15激戦のコボルトキラー
数百とも数千とも知れぬコボルトの群れ。
これらが一斉に襲い掛かってくればいくらヘルマールといえども無事ではすまない……
と、俺は思った。
しかしヘルマールは慌てることなく呪文を唱える。
「《アブソリュート・フィールド》」
ズオン、ゾズズズズズズズズズ
白い霧のような物が広がり、コボルト達の動きが鈍くなった。こちらに向かって歩いてこようとしているが、足が地面にくっついて上がらないようだ。
これは、地面が凍っているのか?
『キエッグ!』『キェェッグ!』
コボルト達は槍を振り上げて、何か必死に叫んでいる。
しかし、白い凍結は足だけでなく、コボルト達の全身をも覆いつくしていく。
『キエッグ!』『キ……』
騒がしかった周囲が静まり返っていく。
凍りついたコボルトの彫像が無数に立ち並ぶ空間。上から差し込む光で、氷がキラキラと輝いている。
だがそれも十秒ほどのことだった。
無数の彫像は、一斉に光を発した。中のコボルトが死んで消滅したのだ。残された空っぽの氷の象も、タイミングを合わせたように崩れ落ちる。
十秒間で数千匹のコボルトを?
「これは、何の魔術だ?」
「氷獄属性の魔術だよ。範囲内の全てを凍結させて動きを止める。氷は魔物の体内にまで浸透し、凍死させる」
「えぐいな……」
「炎でどかーん、ってやってもよかったんだけど、こういう所でそれをやると危ないからね」
「お、おう……」
……なんか、それ以前の問題のような気もするけどな。
コボルトキングとは何だったのか。いつ消えたのかもわからなかったぞ。
◇
数千のコボルトを一瞬で狩ったせいか、ドロップアイテムも百ぐらい出た。
あちこちにボロボロと散らばっている槍、槍、槍……槍しかないな。
どれもこれも『ぼろい槍』だ。コボルトキングは何もドロップしなかったらしい。
あ、なんか見た目が違うのがあるぞ。
もしかしてレアドロップかな?
《コボルトのすごい槍》
『武器タイプ:切断槍 攻撃+50 特性:亀型の魔物に対してダメージ二倍』
「すごい槍っていうけど、それほど凄くもないんだよなぁ……」
というか、亀特攻がついてる?
こいつらも、ストーンタートルと戦ったりするのかな? いや、魔物同士だからそれはないか。
この槍は、町まで持って帰る事にしよう。
「っていうか、これだけ倒したら、ステータス、上がったか?」
ヘルマールに聞いてみる。
俺の場合、コボルト一体倒すだけで一上がっている。範囲攻撃で千匹以上同時に倒したならきっと凄い事に……と思ったのだが、ヘルマールの反応は淡白だった。
「んー、表示が大雑把になってるから見えないけど……10ポイントぐらい上がってもおかしくないと思うよ」
ああ、おまえKで表示されてるもんな。端数が見えないのか。
そしてステータス高いと上がりずらくなるのはこの世界も同じか。
しかし、目的を忘れるところだった。
俺は鬼脈を追いかけていたんだ。
空中を流れる光の粒は、天井の穴から差す日の光の中に紛れながらも、洞窟の奥へと向かっている。
俺はそれを追いながら歩く。
大広間を抜けてさらに進む。
薄暗い洞窟。だんだん深い所へと降りていく。
「ヘルマールもこの洞窟来た事あるのか?」
「んー? 昔、一回来た事あるよ。敵が弱かったから適当な所で出てきちゃったけど」
「そりゃおまえじゃなぁ……」
ステータスが違いすぎるからな。
俺達はひたすら洞窟を進む。途中で何度もコボルトに遭遇したが、俺が魔術で危なげなく片付ける。
いくつもの曲がり角を抜けて、もう諦めて戻ろうかな、と思い始めた頃。ようやく洞窟の最奥にたどり着いた。
天井を走っていた鬼脈が地下へともぐりこんでいる。
ここに宝箱を設置すればいいわけだ、が……。
どうするかな。
「あのさ、ヘルマール。これ、どうやったらいいんだろう」
「うーん? まず私にはお兄さんが何をしたいのか、よくわからないんだけど?」
それもそうか。説明してないものな。
「いや、シーフギルドの人達が言ってたんだよ。中にアイテムを入れて宝箱を設置する、って。俺もそれを試してみようと思ったんだけど……」
「うん」
「それで、この前武器屋で、何の補正もついてない剣を買ってみたんだよ」
「ああ、そんなのもあったね。それの何が問題なのさ?」
「よく考えたら俺、肝心のその部分を見せてもらってないんだ。どうやって箱の中にこの剣を入れればいいのかよくわからなくてさ……」
「うーん、そんな事言われてもな……。それはお兄さんの固有スキルなんだから私にわかるわけが……いや、まてよ」
ヘルマールは、何か思いついたようだ。
「……とりあえず、箱を出してみて」
「わかった。《宝箱設置》」
俺は鬼脈に合わせて箱を設置する。
さて、ここからどうする?
