18犯人はあなたです
衛兵も去り、ヘルマールも去り……そして俺は小部屋に連行された。
小さな机と硬い椅子がある、五メートル四方の部屋。窓はない。
取調室か何か?
冗談で、カツ丼は出ますか? と聞こうかと思ったけれど、そういう雰囲気じゃなかったし、この国には豚肉はともかく米も揚げ物も存在しないっぽいのでやめておいた。
俺の向かい側には大神官が座る。見張りにつく数人の衛兵。
なぜか追い出されるカームさん。
嫌な予感しかしない。
大神官は優しい笑顔を浮かべてみせる。
「あの悪魔と、どこで知り合ったのですか?」
「いや、悪魔って……そんな悪い奴じゃなかったと思いますが?」
「あなたは騙されているのですよ」
「そうかなぁ……」
「そうです」
「少なくとも、シーフギルドよりは善良だと思いますけど? ……って比較対象がシーフじゃだめか」
悪人とか詐欺師の代名詞みたいなものだもんな、と思ったのだが。
大神官は首を振る。
「あなたの世界では違うのかもしれませんが……シーフギルドは、別に悪の組織ではありませんよ?」
「は? そうなの?」
「そうです。弱きを助け、強きを挫く。義侠の集団なのです」
強きを挫く? 王宮の中でのほほんとしてる大神官が何言ってやがる。
「会ってみた限りでは、そうとは思いませんでしたけどね」
強きを挫くという意味ではあってるかもしれない。
王に真実を報告せず、利益を独占しているわけだからな。でも弱きを助けてる感じはなかったから意味がない。ただの悪だ。
「本当に正義なんですか? 宝箱設置のスキル持ちを誘拐して、奴隷にしているとしても?」
「ははは。何をわけのわからない事を」
信じていないのか、何かの間違いだとしたいのか。
怪しい。
こいつ、本当は何か知ってるんじゃないか?
「逆に聞きたいんですけどね? あなたのスキル説明文って、本当の情報が表示されるんですか?」
「何を言っているのですかな?」
大神官は笑顔を崩さないが、頬の辺りが引きつっている。
「俺の宝箱設置の説明文、全然あてにならなかったですね?」
「それは仕方のない事ですよ。完全なスキルなど存在しません」
「本当は仕組みを知っていたのに、わざと教えなかった、とか?」
「説明文を強制解放するスキルをつかったのです。そんな事はできない……」
「例えば、説明文を偽造、捏造できるスキルがあるとか……」
「……」
おっと、図星かな?
俺が鑑定を使った時もなんか怒っていたし、このスキルは誰にも知らせていないのだろう。
「シーフギルドの人は、俺が《宝箱設置EX》のスキルを持っていると知っていた。王宮の中にスパイがいるとしか思えない……」
「あなたが中庭で宝箱設置を使っているのを見ていた人、ですね」
「違います。シーフギルドは、ただの《宝箱設置》ではなくEXだと知った上で襲ってきた。つまり、少なくとも一度、俺のスキル欄を見ているはずです」
「……ほう?」
シーフギルドと繋がっているのだから、最初からこの世界にいた人間。つまりクラスメートは全員除外。
その中で、俺がシーフギルドに捕まるより前に俺のステータス欄を見ている人。
シーフギルドと正面からケンカしてるヘルマールは除外。
そのヘルマールを王宮に招き入れたカームさんも除外。
王族がシーフギルドと繋がっていたらシーフギルドの長が言ってた話とつじつまが合わなくなるので王女も除外。
一人しかいないじゃん。
「シーフギルドに情報を流しているスパイはあなただ。違いますか?」
俺は大神官に指を突きつけた。
「何を言っているのですか? そんな事をして私にどんなメリットがあると?」
「シーフギルドの後押しで、今の地位を手に入れたとか?」
「……」
無言になる大神官。
ダメ元で否定ぐらいすればいいのに。
いや、これカームさんあたりに聞いたらすぐわかっちゃうだろうから意味ないか。
後ろに控えている衛兵達は、顔色一つ変えない。
こいつら、知ってるのか。グルなのか、なるほど。なるほど。
完全に腐ってやがる。
「《宝箱設置》」
俺は机の上に宝箱を出す。当然レッサーミミックだ。
目の前にそんな物を出されて、さすがの大神官も顔色が変わる。
「な、何をしたいのですか? ここでそんな物を使ったら、死人が出ますよ?」
「……やらなかったら、俺を口封じに殺すんじゃないかと思って、な」
室内には立った二人の衛兵しかいない。部屋の外に何人か待機しているのかもしれないが、無駄だ。
こいつら、ヘルマールを警戒し過ぎたな。そして
いや、それ自体は間違いではないのだが。
俺一人でもコボルトを狩れる程度の力があるという話を信じなかった。
カームさんをごまかせるだけのネタが用意できなかったとは言え、俺の身体検査をしなかったのも。
俺は星飾りのついたステッキを取り出す。
椅子を蹴って立ち上がる大神官。
俺は呪文を唱える。
「《スターガン》」
「《ホーリー・シールド》」
大神官は、自らを光の壁のような物で囲った。それで俺のスターガンを防げると思ったのだ。
バカめ。最初からおまえは狙ってない。
俺が狙ったのは机の足。木でできた机の足は一撃で吹き飛び、貫通した星型弾は大神官のシールドに当たって消滅した。
「はっ? それだけか?」
もちろんそれだけではない。
足が一本なくなった机は倒れる。大神官の方に向かって。
上に乗ったレッサー・ミミックも、そちらに行く。
「なっ。なんだとっ!」
レッサーミミックが大神官のシールドに触れて、火花を散らした。ダメージを与えてしまったが、倒すまでには至らなかった。
『キシャァァァァァァァァァァァッ』
動き出すレッサーミミック。大神官のヘボいシールドを一瞬でぶち破り、噛み付く。
「ぎゃあああああああああっ」
「うわっ! 動き出した!」「大神官様が!」
悲鳴を上げる大神官、衛兵達も慌て始める。
これ倒すの、一般兵には無理なのか?
