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19シーフギルド、ついにキレる


 そんなわけで、俺達は再びアリスの武器屋にやって来た。

 大した武器は置いていない、とさんざん念置きしたのに、委員長もついてきた。

「本当にこっちで有ってるの?」

 俺達の後をついて歩きながら不安そうに言う。

「間違ってないってば」

 というか、ついてこなくていいのに。

「だって、この辺り、お店なんて殆どないじゃない。せいぜいが、ちょっとした食べ物を売る屋台みたいなのばっかりで……」

 委員長の言う通り、この辺りは民家ばかりが並んでいる。

 武器屋なんてあるようには見えない。

「ここだよ」

 俺が建物の一つを指差しても、委員長は首を傾げるだけだった。

「本当にここであってるの? 私の目には、何か商売を始めるつもりで建物を建てたけど、やっぱりやーめた、って感じに見えるわね」

「……お、おう」

 うん。確かにそんな感じだ。

 俺達は扉を押して店内に入る。

「あー、なるほど。外からは解らなかったけど、確かに武器屋ね……」

 委員長は、店内に入るなり納得したように言う。

「この世界って、お店に看板を出す習慣とかないのかしら?」

「そんな事はない。ここがちょっと特殊なだけだ」

「商工会とトラブルを起こしちゃったとか?」

 ……笑えないからやめろ。しかもだいたいあってるし。

「いらっしゃいませ」

 店の奥からアリスが出てくる。

「店員さんかしら?」

「店長ですよ」

「……そうなの」

 委員長は、俺達とそう変わらない年齢にしか見えない少女が店長だと信じなかった様だ。

「とりあえず、武器って……いくらぐらいする物なの?」

「そこの剣は、銀貨三枚です」

 アリスは箱に突き刺さっている剣を指差す。

 委員長は一本引き抜いて、軽く振ってみる。

「ふーん……どうもしっくりこないわね」

 そりゃそうでしょうな。鑑定。


《鉄の剣》

『回避-5』


 ハズレ武器だ。

 そこにはそういうのしかないからな。

 アリスは委員長の格好を上から下まで見てから、聞いている。

「えっと、剣をお使いですか?」

「ううん……魔術士だから。杖みたいなのある?」

「長い杖ですか? タクト系なら一本あったと思うんですけど」

「一応、見せてもらおうかな」

「今持ってきますね」

 アリスは店の奥に入っていく。


「委員長は、この世界のお金持ってたのか?」

「ないわよ。ここには、客としてではなく、様子見に来てるだけ」

 冷やかしかよ。俺が用事あってきてるから別にいいけどさ。

 っていうかよく考えたら俺も金持ってないぞ。


 ヘルマールは、暇そうに壁際の斧を見ていた。

「なあ、ヘルマール。お金ある?」

「うん、あるから大丈夫だよ」

「そうか」

 ならいいや。

 いやいや、ちょっと待て。

「さっき全額渡しちゃってなかったっけ?」

「えっ? ああ、その……銀行からおろしてきたんだよ」

「銀行?」

 なんだ、シーフギルドから盗んでくるって言ったのは冗談だったのか。

 しかし男としてはだな、女の子の貯金を崩させて買い物するとかどう考えても……。

 いつか返さないとな。


 委員長の方を見ると、戻ってきたアリスと話し込んでいる。

「全然お客が来ないんですよ……」

「そうでしょう。看板とか出したらいいのに」

 やっぱりそう思うよな。

「それをやるとシーフギルドに嫌がらせされるんです」

「いろいろ理由はあると思うのよ。だけどね、……宣伝なし、コネなし、商店街に所属しているわけでもなし。……そういうんじゃ、お店ってやっていけないと思うの」

「あううう。だって仕方ないじゃないですか……」

 なんの話してるんだよ。

「委員長、そういうのに詳しかったのか?」

「家が商店街の電気屋だから自然とね」

 へえ、知らなかった。

「なんでシーフギルドって、そんなに偉いのかしら? 日本ならヤクザだって警察に逮捕されたりするのに……。こっちの司法も、証拠がないと動けないとかそういう系?」

「いや、大神官は、義侠の集団とか言ってたけど」

 まああの人は裏で繋がっているみたいだから、アテにはならないが。それでもあの地位の人がそういう事を堂々と言えるって事は、それほど悪い集団と思われていないのだろうか。納得いかない。

「こんなお店を潰そうとする事のどこが義侠よ」

「だよなぁ」



 それはさておき、そろそろ俺も自分の用事を済ませなければ。

「えっと、剣を三本。これとこれと、これで」

 マイナス補正がついている剣もあわせて。まとめ買いだ。

「そんなに買ってどうするんですか?」

「ちょっと実験するんだ。いい結果が出たら教えるよ」


「剣を三本? 森橋君。まさかと思うけど……」

「ん?」

 まさか、宝箱設置の秘密を見抜かれているのか?

