21スケルトンのような何か
コボルトの巣穴を脱出した頃には、日も暮れかかっていた。
焚き火を挟んで夕食を取りながら話し合う。
「そろそろ次のダンジョンに行くべきころなんじゃないだろうか?」
「そう? ステータス的にはもうちょっと防御上げた方がいいと思うけど……」
「俺もそれはわかってるんだけどさ……。本来の目的である宝箱設置のテストにならないような気がするんだよな」
シーフギルド長の持っていたシキノクリスみたいなのはそう簡単に手に入らないかもしれないが、もうちょっと強そうなアイテムを入手したい。
コボルト特攻はもういらん。
「そっか……どんな所がいいの?」
どんな、と言われてもよくわからない。本音を言えば宝箱に入れた武器に良オプションがつく狩場がいい。でも、ヘルマールだってそんな事知るまい。
「魔術適性が上がりやすい狩場とかないかな」
「一応あるよ、凄く効率がいい場所が。でも無理。たぶんお兄さんじゃ死んじゃう」
「死ぬ?」
なんで?
「ウイスプが大量に出てくるからね。今のお兄さんなんかが行ったら五秒で火ダルマだよ? できれば水属性の魔術が欲しいんだけど……お兄さんのステータスだと、ディフェンド・ファウンテンはまだ早いかも」
適性を上げるための適性が足りないとは。
「じゃあ、コボルとの次に強い敵でいいよ。あるいは、武器のドロップが期待できるところとか……」
「うーん? この辺りで他にダンジョンって言うと……、あれかな。スケルトンの要塞」
「要塞?」
これは強敵がいそうな感じだ。
「一匹ぐらいなら、お兄さんでもいけると思うよ? コボルトよりは、適性も上げやすいだろうし……」
「なら、そっちに行ってみよう」
「そうだね。ちょっと距離があるけど、飛べば二、三時間だよ」
結構遠いんだな。
「スケルトンって事は、骨なのか?」
骨格模型のようなモンスターが、剣と盾を構えて襲ってくるイメージがある。ディテールがしっかりしているゲームでは帽子やヘルメットを被っていたりもして……城を守る兵士達が、戦争か何かで全滅してしまったが、死した今でも城を守り続けているという。
なんで衣服がなくなっているのに帽子は消えないのかって? いいんだそんなの。ロマンだよロマン。
「まあ、骨と言えば骨、なのかな……」
ヘルマールは、思案するように言う。
何だよ。何か違うのか?
◇
翌朝。
朝食を取って荷物をまとめて、そして出発だ。
「じゃあ、お兄さん。ホウキに変身してみて」
さっそくヘルマールからの無茶振りである。
何考えてんだ。
「あのね、お兄さん。わかるでしょ? 今日の移動は時間が掛かるから、この前みたいに余分に一往復するよりも、一回で行った方が効率がいいんだよ」
「それは……わかるんだけどさ」
わかるんだけど、なんだかなぁ……。
「じゃ、変身してよ、変身」
「いやいや、ここで変身とか言われてもな……」
アイテム変化のスキルは敵に攻撃された時しか発動しない。
何もないここで念じても変身できないのだ。
どうする?
近くに敵はいない。いや、一つだけ方法は思いついたんだけど……。
まさか、このスキルとこのスキルがセットなのって、こういう理由だったのか?
仕方ない、やってみるか。
「《宝箱設置》」
俺は宝箱を設置する。
ヘルマールが、はい? と言いたげに首を傾げるが、何、すぐにわかるさ。
俺は宝箱、つまりレッサーミミックであるそれを、蹴った。
『キシャアアアアアッ』
奇声を上げて襲い掛かってくるレッサーミミック。俺は箱の隙間から出てきた触手に叩かれ、気付けば地面に落ちていた。
よし、ちゃんとホウキになれている。
「あーなるほど、そういう使い方か」
納得したように頷くヘルマール。俺の出したレッサーミミックを瞬殺すると、俺に跨り荷物もぶら下げた。
俺の体に押し付けられるヘルマールの下半身。……なんか心地よい。
でも、何かとてもいけない事をしているような気分になってきて純粋な気持ちで楽しめないんでやっぱりやめて欲しいんですけど。
「あ、この状態だとお兄さんしゃべれないの?」
そうだよ。もういろいろ諦めたから、早く行ってくれ。
俺の内心の嘆息が伝わったかどうかは知らないが、ヘルマールは俺に跨ったまま空に飛び上がった。
……なんだろう。
自動車でハンドルを握ると性格変わる人がいるとか聞くけど、ホウキで飛ぶ時もそういうのあるんだな。
「うっひゃあぁぁぁっ! 速い速い! 凄い凄い凄い!」
なんだか今日のヘルマールはやたらテンションが高い。
森の上をかっ飛んでいたかと思うと、急上昇して、宙返りぐるぐる、そして急降下。地面スレスレを木を縫うように飛んで葉っぱを掻き分けて再び大空へ。
はしゃぎすぎだろ。
何がそんなに嬉しいのかよくわからないけど、少し落ち着け。
「あははは、ごめん、ビックリしてる? でも私もビックリしたよ。だってこのホウキ、すごい乗り心地いいんだもん。急加速が速いし、旋回のキレもいい」
まあ、オニギリの時点で金貨二百枚ぐらいの価値とか言われたからな。
このホウキもそれぐらいの価値がある名品なのかもしれない。
最初ははしゃいでいたヘルマールも、すぐに黙り込んでしまった。俺が反応できないからつまらなかったのだろう。
しかも、雨が降り始めた。
ホウキ状態の俺でも寒さを感じるのぐらいだから、ヘルマールはかなりキツイはずだ。
大丈夫だろうか?
