22スライム
シーフギルドのパーティーの灯火が遠くに消えるのを待ってから、俺はヘルマールの頭に手を乗せる。
「おい、ヘルマール。だいじょうぶか?」
「う、うん……何ともないよ」
俺の腕に捕まりながらヘルマールは立ち上がる。
「なんか急に弱っちゃったけど、どうしたんだ?」
「あはは……情けない所見せちゃったね」
わざとらしい乾いた笑いを見せるヘルマール。
どうして急に変化したんだろう? どう考えても、さっきの魔術士に杖を向けられた辺りから、様子がおかしくなっている気がする。
「どっか具合でも悪いのか?」
「本当、大した事じゃないんだ。魔術士を相手に戦うのは、ちょっと嫌な思い出があってさ」
「そうか……」
何かトラウマでもあるのだろうか。
やっぱりステータス的に強くても、怖い物は怖いんだな。
「俺にはそっち方面はよくわからないからさ、ヤバイと思ったならちゃんと教えてくれよ?」
「い、いや大丈夫だって。お兄さんに迷惑かけたりはしないからさ」
「そうか?」
強がりなんて無意味だ。
どうせ俺が正面から戦って勝てる相手じゃないんだから、ヘルマールもダメなら早めに申告してくれないと、逃げ遅れることになりかねない。
この世界、負けたら最後。誰も助けてくれないまま死ぬ事になる。
何にしても、さっきの魔術士にはできれば二度と会わない方がいいだろう。
今後スケルトンの要塞で活動するなら気をつけた方がいいかも知れない。
さてと、気を取り直して。
ヘルマールが魔術で明かりを灯した。
俺達はさっきのパーティーが宝箱設置を使っていたらしい場所へと行く。
鬼脈が床に流れ込む場所、そこに宝箱が置かれている。
とりあえず、鑑定。
《普通の宝箱》
『生まれたばかりのミミック。まだだめよ、まだだめよ』
やはり、さっきの奴らが仕掛けた物で間違いないだろう。
「どうする。開けてみる?」
ヘルマールが言うが、もちろんそんな事はしない。
「仕掛けたばかりだから完全に変化していないだろ。どうせ襲ってくるぞ?」
「そうじゃなくて、お兄さんなら鑑定でわかるんでしょ? いつ開ければいいか」
「わかるけど……もしかして、あいつらが回収に来る前に、横取りしようって言うのか?」
「そうそう」
それは考えてなかったな。
確かに不可能ではないが……あいつらにバレるぞ。
「一応聞いておくけど、おまえ、魔術士の間ではどういう扱いになってるの」
「んー。私がデモニックイーターだってばれたら、ちょっとまずいかも」
「じゃあ、この宝箱に触るのはなしだな」
シーフギルドだけじゃなく、魔術士ギルドまで敵に回したら動きづらくなる。
ここに俺達がいた事をあいつらは最後まで知らない。それが理想的な状態だ。
「でも、それだともうやる事なくない?」
「そうか? ここには元々、俺のステータス上げのために来たんだろ?」
スケルトンを倒して防御系のステータスを上げて、本番である魔術適性の高い狩場に備える。そういう計画だったはずだ。
「そっか。じゃあ、スケルトン狩ろうか」
しかし、地下に下りてきてからスケルトン見てないんだよな。さっきのパーティーが先に倒してただけかもしれないけど……。
『キュピッ』
ん? 何か聞こえた?
緑色の塊のような物が転がっていた。
なんだ? 魔物か?
《腐敗スライム》
攻撃:300
防御:300
追尾:200
回避:800
探知:250
隠密:400
適性:350
スキル、打撃半減、切断無効
なるほど、打撃と切断じゃダメなのか。スライムだから当然だな。
いや、ちょっと待てよ?
「……あのさ、ヘルマール?」
「何?」
「スターガンって打撃? エアカッターって切断?」
「まあ、そうだね」
「スライムに効かなくない?」
「うん。一般的には無理だね。《フレア》」
ヘルマールが呪文を唱えると、炎の塊が生まれ、スライムを焼き殺した。
「今日は地上に戻ってスケルトンを狩ろうか。あとで火属性魔術を教えてあげるよ」
◇
そんなこんなで二日ほどが過ぎた。
今日も、要塞内で骨狩りだ。
今いる場所は、地下牢のような場所。
地下と言っても、この前のシーフギルドの連中がいた辺りとは繋がっていない別の地下室だ。
この地下牢、やたら広い。
何本もの廊下と、無数の
何百人の罪人を閉じ込めていたんだ? と突っ込みたくなるほどだ。
ヘルマールが言うには、ダンジョン化すると雰囲気そのままで広くなる事がある、らしい。
だな。
ここは地上部分よりも、スケルトンが大量に出てくるようで、狩りの効率は上がっていた。
「《スターガン》《エアカッター》」
一発目の星型弾が盾を砕き、二発目の風の刃が、スケルトンの胴体を切り裂く。
楽勝だ。
このやり方で一日に百体は倒しているが、全く危険を感じない。敵の強さ、エンカンウント率、共に最高の狩場と言える。
光になって消えていくスケルトン。
剣だけが床に残った。
「やっとドロップアイテムが出たか……」
前言撤回。
ドロップアイテム狙いなら、最低の狩場だ。コボルトもここまでケチじゃなかった。二日かけてたった一本とか、あんまりじゃないか?
