10ずっといました
さっきの座敷牢に放り込まれた。俺の後ろで扉が閉まる。
扉の方を見ると、鉄格子の間からブライアンが覗いていた。
一応、聞いてみる。
「なあ、俺、これからどうなるんだ?」
「ワシは知らんよ。愚かなやつだ。素直に従って置けばよかったものを」
そうは言うがな。
「同意したらゲームオーバー、拒んでもゲームオーバーじゃないか。どうしろっていうんだ?」
「あの提案を呑めないのは君の宗教観かね?」
「宗教? いや、別にそういうわけじゃ……」
「ここはおまえにとっては異国だ。召喚前の国の法律に縛られぬ方がいいぞ」
え?
「もしかして、この国だと奴隷とか誘拐って合法なのか?」
「いや……ダメに決まっておろう」
ほらみろ。
「それでも、ワシなら自分の命を優先するがね。……何かギルド長に伝言があるか?」
「全ての《宝箱設置》持ちに土下座で謝れ、って言っておいてくれ」
「ううむ、それは伝えないでおくぞ」
そう言って、ブライアンは去って行った。
しかし、参ったな。
友好的に帰らせてもらえる可能性は潰えたわけで。
「勢いでカッコつけちゃったけど、これからどうすればいいんだろ?」
このまま時間が過ぎるのを待つのはなしだ。
たぶん、遅かれ早かれ、騙すか脅すかして奴隷リングだろう。
その展開を回避するためには……俺に何ができる?
「……逃げればいいんじゃないの? 壁とか壊して」
「いや、この壁は道具もなしに壊せるようには……え?」
俺は普通に返事をしてから、異常に気付いた。
声がした法を見ると、ヘルマールが壁に寄りかかって立っていた。
「え? なんでいるの?」
「どう、お兄さん? 私と結婚したくなった?」
「いや、あの……」
わけがわからないよ。
ヘルマールは、一歩進み出ると、くるりとターンしてみせる。
短いスカートが遠心力で舞い上がる様に、つい見とれてしまう。
「ふふん。どう? かわいい」
「あ、ああ」
「お兄さんを落とそうと思って、あれから練習してたんだ」
「えっ」
何やってんだこいつは。
「で? これからどうするの? 脱獄なら協力するよ?」
ああ。
ヘルマールちゃんが救いの女神にしか見えません。
「っていうか、おまえどうやって入ってきたんだ?」
「いや、さっきお兄さんが部屋に放り込まれた時に、隙間から滑り込んで……」
「え? その時点でいたの?」
ブライアンもいたのに気付かれなかった、だと?
「私の隠密ステータスは四万二千だよ」
「お、おう」
ステータスの意味、いまだによくわからないんけど、もしかして隠密と探知とが対応してるのか?
探知が四万二千ないと気付けないのなら……人間には無理だな。
でもどんな仕組みなんだろう。
認識阻害? ステルス迷彩?
「もしかして、助けに来てくれたのか?」
「やだなぁ。私がお兄さんを見捨てるとでも思ったの? でも、助けに来たって言うのはちょっと違うな?」
「え?」
「それっ」
ヘルマールは俺を軽く突き飛ばした。
俺は後ろにあったベッドにしりもちをついてしまう。そこに顔を近づけてくるヘルマール。何か甘い香りがする。
「お兄さんは気付いてなかったかもしれないけどね。この二日間、私はお兄さんから三十メートル以上は離れないようにしてたんだよ」
「ずっと近くにいてくれたのか? あ、もしかして、さっき迷宮に突き落とされた時に受け止めてくれたのも……」
「私だよ。ホント、あの人達って乱暴だよね」
「そっか、ありがとう」
……いやいや待て待て。あの時は俺含めて四人もいたし、特にロクシエールは俺の目の前にいたんだぞ? どうやって……?
でも、受け止められた張本人の俺ですらヘルマールだと気付かなかったという事は、隠密の効果なのか。すごいな。
ステータス上げるだけで神の共犯者状態になれるとは。
「でも、なんでずっと隠れてたんだよ。声かけてくれればよかったのに……」
「だって、タクミ、ずっと寝てたじゃん。まあ、起こそうかなって思ったりもしたんだけど……体いじっても全然起きないからこれはチャンスだと」
「俺が寝てる間に何してたんだおまえ!」
「さあね」
エロ魔女なのか? ロリのくせに……
「あれ? でも俺は昨日、魔術で操られて王宮に……」
「ううん。タクミはずっとこの部屋で寝てたよ。私がくっついてたから間違いない。ギルド長が言ってたのは嘘」
「ハッタリかよ!」
なんだこの敗北感。
「まあいいじゃん。それより、これ食べてみてよ」
ヘルマールは何か差し出してくる。
ちょっと焦げたトーストに、ハムが挟まっている。これは、サンドイッチ?