そんな状態で三時間ほど飛んだ頃、ヘルマールが言う。
「お兄さん見える? スケルトンの要塞だよ」
暗い空。雨が降り注ぐ中、行く手に岩山のような物が見えた。
どこかで落雷が響き、光がシルエットを映し出す。
高い尖塔、崩れかかった城壁、頑丈そうな天守閣、何かが蠢いている中庭。
恐ろしさが詰まったような廃城。
あれが、スケルトン要塞。
◇
要塞の近くに大木が生えていて、ヘルマールはその下に着地した。
ここなら雨をしのげそうだ。俺もやっとホウキから元に戻れる。
「なんか、凄い疲れた……」
ヘルマールは凍えてしまったのか、唇が紫色になっていた。服はびしょぬれだし、手足もブルブル震えている。
「おまえ、大丈夫か」
「風邪引いちゃいそう」
ヘルマールは帽子を脱いで、手袋を外し、靴も脱いで、長い靴下も脱ぎ、パンツまで下ろしてしまう。
「っ、ちょっと待て、おまえ……」
「だってびちゃびちゃして気持ち悪いんだもん……」
そりゃ、おまえが一人で旅してるならそれでもいいけどさ、今は俺がいるんだ。少しは意識してくれ。
「す、少しは恥らえよ」
「誰も見てないじゃん」
「俺がいるだろ?」
「別にいいよ? むしろ、お兄さんには見て欲しいな?」
言いながら、上着を脱いでしまうヘルマール。
俺は慌てて後ろを向いた。
ゴソゴソと衣擦れの音が続く。たぶんシャツとスカートも脱いでいるのだろう。
このまま振り向いてもヘルマールは怒ったりしないだろう、もったいない見てしまえよ、という思いが渦巻いたが、必死に押さえ込む。
「はいはい。もう体に毛布巻いたから大丈夫だよ」
ヘルマールにそう言われて、なぜかほっとした。
そっちを見ると、ヘルマールは本当に毛布を体に巻きつけていた。お風呂上りにバスタオルを巻きつけるみたいに。
毛布の下は裸なわけで、本当にバスタオルと変わらない。
「お兄さんって、変わってるよね。どんな文化圏で育ったの? 宗教上の理由で異性の裸を見たらいけないとか?」
「俺は無宗教だよ」
いや、男女七歳にしてなんとかって、どこの言い伝えだっけ? あれは仏教? よく知らないけど。
「じゃあ何? ホモ?」
「やめろ」
「それも違うの? 私が子どもっぽいからなのかとも思ったけど、それなら目を逸らす理由がない……まさかっ、もっと幼い女の子じゃないとダメなの?」
違ぇよ。どうしてそうなるんだ。
◇
一時間ほど待った頃には雨は上がっていて、ヘルマールの顔色もよくなっていた。
ヘルマールは濡れた服を、火の魔術で軽く炙って水分を飛ばして乾かしてから、着なおした。
「さてと、行こっか」
ヘルマールはサバサバした感じだったが、俺は改めて女の子と二人でいる状況を意識させられてしまって、精神的にはガチガチだ。
気を取り直して、スケルトンの要塞に突入する。
石で作られた通路を進んでいく。
数十メートル先を、何かが動いているのが見えた。
あれがスケルトン……なのか?
「……え? 何あれ?」
何なのだろう。魔物だと言う事はわかるのだが、それ以上がよくわからない。
一言で表すなら、棒人間、だろうか。
右手に剣、左手に盾を持っている。それは予想通りだ。
黒い棒のような胴体。同じく黒い棒のような腕や足。所々にテニスボールぐらいの大きさのふくらみがあって、そこが関節になっているようだ。
頭部も小さく丸い。その中心に赤い光が灯っている。
なんなんだろう? ガードロボット?
スケルトンって、もっとこう、肋骨的な物がある魔物だと思っていたのだが。
もしかして、別のモンスターなのか?
鑑定。
《スケルトン》
攻撃:500
防御:800
追尾:400
回避:600
探知:250
隠密:200
適性:600
スキル:剣術、防御
「間違いなくスケルトンだ?」
いや待て、まだ鑑定スキルが間違っている可能性がある。
その間にも、剣を振り上げてこっちに走ってくるスケルトン。
「ほら、お兄さん、来るよ、がんばって!」
「お、おう」
こちらの困惑も知らずに応援してくるヘルマール。
しかたない、やるか。
「《スターガン》」
俺が呪文を唱えると星型弾が飛んでいく。
魔物は盾で防御するが、盾が真っ二つになって壊れた。これが防御?
盾を失っても魔物は怯まない。残り三十メートル。
「《スターガン》」
もう一発。星型弾は、魔物の棒のような胴体の横をすり抜けた。正確に狙わなければ無理か? いや……他の呪文なら。
残り二十メートル。
「《エアカッター》」
透明な刃が飛んで行き、魔物の胴体を真っ二つに切り裂く。
よし。横に広いこの攻撃なら、縦長の相手でも攻撃しやすい。
今の一撃で倒せたようで、魔物は光を発しながら消えていく。
とりあえず勝ったか。しかし……なんなんだろう、おかしくないか?
「どうしたの、お兄さん。なんか納得いかないような顔してるけど」
ヘルマールが言う。
俺は、魔物が消えた後の空間を指差して聞く。
「これ、本当にスケルトンだったのか?」
「そのはずだよ。少なくともこっちではそう呼ばれているけど……」
「そ、そうか……」
何か、俺の知ってるスケルトンと違うような気がするが、ヘルマールが俺に相応しいと言ったわけだし、実際倒せた。
深く考えるのはやめよう。うん。
骨は動かないからね
仕方ないね