《鉄の剣》
『武器タイプ:剣 攻撃+50』
「お、おう……」
これは、微妙すぎる。マイナス補正じゃなかっただけ、まだましかもしれないが。
もう俺は剣を使わないし、こんな物を持っていても意味がない。
いや、待てよ?
「既に補正がついている剣を宝箱に投じた場合、どうなるんだ?」
この世界の人間は、そんなの考えた事すらないに違いない。そもそも宝箱設置のスキルを知らないから。
シーフギルドの人達なら知っているのかもしれないけど、俺に教えてはくれなかった。
「よくわからないけど、試してみればいいんじゃない?」
ヘルマールは軽く言う。
それもそうだな。
今度、宝箱設置のポイントを見つけたらやってみよう。
というか、鬼脈自体は今も頭の上にあるんだが……行って見るか。
俺とヘルマールは鬼脈にそって歩く。
進むにつれて、スケルトンがやってくる。
「なんか、エンカウント率が上がっているような気がする」
「これは、ボス部屋かもね」
「ボス、やっぱり強いのか?」
「さあ? 戦った事ないからわからない。コボルトの時も大きい奴いたじゃん? あんな感じのがいると思うけど」
そのうち、通路の突き当たりについた。
頑丈そうな鋼鉄の扉。鬼脈はこの中に流れ込んでいる。
ここがボス部屋か。奇しくも目的地と重なるとは。
いや、これが普通なのか?
ボスは、ダンジョン内でも最も強い魔物だ。そして魔物は鬼脈が生み出す。となれば、二つが同じ場所にあるのは自明の理。多くのゲームでボス部屋に宝箱があるのもそういう理由……。
いやいや違う違う。何おかしな事考えてるんだ俺。普通のゲームは宝箱設置のスキルとかないから。
俺はこの世界に毒されすぎてしまったようだ。
「んー、この先なの? どうする?」
「覗くだけ、覗いてみようか?」
「じゃ、行こうか」
俺とヘルマールは扉を開けた。
直径三十メートルはあろうかと思われる円形の部屋。鬼脈はその中心まで流れて、天井から床へと突き刺さっている。
その鬼脈を吸い取るような位置に、何かがいた……。
緑色のどでんとした塊。液体なのか、表面はぬめぬめと光を反射している。
全身が、呼吸するかのようなリズムで、微かに蠢いていた。
取り巻きの類はいない。あれが、ボスか。
《巨大腐敗スライム》
攻撃: 6K
防御: 6K
追尾: 4K
回避:16K
探知: 5K
隠密: 8K
適性: 7K
スキル、打撃半減、切断無効
うわぁ……。
「なんかステータスがおかしくないか?」
「そんなに凄いの?」
「いや、おまえだったら余裕だろうけど……先制をかけるとしても、防御が六千とかあると俺の手にはおえないぞ?」
「そう? じゃあ、お兄さんにはちょっと早いって事かな? 《グラビティー・バインド》」
ヘルマールは呪文を唱えて巨大スライムの動きを止めた。そして俺を扉の方へと引っ張る。
「帰るよ。ほら、行こう」
「え? 帰っちゃうのか? この前みたいに氷付けにしないのか?」
「んー、やろうと思えばできるんだけど……私が戦っても意味ないし……お兄さんがもう少し強くなったら、一人でいけそうな気がするんだよね」
「俺でも倒せる?」
ちょっと、数字的に厳しくないか。
「あれに勝てたら、お兄さんのステータス、すごく上がると思うんだ。後でスライムの倒し方も教えてあげるよ」
「倒し方とかあったのか?」
スライムは、弱点らしい弱点がないと思っていた。
せいぜい、大火力の魔術でごり押しするぐらいだと。
とりあえずボス部屋は放置という事で。
その後は、とりあえずステータス目的でボス部屋近くのスケルトンを狩り続けたら、また鉄の剣が出た。
もしかして、この辺りのスケルトンはアイテムが出やすいのか?
単なる偶然なのかも知れないけど、しばらくはこの近くで狩りを続けてみる事にしよう。
◇
その日と翌日の狩りの結果から言えば、単なる偶然だった。
アイテム、ぜんぜん出ない。