「どうしたんだ? 食べ物なんて持ってなかったんじゃ」
「うん。おなかすいたから、隙を見て抜け出して、厨房で作ってきた」
「え? 材料は?」
「そこら変にあったのを使った」
それ泥棒じゃないか。
こいつ、シーフから盗んだのかよ。
まあいいか。
とりあえずヘルマールのサンドイッチを食べてから、考える。
「というか、なんでこんな面倒な事を? シーフが来てるって知ってたなら、あの時に教えてくれればよかったんじゃ?」
「それじゃあ、ダメだよ? 撒いた所で、シーフが追跡を諦めるわけないし。それに私思い出したんだよ。宝箱設置にシーフが関わってるらしいって事」
「それとこれに何の関係が」
「だって、お兄さん言ってたじゃん。このスキルの使い方が知りたい、って」
え?
あ、そうか。一応目的は果たしてるのか。
そのためにこんな事を?
「ほんと、ごめんね。先に教えておこうかと思ったんだけど。ばれたら上手く話してくれないかもしれないと思って……」
敵を騙すには味方から、ってやつか。
「いや。いいよ。おかげでいろいろわかった。ありがとう」
「よかった」
撫でて、と言わんばかりに頭を突き出してくるので、抱きしめて軽く撫でてあげた。
「ふにゅう……」
変な声をあげてよりかかってくるヘルマール。
ああ、こいつ、本当にかわいいなぁ。
「おい、何やってるのかね」
オッサンの声で我に返った。ブライアンが鉄格子の向こうからこっちを睨んでいる
「そいつは誰だ! どこから入ってきた?」
「げ、見つかった」
やばいぞ、これは……。
だが、ヘルマールは俺に抱きついたまま、熱に浮かされたような表情で言う。
「いいじゃんいいじゃん、どうせ何もできないんだからさぁ。私達は私達で楽しもうよぉ」
「いや、これ逃げる場面だろ? さすがに空気読まないと」
「なんで? そんなのシーフギルドの都合でしょ。関係ないじゃん」
「本音は?」
「自分が気持ちよければ、もうなんでもいいかなぁ、って」
なあ。おまえ、本当にデモニックイーター(強欲)なのか? 本当は、色欲だったりしない?
いや、それ以前に、デモニックイーターが何なのか知らないけどさ。
「あのな。ここはシーフギルドの建物なんだよ。他人の敷地でいちゃいちゃしたらダメなの、わかる?」
「ああ、そっか……それはダメだね、仕方ないか」
ヘルマールは残念そうに、俺から離れる。
「舐めたマネを……」
あーあ、ブライアン、怒っちゃったよ。
そこに、更に挑発を仕掛けるヘルマール。星のついた棒を取り出し、意味ありげに振ってみせる。
「さあ、そこの偽紳士。私を捕まえるために入って来い。扉を開けて入って来い」
「ははは。愚かな。そんな挑発に乗ってワシが扉を開ける物か。むしろ鍵を閉めて、人を呼びますよ」
「《フリーズ・ロック》」
「え? 今何した?」
ヘルマールは何かの魔術を使った。
俺の解釈が正しいなら、ヘルマールは扉を開けるどころか、むしろブライアンがその気になってもあけることができないようにしてしまったようだ。
何考えてるんだ?
「《ダーク・ルメサイア》」
次の呪文。光の塊のような球体が生まれた。空中でパチパチとスパークを放っている。
ダークなのに光るのか?
「おい、まさか、ちょっと待て。ここを開けろ!」
ブライアンが叫んでいるが、もちろんヘルマールが従うわけがない。
光の塊はゆっくりと壁に向かって飛んで行き、着弾した瞬間に、景色が歪んだ。
ガキュン
金属がひしゃげるような音がして突風が起こる。
風が収まったときには、壁が消滅して大穴が開いていた。
「ほら、扉なんか開かなくたって逃げられるよ」
「本当に壁を壊しちゃったよ……」
何考えてるんだ。
それでも、もうここから逃げるしかない。
俺は穴の所から下を見る。
「ここ、三階ぐらいの高さじゃないか……」
まさか飛び降りろって言うのか。
「……タクミはここから飛び降りるのは無理だよな。じゃ……《エア・バッグ》」
ヘルマールが何か魔術を使ったようだが……変化が起こったようには見えない。
いや、地面の辺りに青い塊がある。あれは、まさかトランポリン的な?
