11みすぼらしい武器屋
11みすぼらしい武器屋
武器屋を求めて三時間。
迷った。
既に日はくれ始め、西の空が赤く染まっている。
「ないなー」
「ないねー」
俺達は大通りから少し外れた細い路地を歩いていた。
ミミックランドがある方角には行きたくなかったので、逆方向に武器屋がないかさがしているのだが、これが見つからない。
地面は石畳から土に変わり、両側に建つ建物の背も、若干低くなり……。
ヘルマールは《ターミナル・コンパス》を起動しているのだが……、どうも上手く行ってない。
「この前は町まで一発で戻れたのに……」
「武器屋、みたいな複雑な概念だと、ちょっと苦手みたいなんだよね。あ、なんか近いっぽい……」
ヘルマールは一軒の建物の前で立ち止まった。
「ここか?」
「たぶんね」
実の所、俺達は何回もハズレを引かされている。
指定された建物がどう見ても民家で、おかしいな、と思いながら入ったら、やっぱり民家だった、とか。
建物の向こう側の道のそのまた向こう、とかいうオチなんだろうけど。
俺達はあまり期待せず、その建物の扉を開ける。
うむ、今度は民家ではないようだ。
店内にはいくつもの木箱が置かれ、そこに剣が何本も無造作に突っこまれていた。
片方の壁際には大きな棚。ナイフのような物が陳列され、もう片側には戦斧が並んでいる。
武器屋だ。間違いなく武器屋だ。
「い、いらっしゃいませ……」
カウンターの向こうの扉が開いて、俺とそう変わらない年齢の少女が出てきた。売り子だろうか?
「店長のアリスです。今日はどのような物をお探しでしょうか?」
ん? 店長? この子が?
俺は改めて、少女を観察する。
金色の髪に赤いリボン、青っぽいワンピース……店員かどうかも迷うのだけれど、店長?
「えっと、ここは父の残した店でして……」
「いろいろ苦労してるんだな」
「そっ、それほどでもありません」
俺の言葉に照れるアリス。
いいなぁ、クラスメートの女子もこれぐらいチョロかったら人生楽なのに……
さて、買い物だ。
鉄の剣が並んでいるだけだ。どれを見ても同じように見える。
だが、真実は違うはずだ。
特にこの世界の場合は、魔力的な補正がある。もちろん、数値がどこかに書いてあるわけではないし、外見でも判別できない。
「ふふふ……俺の真価が試される時だな」
もはや王道とも言える買い物シーンだ。
鑑定スキル。それは買い物のプロである事を、神から保証された称号である。
武器屋で鑑定スキルを使って、優秀な装備のみを買いあさる。
鑑定スキルを持っていない素人が集めて並べた武器の中から神装備を取り上げ、すまし顔で買い叩くのだ。
……ちょっとアリスに悪いような気もするが、ここは超えなければいけないお約束としてあえて買い叩いて見せよう。
さあ、神装備よ、来い!
《鉄の剣》
『攻撃+10、回避-20』
《鉄の剣》
『回避-5』
《鉄の剣》
『補正なし』
《鉄の剣》
『攻撃+25、回避-100』
《鉄の剣》
『補正なし』
あれぇ?
「……なんか、普通の武器、場合によっては、マイナス装備が多いんですね」
テンションが下がって思わず丁寧語になってしまった。
「ごめんなさい。あんまり品揃えがよくなくて」
アリスも申し訳なさそうにしている。
いや、誰が悪いというわけでもないんだろうけど……、でも、そうだよなぁ。
ミミックランドの地下で見た装備が、宝箱設置がなければ滅多に作り出せないような高性能装備だとすると……。
王宮で俺が貰ったあの剣ですら、なんだかんだ言ってかなりの高補正品だったんだな。
「お兄さん、どうしたの? 鑑定あるんでしょ?」
「いや……なんか補正が微妙なのしかなくて」
「やっぱりか」
ヘルマールは、そんなの予想していた、と言わんばかりに頷く。
「どういう事だ?」
「鑑定スキル持ってる人は、お兄さん以外にも世界のどこかにいるからね。その人達がいい物は全部持ってっちゃうんじゃないかな」
あー、そうなんだ。
チート能力があっても、なかなか上手く行かない物だな。
他の能力持ちを排除するか囲い込まないと……いや、それはシーフギルドの奴らがやってたのと同じだろ。俺はやらないぞ。
「それはそれとして、マイナス補正がついてる装備って何なんだろう」
王宮でもらった剣にも、回避-100がついていたはずだ。
その代わり、攻撃+200もあった。
強化をつけると回避低下の副作用が出るのは避けられない、というシステムかもしれない。
だとしても、ここに並んでる剣は、マイナスが大きい割りに強化が小さかったり、むしろマイナスしかなかったり……。
「私も詳しく知ってるわけじゃないんだけど……使ってた人が不遇の死を遂げるとそういう風になる事があるって聞いたよ?」
言われて見れば、これ全部、中古品か。
「なんだよ。不遇の死って具体的には?」
「私も知らないよ」
まるで中古の事故車の怨念だな。迷信の類じゃないの?
「……」
振り返ると、すぐ後ろでアリスが悲しそうな顔をしていた。
「「あ」」
「ごめんなさい。そんな武器しか売ってなくて……」
まずい。やってしまった。
「いや、これはこれで、いい武器だと思うよ?」
「そうだよね。これだけいっぱい武器があるんだから、きっとお兄さんにぴったりの武器があるって」
「いいんです、お客さん、気を使ってくれなくても。この店がイマイチなのは解っている事ですから」
「「……」」
これは、重い。
「私、難しい事はよく解らないんですけど、なぜかあまりお客が来てくれなくて……」
そりゃそうだろうな。
俺だって、ここが武器屋だと中に入るまで確信を持てなかったし。
「武器屋だってわかるような、看板を出しておいた方がいいんじゃないかな?」
「それは……その……いろいろありまして……」
看板を出せない理由?
