23火属性魔術
「火属性魔術っては、一番火力が高いんだよ」
夜、要塞の外の森の中で。
ヘルマールは魔術について教えてくれる。
「威力って、適性の数字で決まるんじゃないのか?」
「そういう要素もあるけどね。適性や消費MPに限度があって、そのなかで火力を求めるなら、火属性が一番いいとされているよ」
「本当に? なんか第一階梯とか第二階梯とかあったけど、他の属性は無視なのか?」
「うーん、確かに階梯が上がると複雑な事ができるんだけど……その分、要求される適性やMPが多くなるからね。手っ取り早く瞬間火力を上げたいなら火属性が一番だよ」
なるほど。理屈はまあわかる。しかし……
「なんでそんなに火属性押しなんだよ」
「いや……その、あれはなんて言ったらいいんだろう?」
ヘルマールは少し困った様に言う。
「実際魔術士ギルドにはそういう派閥があるんだよ。ひたすら火属性魔術を追求し続けている派閥が」
「ああ、あるんだ……」
「その名も『超効率厨』」
「うわぁ?」
やめろ、自分で厨とか名乗るな! 十年後ぐらいに指摘されて、絶対後悔するぞ?
「あの人達、ちょっと理屈も言葉使いもおかしいんだよ。『火属性こそ、役割をこなせる唯一の魔術ですぞ』とか『水属性使いは異教徒、囲って導く以外ありえない』とか『バステ(バッドステータス)は必然力で回避ですぞ』とか」
「んん……」
論者じゃねーか。異世界にもいるのかよ。
あと、バッドステータス回避できないのかよ。ダメじゃん。
「というわけで、行ってみようか。《ファイア・ダート》」
ヘルマールが呪文を唱えると空中に火の塊が生み出された。
ステッキを振ると火の塊は飛んで行き、十メートルほど進んで爆発した。
「これが、基本攻撃だよ」
「なるほど」
わりと普通だな。俺も真似してやってみる。
「《ファイア・ダート》」
俺が呪文を唱えると、空中に火の塊が生み出され、はじけた。
「うわっ?」
何で失敗した?
「……うーん。火属性はちょっと難しい部分もあるんだよ。土属性と違って形を維持しづらいからね」
確かに、不定形だもんな。
「何度も練習すれば、上手く行くようになると思うよ?」
ヘルマールはなぐさめる様に言ってくれた。
俺はもう一度挑戦する。
「《ファイア・ダート》」
……今度は五秒ぐらいは維持できた。
「うんうん。これはもうちょっと練習すればいけるかな。一応、氷獄属性の魔術も教えておこうか」
「氷獄? ……えっと、氷か」
たしか第二階梯に入る魔術だったはずだ。
ヘルマールがコボルトの洞窟で使っていた物凄い範囲魔術。あれが氷系だったはず。
今の俺にあの範囲魔術は使いこなせないような気がする。
もっと初歩的な物からかな?
「っていうか、いきなり氷とか行っていいのか? 水を覚えてないのに」
「水? 氷獄に水は必要ないよ?」
「あれ? そうなの?」
普通、氷って水系に含まれたり、水魔術覚えないと派生できなかったりするゲームが多いけど……。
「火属性を使いこなせる人は、だいたいは氷獄も習得できるよ。どっちも温度変化を司る魔術だからね。この二つはセットで覚えた方が効率がいいんだ」
「わかった。教えてくれ」
「行くよ。《フリーズ・ショット》」
ヘルマールの周りに尖った氷が生み出され、木に向かって飛んでいった。
「……」
「何、お兄さん、今の魔術に不満があるの?」
「いや……」
厨二物でも、氷使いってなんか扱いが悪いよね、と思って。なんか「氷の塊を飛ばすだけ」みたいに言われてるイメージ。
「こっちの世界でも、氷を飛ばすだけなのか?」
「氷を飛ばすのは氷使いの自己紹介みたいなもの、って『崇める会』の人達が言ってたかな。それに最初の魔術はみんなこんな物だから」
崇める会? 何だそれ?
「でも、着眼点は悪くないよ。確かに今のは氷獄属性の本質からはほど遠い魔術だね」
「氷獄の本質は、敵を凍らせて動きを止めたり、無生物を破壊せずに生き物だけを殺したりできる所にあるんだ。その性質を上手く使えば敵を一瞬で無力化できるからね」
「そっちの魔術は俺には無理なのか?」
「うん。遠距離に現象を発生させるのはちょっと難しいんだ。だから、初心者は、ツララの着弾点を凍らせる魔術から練習するんだよ」
「なるほど」
ツララが飛ばせるようにならないと、練習のための練習すら始まらないって事か。
ヘルマールは何かを言うべきかどうか迷っていたが、嫌そうに口を開く。
「ちなみに、魔術士ギルドには『ヘルを崇める会』っていうのがあるんだけど……」
「おう?」
さっきの論者とは一足違った種類のヤバさを感じる。
大丈夫か?