「おい、もしかしてあそこに飛び降りろっていうのか?」
「そだよ。大丈夫だからドーンと行っちゃって」
「お、おう……」
いやいや、ちょっと待てよ。仮にあれが衝撃をどうにかできるだけの性能があるとしても、かなり小さく見えるぞ? ちゃんと着地できるのか?
「さっきの音、何が……」
ドビラの向こうでミリアスの声がする。
さっきの爆音だ。さすがに人が集まってきたか。
「扉を氷で固められた。火系の魔術を使える奴を連れて来い」
ブライアンは叫んで、鉄格子の隙間から手を突き出してくる。
まさか?
「《宝箱召喚》レッサー・ミミック」
やりやがった。
室内に出現する宝箱。その正体はもちろんミミックだ。
ブライアンは言う。
「さあ、宝箱だぞ、開けるのだ」
「誰が開けるか!」
バカにしてるのか? 引っかかるわけないだろ。
というか。これ、俺達が触らなきゃ動き出さないのか。じゃあ、スルーしたらどうなるんだ?
「なら、これではどうかな?」
ブライアンは、ミミックに何かを投げつける。
『クワァッ!』
ミミックは変な声を上げると、動き出し、扉に体当たりし始めた。
なるほど、そうやって起動するのか。
これで扉が壊れればよし。暴走したミミックが俺達に襲い掛かればそれもよし……。
「そういう、うざったい考え方嫌いだな。ってことで、《フロア・スルー》」
ヘルマールが何か呪文を唱えたと思ったら……
ヒューン、とゲームの落下効果音みたいな音がしてミミックが消えた。
後に残ったのは黒い穴。それもすぐに塞がってしまう。
下の階から悲鳴が聞こえるような気がするけど、何をしたんだ?
「え? 何? 落とし穴?」
「ほら、早く逃げるよ。レッツ、ジャンプ」
「うおおおおっ」
俺は覚悟を決めると、穴から飛んだ。
落ちる、ボスン、着地。
着地してみると意外と大きかった。
俺の隣にヘルマールが飛び降りてくる。
「ほら、タクミ、まだ敷地内だよ、走って!」
「お、おう……」
俺はヘルマールに手を取られて走りだす。
◇
魔術で壁を壊して、建物の狭い隙間を通り抜けて、それでも追って来たシーフを雷撃で吹き飛ばして……
そんなこんなで、一時間ぐらい走り続けたような気がする。
「あー疲れた」
ヘルマールは言ってその場にしゃがみこんだ。
俺も隣にしゃがみこんで空を見上げる。建物の隙間から見える青い空がとても遠い。
「もう、追ってはこないよな?」
「……たぶんね。でも向こうは、死ぬ気で探し回ってると思うよ。何しろ五百年の秘密だもん」
俺も同感だ。
王宮に行って匿ってもらうか?
いや……シーフギルドは強い。ギルド長のナイフ以外にも、強力な武器を隠し持っている可能性がある。
下手にすると、向こうに迷惑を掛けることになるかもしれない。
「見つかる前に、外に出て身を隠そう……」
「そうだね。せっかくだから、コボルトの住家とか行ってみようか。タクミのステータスも上げてかないといけないし……。私が手伝えばあっという間だよ」
そこは行くなって言われてたんだけどな? でも、ヘルマールがいれば危険はないか。
「あれ? ちょっと待て? 俺の剣と鎧はどうしたっけ?」
もしかしなくても、ミミックランドに置いてきた? まずいぞ。これじゃあ、町の外に出るのは危険すぎる。
「じゃあ、どこかで武器でも買っていこうよ。あと食料とかも」
「そうだな……でも、武器って、高いのかな?」
「金属の奴だと、そこそこするかもね」
だよなぁ。
円に換算するといくらなんだろう?
「俺、金持ってないんだけど」
「私は持ってるよ」
そう言って、ヘルマールが取り出したのは大き目の皮袋。中にはたくさんの銀貨がジャラジャラいっている。
「いいのか?」
「大丈夫。これはミミックランドの金庫から盗んできたものだから」
「お、おう……」
それ、大丈夫って言うのかな?