「森橋君。あのね、二刀流ぐらいなら、私でも理解できるわ。実際にそうやって戦っていた人だっていたらしいもの」

 委員長はる。

「でも三本目を口でくわえて使うのとか……あれは現実じゃ無理だと思うの」

「違う!」

 委員長、まじめな顔で何を言ってるんだ。漫画の読みすぎだろ。


 ◇


 三本の剣を背負って、武器屋を出る。

「それで森橋君は、これからどうするつもりなの」

「買い物だよ」

 ヘルマールが俺の代わりに答える。

「食料とか、毛布とか……。食料は、とりあえず一週間分ぐらいかな」

「そうだな」

 町の中に留まる理由はない。

 シーフギルドに加えて、王宮ですら味方ではなくなった。完全に居場所ないよな。


 歩いているうちに、市場に出る。

 金のなさそうな旅人を相手にしている店で、保存食と毛布を購入。

「そんな物買い込んで、また森に篭るつもり?」

「ああ。この世界じゃ、ステータス上げていかないと、話にならないからな」

「それが終わったら、戻ってくる?」

「……」

 終わりなんてあるのか。

 今のペースだと、一年戦ってもクラスの皆に追いつけるかどうか。だけど、その間に皆も一年分進んでいる。

 だいたい、追いついたとして、王宮に戻る理由なんてない。むしろ……

「二度と戻らない、かもしれない」

 俺は呟いた。


 今、クラスメート達は王宮で固まっている。

 それは、日本との関わりを失いたくないから?

 ここでクラスメートと縁を切れば、俺はいち早く、日本との繋がりを失ってしまう事になる。


「そんな寂しいこと言わないで……と言うべき場面なんだろうけど。難しいわね」

 委員長はいる。

「だって、森橋君、お城の衛兵を……」

「その話はやめようよ」

 あれはどうしようもなかった。

 大神官の方はともかく、廊下でであった衛兵は、雇われたり騙されたりしているだけの人だろうから、大怪我したり死んでないといいんだけど……。

「そう、気をつけてね……」

「委員長も気をつけてくれ。あと、俺と情報交換したとか、人には言わない方がいいと思う。特に大神官とかには、な」

「え? なんで大神官さんが?」

 ああそうか。委員長は知らなかったんだっけ。

「あいつはヤバイ。表向きはいい人のふりをしているけど、シーフギルドに俺を売ったんだ」

「売ったって……あなた、悪い事でもしたの?」

「悪い事? 違う。俺のスキルの事だよ」

 いや、ちょっと待てよ? 大体、全部教えたら逆に委員長の身が危なくならないか?

 俺がどう説明しようか迷っていると、ヘルマールに服の裾を引っ張られた。

「お兄さん。あいつ来たよ」


「見つけたぞ!」

 そこには、怒りに満ちた顔で俺達を指差す女がいた。

 ダガーナイフを両手に持った長身の女だ。

 シーフギルドのミリアス。なぜここに……。

「あ、まずい。委員長は逃げて、顔を見られる前に」

「えっ? 」

「大丈夫、俺達は問題ない」

 委員長を安心させる。

 しかし実際には大問題だ、法的な意味で。

 襲撃、拉致監禁されて、そのお返しに、建物爆破と窃盗をやりかえしている。次は殺し合いかな?

 ヘルマールが味方でいてくれれば負ける気はしないが、それだけだ。

「ならいいけど。またね」

「ああ。またな」

「必ずよ!」

 死ぬなと言うのか、王宮に戻って来いと言うのか。前者ならともかく後者は無理だけどな。


 走り去っていく委員長を、ミリアスは無視した。

 あんまり顔とか覚えられても困るので、話しかけてみる。

「ああ、初回登場で謎ポーズしてた人と同じとは思えないな」

「余計な事を思い出すな! そして、シーフは恨みを忘れない!」

 ミリアスはよっぽど怒っているようだ。俺、そんなに怒らせるような事したかな?