「無認可店と言いますか、ギルドの承認を受けていない店は、本当は営業できないんです」
「え? これ違法出店なの?」
「いいえ。法律には違反していません。ただ、ギルドの組合からは、『武器屋』を名乗りたければ、加入金を支払って、商品の品質も一定以上にしろ、と……。それを拒めば嫌がらせを受けるんです」
何か複雑なルールがあるんだな。
まてよ?
商品の品質にも口を出す? って事は、ギルドの承認を受けた武器屋にいけば、もっといい品物が置いてあるのか?
アリスには悪いけど、そっちで買い物しようかな?
「一応聞くけど、そのギルドって、具体的にどんな」
「シーフギルドですよ」
「げっ……」
なんであいつらが……と思ったけれど、そうか。
宝箱設置の秘密がシーフギルドに握られているのなら、高品質の武器や防具の流通も、向こうの思いのままか。
五百年もあったのだ、乗っ取りなんてとっくに終わっているに違いない。
他の店で買い物するのはなしだ。
シーフギルドが一枚噛んでいる店に行くわけにはいかない。
俺達は指名手配中みたいなものだし、そうでなくてもあんな奴らの店にお金は払いたくない。
むしろ、偶然でこんな店にたどり着けたのは物凄い幸運だ。
「看板を出せないとしても、内装をもっと、華やかにするとかさ」
ヘルマールが的外れな事を言ってる。
ここは武器屋だ。
「改装する様なお金も、ありませんよ」
アリスは悲しそうに言う。
「実は、父から受け継いだこの店も土地を担保に取られてしまい、後三ヶ月以内に借金を返せなければ追い出されてしまうのです……」
「そ、そうなんだ」
三ヶ月って……もう建て直しは間に合わないと思う。この店は、予定通り三ヵ月後に潰れてなくなるだろう……。
不意打ちで重い設定を投げつけてくるのやめてください。
ヘルマールに隅の方に引っ張られ、耳打ちされる。
「どうしよう。お金、大目に払った方がいいのかな?」
意外な所で人の良さを見せるヘルマール。
「いや? そういう問題じゃないと思うぞ?」
「でもさ、どうせこのお金、シーフギルドから盗んできた物だし……」
「それはおまえの好きにしていいけど」
でも、土地が担保だっていうんじゃ、武器の一つや二つ売れたぐらいでどうにかできる額じゃないと思うんだよな。
まあ、生活費の足しにでもしてもらえればいいか。
「とりあえず、いい武器を探そう」
アリスの将来についても気になるが、本来の目的に戻ることにする。
武器を買わなければ。
「じゃ、これかな……」
俺はハンマーの一本を手に取った。
《鉄の鎚》
『攻撃+30、回避-20』
補正の微妙さは相変わらずだが、これに決めた。
なんとなく、剣から離れたかったのだ。
地道に亀を狩っていかなきゃならないのなら、装備を変える事も致し方ない。いつまでもヘルマール頼みじゃまずいからな。
俺は試しに何度か振ってみる。上手く使えそうだ。
そしてふと思いつく。
補正のついていない鉄の剣を手に取った。
「あ、この剣も欲しいんだけどいいか?」
「んー? 鎚といっしょに? まさか二刀流でもやるの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「私はどっちでもいいけど……そうだ、私も何か買おうかな?」
ヘルマールは店内を見回した後、アリスに聞く。
「あとさ、ホウキとかある?」
「え? ホウキって掃除用具の、ですか?」
アリスは首を傾げる。いや、横で聞いてる俺も何言ってるのかよくわからん。
「なあ、ホウキって武器屋に売ってるような物なのか?」
「ある所にはあるよ。私みたいな魔女系やってる人も少なくないからね」
「普通のホウキじゃダメなのか」
「……掃除用のホウキだと上手く飛べないし、魔術の威力に補正もつかないんだよ」
って事は、武器用のホウキもあるのか。
何が違うんだろう? 素材とかかな?
鎚と剣、あわせて銀貨八枚だった。
俺達はアリスの武器屋を出る。
「武器用のホウキ、探すか?」
「いや、いいよ。今から他の武器屋何か探したくないし、この町でシーフギルドに関わる所に行っても物売ってもらえないでしょ。他の町に……あー」
「どうした?」
「ホウキがないと、他の町にもいけないかなぁ、と思って」
「すまん。俺のせいで」
「別にお兄さんのせいだなんて思ってないよ。ついていったのも、敵対したのも自分の判断だし……」
それはそうなんだろうけど、俺が厄介な事情を抱えていなければこんな事には……でも、俺が事情を抱えていなかったら、一人で都の外に出る事もなかったし、ヘルマールは誰にも救助される事なく飢え死にしていたのか。
なかなか上手く行かないもんだな。
「あと、ホウキは一人乗りだからね。お兄さんをつれてはいけないもん」
そう言って、俺の腕にしがみついてくるヘルマール。
「じゃ、他の物も買い込まないとね。食べ物と浄水器、それから毛布もあった方がいいかな」
「そうだな」
夜、暗くなり始めた町を、俺達は歩く。
ストックが尽きたので隔日更新になります
これからもよろしくお願いします