「このグループは、異世界にはヘルっていう氷の女神がいるらしいんだけど、その女神の足を舐めたいって言う人達の集まり」
「うわぁ……絶対関わりたくない」
まじめにやれよ。
さっきの論者だって、一応、火属性を極めてたじゃないか。
だから氷獄魔術を追求している集団かと思ったのに……。
「その人達が言うには、ヘルの上半身は美しい女性の姿をしているけど、下半身は腐った死体でできているんだってさ」
「ひぃぃっ」
一気に気持ち悪さが跳ね上がった。
魔術士ギルドって何なんだよ、変態しかいないのか。
◇
翌日、要塞の地下室。
こっちは、初日に来た方の地下室だ。地下室というより地下道だが。
暗い複雑な通路の中を歩きながら、腐敗スライムを探す。
『ピギーッ』
五分も歩かないうちに出てきた。
「《ファイア・ダート》」
俺が呪文を唱える。空中に浮き上がる火の塊。
「行け」
飛んでいく火。腐敗スライムに直撃する。
『ピギュッ……』
水が沸騰するような音がして、腐敗スライムの体積が半分ぐらいになる。
もう一発。
「《ファイア・ダート》」
二発目。動きが鈍った腐敗スライムは、避ける事もできずに火に包まれる。
グジュグジュ、と変な音を立てながら消滅するスライム。危なげなく倒せる。
昨日覚えた魔術が、もう実戦レベルだ。
「こんなもんか?」
「さすがお兄さん、習得が早いね」
「ヘルマールの教え方がいいのさ」
「えへへ……」
腕に抱きついてくるヘルマール。
この調子でどんどん行こう。
次の腐敗スライムは氷系を試してみる。
「《フリーズ・ショット》」
ツララが飛んで行きスライムの胴体を貫いた。
だが、それだけだ。液体のボディーを破壊するには至らない。スライムの特性もあいまってまるでダメージになっていないようだ。
やっぱり、氷の塊を飛ばすだけじゃダメか。
◇
夕方ごろまで狩をして外に戻る。
その道中で、要塞の地上部においた宝箱を確認。
《普通の宝箱》
『熟成されたミミック。ヒャッハー、産卵の時間だ』
「っ! まずい」
「どうしたのお兄さん」
「宝箱が熟してるんだ」
「え、それが? あ、そっか……」
ここの宝箱が熟したと言う事は、同じ日にシーフギルドによって設置された他の宝箱も熟しているという事。
つまり、シーフギルドのパーティーが宝箱の中身を回収しに来る可能性がある。
「あいつら、近くに来てるか?」
「気配はないみたいだね」
「よし、今の内に開けちゃうか」
開封する。
《邪悪なる鉄の剣》
『武器タイプ:剣 攻撃+300、精霊系にダメージ二倍』
「うおおおおおおお?」
神装備だ。神装備が出たぞ!
王宮で支給されたあれですら+200だった。こいつは一点五倍だ。しかもマイナス補正なし、さらに精霊特攻。
さすがはスケルトンの要塞。シーフギルドも通うだけはある。良品が期待できそうだ。
新しい宝箱を設置して、スケルトンから奪った鉄の剣を放り込む。
◇
それから、また何日かが経過した。
鉄の剣が出るまでスケルトンを狩って、シーフギルドの隙を突いて地下道に入ってスライムを狩って、夜は火属性と氷獄属性の魔術を練習して、時々宝箱を開けて宝箱を再設置して……。
「……あれ、都を出たのって、いつだっけ?」
「最近ずっと同じ事してるから日付の感覚がなくなるよね。えっと……食料の減り具合的に、もう十日ぐらい経ってるかな?」
大雑把だな。
えーと?
三日に一度のペースで宝箱を開けた。その剣が五本溜まっている。そのうち二本はコボルトの洞窟で一度にやった物だから……、十二日かな?
三日前とあわせて、新たに手に入った剣はこの二つだ。
《ノイズの剣》
『武器タイプ:剣 攻撃+120 機械系にダメージ二倍』
《なるソードブレーカー》
『武器タイプ:防御剣 攻撃+50 防御+50 攻撃してきた敵に武器破壊の呪い10%』
前回の剣ほどではないがそこそこの良品。
それにモンスタードロップも強化できる事がわかった。
こんなのぽんぽん量産できるなら、シーフギルドの武器庫がどうなっているのか気になる。
そう言えば、シーフギルドはどうなっているんだろう? まだ俺達を追いかけているのかな?
「一回、都に戻ろうかと思うんだ……」
「んー、なんで?」
「あんまりダンジョンに篭りすぎるのもよくないだろ?」
ゲームでそういう事をするとストーリー進行を阻害するからな。少しは町の住人とも会話しないと、イベントが消化できなくなってしまう。
「それにこの剣、俺が持ってても意味ないだろ?」
今は魔術メインで戦っているし、これからもそうしていくつもりだ。それなら剣を持っていても仕方ない。
これは、有効活用してくれる人に託したい。
理想を言えば、クラスメートの「勇者」辺りに使ってもらいたいんだけれど、渡すために王宮に行くのは危険な気がする。となれば……。
あと二話でアレとアレと、アレか……