「どのアイテムを入れたいの?」
「この剣だけど?」
「ちょっと貸して……」
ヘルマールは俺の手から剣を取ると、宝箱にそっと近づいていく。
「ほれ、お食べ」
剣を投げつけた。
宝箱の蓋……いや、ミミックの口が大きく開いて、剣を飲み込む。
え?
「……食べちゃった?」
「ダメ、かな? とりあえず中に入ったから問題ないと思うんだけど」
「うーん?」
ああ、そうか。俺は宝箱のつもりで設置してたけど、これミミックだもんな。
アイテムを体内に入れたかったらこうするしかないよな
だけど、なんか納得いかないんだよな……。
一応、鑑定。
《普通の宝箱》
『生まれたばかりのミミック。剣が体内に入ってしまった。まだだめよ、まだだめよ』
よくわからないけど、今回はお試し期間みたいな物だしまあいいか。
ヘルマールも何かぶつぶつ言っている。
「……やっぱあれだな。これ、色欲の系統のスキルだ」
「は?」
「なんでもない。こっちの話」
なんだよ。また危なそうなフラグが立った気がするぞ?
色欲って、確か七つの大罪の一つだよな? ……ということは、あれか。
これは、後で追求しておいた方がいいかな。
とりあえず今日はもう外に戻る事にしよう。
◇
洞窟の外で昨日と同じく夕食を取る。
その時に聞いてみる。
「前から思ってたんだけどさ、デモニックイーターって何なんだ?」
ヘルマールは首を傾げる。
「なんだろう?」
「いや、おまえの固有スキルなんだが」
鑑定。
ヘルマールの固有スキル欄にはしっかりとある。デモニックイーター(強欲)と。
どのあたりが強欲なんだろう?
むしろ、出会ってからいろいろ助けてもらってばかりのような気がするけど。
あ、待てよ? 某錬金術師の漫画では、強欲さんは意外と仲間思いだったような気がする。その系統か?
「自分に何ができるかぐらいはわかってるけどさ……言葉にして説明しろって言われると、難しいよ」
「じゃあ、おまえはデモニックイーター(強欲)だけどさ、他にもいるのか? 傲慢とか嫉妬とか……」
「いると思うよ? 会った事はないけど。あ、暴食とはこの前戦ったかな」
やっぱいるんだ。
「私がお兄さんに会った時の事だけどさ、私、ホウキをなくして遭難してたでしょ? あれさ、暴食のデモニックイーターと遭遇しちゃって」
「大丈夫だったのか?」
「大した事じゃないよ。ちょっと岩山一つ消し飛んだだけだから。それに勝ったし」
岩山って……十分、大した事だと思うんだけどな。
っていうか、都の門番の人が警戒してたの、おまえらが原因かよ。
「仲、悪いのか?」
「それは、いろいろ理由があるんだけど……まず仲間だとは思ってないよ、基本」
「そうなんだ……」
なんか複雑な事情があるっぽい。
「じゃあ、色欲は?」
俺のスキルと何か関係があるのか? と思って聞いたのだが、ヘルマールは表情を曇らせる。
「……あいつの話は、ちょっと」
「な、何かマズイのか?」
「んー、どうしてもっていうなら……私といっしょにいれば、そのうち会えるんじゃない? その時に説明するよ」
その話は、ここで終わった。
◇
翌日も、コボルトの巣穴に入ってはコボルトと戦い、宝箱の様子を見る。
けれど『まだだめよ』だ。何か設置方法が違ったか、あるいは、時間がかかるだけなのか。
後者である事を祈って放置して戻る。
そんな事の繰り返しだ。
そんなこんなで気付けば、コボルトの巣穴に三日ほど逗留してしまった。
また今日もダメかな、と思いながら宝箱を鑑定。
《普通の宝箱》
『熟成されたミミック。ヒャッハー、産卵の時間だ』
キター!