カームさんはレッサーミミックを一撃で倒してたのにな。あのおじいちゃん、やっぱ強かったんだな。
扉が開いて、外にいた衛兵達も中に入ってくる。
「おい、何があった。うわああっ? 何があった?」「召喚者が乱心したぞ! 誰か、誰か応援を呼べ!」
混乱を続ける衛兵達を無視して、俺は部屋の外へ。
「待て。さっきの悲鳴は何だ? そこで止まれ!」
俺の方に走ってくる衛兵の足元めがけて、
「《宝箱召喚》」
「なんだこの邪魔な箱は……ぎゃぁあああああっ」
やってしまった。
大神官の件はともかくとしても、こっちは俺の側の罪としてカウントされてしまう。
どうしよう、外まで逃げるか。
◇
「ああ、死ぬかと思った」
脱出はそれほど難しくなかった。
ヘルマールの騒ぎのせいで衛兵の多くが玉座の方の警備に行っていたし、取調室からある程度離れたら俺を不審者扱いする人もいなくなって、普通に歩いて外に出れた。
門番なんて「また狩りですか? お気をつけて」なんて挨拶してきた。ノンキなもんだ。
でも、これ二度と戻れないよな。別にいいけど。
そういば、コボルトの凄い槍は、どうしたっけ?
カームさんに渡して……返してもらった記憶がないな。武器屋に売るのを止められたのだから、こっちに渡したら相応のお金が貰えてもいいはずでは?
ついでに、剣と鎚も没収されている。
別にいいけどさ。ヘルマールから貰ったこのステッキさえあれば俺は戦えるんだ。
いや、ダメか。食料もなしに森に潜ると遭難する。しかも俺の所持金はゼロ。
ヘルマールを探して……あ、でもヘルマールも所持金ゼロか。どうしようかな。
どっちにしろ、ヘルマールと合流してから考えたい。
都の中だと、あの武器屋ぐらいしかないんだけど。
次に出かける前に武器を買う、って話はしたし、会える可能性はあるかな?
俺は武器屋に向かって歩きだそうとして、後ろから呼び止められた。
「待ちなさい」
眼鏡をきらりと光らせて、委員長が立っていた。
「森橋君、あのコスプレの女の子に会いに行くつもりでしょう」
「いや……」
あってるけど間違ってる。
コスプレって言うのやめろ。
「あの人は危ないから、関わったらダメよ。わからないの?」
「シーフギルドの方がよっぽど危ないよ」
加えて言えば、王宮も危ない。
このままだと普通に謀殺されかねない。
下手すると、近いうちにこの都から脱出する必要があるかもな。
俺は委員長を無視して歩き出すが、委員長はついてくる。
「あの子、そんなに危ない人だったの?」
「俺はそうは思わなかったけど。……ヘルマールが自分より強いから、警戒してるんじゃないかな」
例えば国会議事堂にマシンガンを背負った幼女が現れたら、間違いなく警備員に取り囲まれる。仮に悪意がないとしてもだ。
とはいえ、さすがに相手の話も聞かずに殺そうとはしないだろう。
やっぱこの世界の住人、人としてダメだ。
俺は無視するつもりだったが、委員長は俺の後をついてくる。
ここではぐれたら、二度と戻ってこないと気付いているのかもしれない。
でも、委員長は帰るしかないと思うんだけどな……。
「ねえ、デモニックイーターって何なの?」
「ん?」
「あの子が、そんな風に言われていたでしょ。悪魔とか食べたの?」
何の話だ。
「俺もよくわからないけど、単に魔術が強いってだけじゃないのか」
「うーんとね。危険人物で神への反逆者で火あぶりにしなきゃいけないんだってさ」
なんだか物凄く自虐的な事を。
横から言われて、見ると、ヘルマールがいた。
「おまえ、いつからいたんだ?」
「王宮を出た所の辺り?」
ステルス迷彩か。
「っていうか、さっきの自虐は何だよ?」
「んー……。あの偉そうな人に、変なのつけられちゃってさ」
そう言って、ヘルマールはステータスを見せてくれる。
スキル説明文がついていた。
《デモニックイーター(強欲)》
『危険人物、神への反逆者、火あぶりにすべし』
なんだこれ?
大神官に何かされたのか?
自虐的な説明文。
っていうか、他人から無理やり書き込まれたんだから、ただの虐だな。イジメだな。
これで説明文の捏造は確定だ。だって、何の説明にもなっていないし、効果もわからない。
俺も鑑定スキルとか過信しないようにしよう。
この世界、油断すると酷い目にあいそうだ。
「このスキルの本来の効果って何なんだ? 強欲って……」
「強いて言うなら、知識欲、かな? このスキルを持っていれば、ありとあらゆる魔術の仕組み理解できるようになるよ」
「ステータスは?」
「そっちは自前だけど……」
おまえ、どれだけ魔物倒したんだよ。
「そんな事よりお兄さん。早く武器屋に行こうよ」
「武器屋?」
委員長が身を乗り出してくる。
「武器屋って何? もしかして王宮で支給された武器よりいい物が売ってるのかしら? 私にも紹介してよ」
「……」
ありません。
待てよ?
大神官のファミリーネームをフィードリチカ(シーフギルドの長と同じ)にしておけば完全に言い逃れ不可能にできたのか?
いや、それはやりすぎか




