宝箱とは、開ける物だ。自分で設置してどうするのだ?

 仮に自分で設置するとしても、それは宝箱というよりは、金庫と呼ばれるべきだろう。

 第一、武器のステータス補正には何の関係もない。


 が、あんまりお客の発言を追及するのも失礼に当たるので、アリスは適当に聞き流した。


 一方、背の高い女は棚からダガーナイフを手に取った。

「これを貰っていく」

「あ、はい。それは銀貨二枚……」

「料金を払うつもりはない」

 背の高い女は、無表情に言い放つ。

「えっ、あの……ちょっと待ってください?」

「料金を払うつもりはない」

「……」

 武器商人につき物のトラブルである。

 売った武器でそのまま殺されて金と他の武器を盗られる。ダークな物語ではよくある展開だ。

 この武器屋には護衛の類はいなかったが、この十年間、特にそういう状況にはならなかった。そもそも客があんまりいなかったからだ。


 アリスは女につめよろうとして、少年に服をつかまれた。

「だから……」

 アリスは少年を怒鳴ろうと見下ろして、眉を潜める。

 少年は、必死な表情でアリスの顔を見ていた。声を出さずに口だけを動かして……何かを伝えたいようだ。


 助けて? いや、違う?


「に、げ、て?」

 アリスは愕然とした。

 それから、口を押さえて顔を上げる。

 女は手の上でナイフをもてあそび、そして……

「逃げられんよ。あのチートコンビならともかく、お主のような小娘一人では」

 紳士……いや、ブライアンは哀れむような笑みを浮かべる。

「なっ、そんな……あなた達は」

「シーフギルドの方から来ましたぁ」

 女……ミリアスが気の抜けたような声で言う。

 確かに逃げられそうにない。最悪の状況だった。

「許せと言うつもりはない。好きなだけ恨み、呪えばいい。……もっとも、いくら心の中で呪った所で、相手に不幸をもたらす事はできないがな」

 そして、ブライアンは手を掲げる。

「《宝箱召喚》ミミック」


 呼び出されたのは箱だった。

 レッサー・ミミックとは違う。金属製の頑丈そうな箱。まるで金庫か何かのような……。

「ちょっなんですかこの邪魔な箱……」

「触るな」

 箱に伸ばそうとしたアリスの腕をミリアスがすばやく掴む。

「これはレッサー・ミミックとはわけが違う。触れただけで即死するぞ」

「えっ、あの……」

 わけの解らないまま、店の外に引っ張り出されていく。

「あれは何もしなくても、数十秒で解ける。同じ建物の中にいると死ぬぞ」

「えっえっえっ?」

 トボトボとついてくる少年。店から引きずり出される直前に紳士はもう一度宣言する。

「許せというつもりは、ない」



 アリスが父から受け継いだ十年の歴史を持つ武器屋は、わずか三十秒でこの世から消え去った。


閉店!


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