「おまえは許さない!」

 ミリアスはヘルマールを指差した。

 あれ? 俺じゃないの?

「ヘルマール。おまえ、何かしたっけ?」

「覚えてない」

 だって、のは、俺……を助ける過程でヘルマールがやった事だった。じゃあ、怒るのも当然だな。

 納得している俺の前で、ミリアスは叫ぶ。

「シーフギルドから金を盗むとは何事だ! それも二回も!」

 そうそう。そりゃ怒って当然……って、二回?

 どういう事かとヘルマールの方を見ると、顔を逸らされた。

「おまえ、まさかさっきの買い物のお金」

「お兄さんが必要だって言ったんだもん。私悪くないよ」

「……銀行のくだりは嘘か」

 こいつ、本当にまたシーフギルドから盗んだのかよ。そりゃ怒るわ。


「我らの顔に泥を塗った事、後悔させてやる!」

 ミリアスはダガーナイフを構えた。狙いはヘルマールのようだ。

 こんな戦い、ヘルマールが百パーセント勝つに決まっているし、俺は静観していようとしたのだが、なぜかヘルマールは俺の後ろに隠れる。

「ふふふ、お兄さん。修行の成果ってやつを見せてもらおうか」 

「え? 俺がやるの? 無理でしょ?」

 今までの戦闘成績から、強さのランクは見えている。


 ミリアス>レッサーミミック>俺


 俺がミリアスに勝てるわけがない。


「獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすもの」

「いやいや。獅子じゃないし、おまえの子じゃないし、千尋の谷でもないから」

 特に最後。これ完全に相手に分があるじゃないか。法廷で争ったら百パーセント負けるぞ。……仮にシーフの資金の出所が真っ黒な物であったとしても、だ。


 とは言え、その金の恩恵に預かっているのは俺も同じ。見ているだけというわけにもいかないのだろう。

 前回、シーフギルドと戦った時は、反撃の全てをヘルマールが担当した。

 今回、ヘルマールの代わりに俺が戦うと言う事は……一蓮托生にするつもりかな? 別にいいけどさ。


 さてと、鑑定。



ミリアス・アライト


攻撃:1800

防御:1000

追尾:1800

回避:1700

探知:1500

隠密:2000

適性:100


スキル:ダガーナイフアシスト



 はい、ダメですね。

 今の俺では、魔術使っても勝てません。


 だとすると、もうこれしかないな。

「《宝箱設置》」

 呪文を唱えると、宝箱に擬態したレッサーミミックが設置される。

 俺はミリアスに向かって言う。

「さあ、宝箱だぞ、開けるがいい」

 半ばヤケクソだ。

 ブライアンがどんな気持ちでこのセリフを言っていたのか、よく解った。

 他に言える事がないんだよな、この状態だと。本当、どうしようもないスキルだよ、これ。


 当然、ミリアスが引っかかるわけがない。

「無駄……《サプライズ・ピアース》」

「《宝箱設置》」

 一撃で切り捨てられるのまでは予想済み。

 ミリアスが動くのと同時に、俺は一つ目の宝箱の手前に二つ目の宝箱を重ねがけする。

 ミミックに隣接して設置されるミミック、そして……


 ゴン、と鈍い音がした。


 ◇


 ミリアスのステータスは、レッサーミミックより若干低かった。一撃で倒せるのはスキルの力のおかげだろう。

 つまり、ミリアスは常識ハズレな戦闘力を持っているわけではない。

 だからこう考えた。レッサーミミック一体を一撃で倒せる攻撃技で、レッサーミミック二体に突っ込ませたらどうなるか。

 これがヘルマール辺りだったら、平然とオーバーキルするのかもしれないが……


 ◇


 結果として、一体目のミミックが光になって消えていく中、二体目のミミックの胴体にミリアスのダガーが突き刺さっていた。

「う、嘘だぁ」

『キシャァァァァァァァツッ』

 奇声を上げてミリアスに襲い掛かるミミック。

「バカな! 一人で同時に二つの宝箱を、ぎゃあああああああっ」

 ミリアスは悲鳴を上げながら、ミミックに噛み噛みされた。


 騒ぎを聞きつけて集まってくる兵士を尻目に、俺とヘルマールは全力ダッシュで逃げ出した。


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