俺はわくわくしながら宝箱を開ける。
光と共に出現するアイテム。
中に入っていたのは……。
《爆炎の魔石》
『十分間の間、火炎属性の魔術の威力が二倍になる』
うーん?
今までは、特定のモンスターに対してダメージ二倍の武器を何度も見た。が、今回は相手が誰であれ攻撃力二倍だ。それはいい。
でも効果時間はたったの十分。
高級な使い捨てアイテムって、微妙だ。RPGだと温存した結果、ラスボスの頃には存在を忘れていて使わずに終わってしまうような、そんなイメージ。
これもそんな結果になりそう。
やはり、愛用にできる武器が欲しい。
俺とヘルマールははやる気持ちを抑えて、剣を入れた方の宝箱に向かう。
《激戦のコボルトキラー》
『武器タイプ:剣 攻撃+260 特性:コボルトに対してダメージ三倍』
うわぁ。
これは別に欲しくない……。
ヘルマールさん、一言お願いします。
「神は言っている。おまえは剣でコボルトを狩り続けろと」
「嫌だ。この三日間で、何百匹コボルト狩ったと思ってるんだ。っていうか、俺はもう帰るぞ」
「まだ百匹には行ってないとおもうけどね……」
それとも、また来いって言うのか。
できれば次は別の所で狩りをしたいんだけど。
あ、でも……王宮で貰ってシーフギルドに置いてきたあの剣より強いのか。なんか嫌だけど持っておこう。
◇
一応、二箇所の鬼脈ポイントに箱を設置してから洞窟を出た。次に来た時に魔石が手に入るなら損はしないだろう。
ヘルマールが言う。
「ねえお兄さん。食料、あと二日分ぐらいなんだけど、どうする?」
食料が尽きたら命に関わる。そうなる前に都に戻るべきだ。
しかし、ここから都まで歩いて一日かかる。
今日、帰ってもいいし、まだ一日ここに留まる事もできる。
どうするか。
「そうだな。俺は一度、王都に帰りたいな。この『すごい槍』とか売りたいし……それに、往復して二日だぞ。ここを離れてる間は、宝箱の中身を確認できないだろ」
一日余計に留まったら三日経ってしまう。宝箱の中身が悪くなってしまうかもしれない。
「そっか」
「新しい武器も仕入れたいし……、一回、王宮にも戻ったほうがいいと思うんだよな」
帰りたい理由は山ほどある。
「シーフギルドの件さえなければな……」
俺が言うとヘルマールは胸を張る。
「それは心配しなくていいよ。私がドーンってすれば、どうにでもなるから」
逆に不安になってくる。
町中で無関係の市民を氷付けとか、絶対にやめろよ?
マジでやめろよ?
◇
森橋卓巳
攻撃:320
防御:258
追尾:298
回避:295
探知:244
隠密:620
適性:551
スキル:ワーグ語、鑑定(万能)、交渉、マイナスカリスマ、風属性魔術、土属性魔術
固有スキル:宝箱設置EX、アイテム変化EX
(ステータスを一部修正)




